第16話 天かける (一華パート)
(一華パート)
さっと部屋から抜け出し、待ち構えていた相手に頭を下げる。
彼女は怜の妹にして、その溺愛具合は伝え聞くだけでも羨ま……いや、仲睦まじいのは良いことだ。
これから仲良くしようって相手に羨望の眼差しを向けても良い気分はすまい。
「お姉ちゃんのことを尋ねたいとの旨、かしこまりました。ただし何でもというわけにはいきません」
「友人として彼女が傷つく表現は避けたい……最小限で構わない」
「良い方ですね」
「臆病なだけさ」
いかにも社交辞令と言わんばかりの褒め言葉に、自嘲するように出した言葉は間違いなく本音。
怜の心の奥底にある気持ちと、神岸一華の中にある気持ちは大幅な乖離がある。
断りづらい空気を出して関係性を持続させたけれども、ただただ私が得をするだけだ……彼女に嫌われたときだけ、損をするくらい。
でも、彼女は不思議な子だから相手を嫌うときは特別な条件がある。
「……ダメではありませんか」
「うっ、すまない。どうにも自分を卑下すると止まらなくなってしまうな」
彼女は内心「自分なんて大したことないし」と考えていようが、私が自分から声をかけるなんてほぼほぼあり得ない。
幼いころから付き合いのある海未も、私が興味を持ったからで関係を開始したのだから、異質さはうかがい知れよう。
「お姉ちゃんは自分が言われるのは耐えられるけど、人が傷ついているのは放っておけないんですから」
「ああ、今日も何とかして楽しませなきゃと息巻いているだろうな」
「疲れるでしょう?」
「……まあ」
「私も小さいころは、なんて面倒な人なんだろうって思ってました。でも成長して姉は傷つく人を見たくない人なんだって、まあ、傷つく人はたくさんいるんですけど」
私に声をかけられたがゆえに気を失った彼女だけど、抱きかかえられて運ばれる際にも「迷惑をかけてごめんなさい」と言い続けていた。
怜が気にするだろうから「生まれてきて」と言葉を換えたけど冗談だと気づいているだろうか……。
「ただ、失敗しても凹まないでください。姉は勝手に何とかしなきゃって考えるので……」
「人生訓かな?」
「ま、前向きでいた方が姉を引っ張っていけると思うので……」
失敗してもケセラセラとはなかなか行かないだろう。
迷惑をかけていてもなおその態度なら嫌われてもしょうがない。
倫理観が問われる案件だ。
「だがこうしていろいろ話してくれるというコトは、私の評価が高いということかな?」
「いいえ」
間髪を容れずを体現するかのような即答にグッと膝が折れそうになる。
「私は尋ねられればどのようにも答えます」
「……そ、そうか」
「でも、現状そこまで踏み込んだのは一華さんが初めてです」
つまりは
「そのことを他人にバラさなければ私が一方的に得をするというコトだな」
「姉が喜ぶのであればそれでも結構です」
「キミら姉妹は人の倫理観を試さなければならない使命でもあるのか?」
怜の性根からして「独占」は忌むべき存在だろう。
が、彼女の好感度を上げるには自分ができることを追及しないといけない。
かと言って自分ができる範囲で他人を利用しても、怜はまったく喜んでくれないし、ありすさんが姉に尋ねられれば詳らかに話すだろう。
「私もお姉ちゃんもそんな大それた使命はありませんが……」
ありすさんは苦笑いをしながら言葉を続けた。
「戦火をくぐり抜けて料理屋をやっていた祖母の影響が強いのかもしれません」
「……その方は?」
「昨年、神様達から迎えをよこされて……本当に、その手の人たちはこちらの事情をはからないですね」
「まあ、その、えこひいきになるから」
「平等なんて嫌いです」
そろそろ着替えも終わったころだろうか、と言うと「そうですね」と妹さんはにこやかに告げる。
こちらもそれなりに時間を食ったとの自覚があるから、ノックもせずに入ってみると。
「の、の、の、のび太さんのえっち~!?」
「一華が言うの!?」
恐らく部屋着なのだろう(どう見ても外出用のものも見受けられるが)服を何着も並べて、下着姿でいた怜と目が合ったのだった。
――慌ててボケたけど、今のは正解だったかな……。
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