ピータン
ピータン
第1話 石の卵
石の卵は水辺に生息する。黒と白。対になって寄り添う、つるつるとした肌質。体の半分に柔らかな繊毛を茂らせる。雨の音。かすかでも風が吹けば、お互いの体をすり合わせる。濡れたけものみちの入り口。細く長く、美しい声で鳴く。湖面に映る月影。ふたりは、かたい草の上にいるのを好む。突然隆起した柔らかい土地。多様な生命世界の狭間に存在するふたつの楕円形。
石卵は、一定時間月明かりにさらされると、触れずとも簡単に割れる。あらわになる結晶。広がる夜の領域。ザクロ色の結晶は中心に向けて深く濃くなる。触れば、イチジクの肉に似て柔らかい。指を突っ込んでかき回せば、腐臭に似た甘芳をまきちらす。これを長時間嗅ぐと酔い、嘔吐して半日は立てなくなる。収集家はこれを求めて世界中を旅する。
その香は様々な生き物を呼び寄せる。月光の幻想は永遠を夢想させる。卵の柔らかさは温かさの痕跡。集まるのは緑色の甲虫、光る羽虫、触覚の大きな長い虫。
最後にやってくるのは長い腕、太い脚。大きくて、重い。はいずりまわる姿は不格好。腹が土にこすれている。なれのはて。熟れた腐臭だけを感知する嗅覚。異常に発達した眼球。緑色の甲虫を選んで食べに来る。虫には珍しく、つかめる手をもつ。両腕を交互に動かして器用に甲虫をとらえると、つぎつぎ口に運び入れてゆく。エナメル質の硬い歯。虫けらの甲羅などはものともせずに噛み砕き、よく咀嚼したあと、まとめて一気に飲み込む。口中は第一の消化器官。ぼたぼたと唾液を垂らしながら、一心不乱に食事する。
肌は柔らかく、羽虫にも長虫にもよく刺される。来るときは這いずってくるが、帰りは何事もなかったように立ち上がり、二足歩行。体にまとわりつく虫を払い、カバンを小脇に抱えていそいそと帰ってゆく。多い日には、二つの石にわらわらと黒山ができる。
月が地球の影に入る。はるか昔から決まっていたこと。夜空はますます暗くなり、雲が透き通った空色に塗りかわる。湖面を這いまわる石の魚。二重世界の膜が破れる。生気のある月光。二つの石は軽やかな硬質の笑顔を見せる。科学の木から漏れ出した生命体はゆるやかに思考する。
空色の雲から雨がふる。明るい光の球体。湖に沈みながら水中を照らすと、太古の石たちが次々に目覚める。泡をふいて立ち上がる神秘の岩たち。湖面より轟音をともなって姿をあらわす。這い回る二足歩行たちを蹴散らして地上に出ると、おごそかに彼方へと去ってゆく。
二人の石卵は、肩を寄せ合ってこの光景を見届けると、お月さまにお祈りして、水面に浮かんで滑っていった。満月に照らされて花開く二つの蓮の花。身を寄せ合ったまま、湖面をさまよう。誰にも見つからないまま。
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