4

 一つの頭に、文字通り七つの顔があって、それぞれが方々を向いて呻いている。

 七面は、俺と神酒樋が共作した架空の怨霊だ。よく憶えている。二年前、オカルトシーズンである夏に向けて始動した企画だった。

「もちろん憶えてます。結構大型の企画でしたし。細かな設定とかストーリーみたいなのはちょっと、あやふやですけど」

「いや、存在を憶えてもらってるだけでも。その辺は全部僕が作ってますしね」

「動画も見ましたよ。お客さんだから言うわけじゃないですけど、面白かったです」

 ほんとかなあ、などと神酒樋は空笑いを浮かべるけれど、これは嘘ではなかった。

 たしかに、普段は品を納めた後のことは関知しないことも多い。けれど七面には愛着があった。造形が特殊でとにかく手間が掛かったし、打ち合わせやリテイクもかなりの数を重ねた。うちの会社全体で見ても、あれほどの仕事はなかなか無かっただろうと思う。

 面倒でなかったとは言わない。しかし柄にもなく、やり甲斐めいたものを感じてもいた。

「山奥の……なんでしたっけ、廃村で、座敷牢みたいなのが出てきましたよね」

「えっ。あ、本当に見てくれてたんですね」

 神酒樋が目を丸くする。その顔こそ、動画で見た神酒樋の顔だった。

「嬉しいなあ。そうですそうです。むかし村の有力者の家であった跡継ぎ争いで、兄弟の片方とそれに懐柔された六人とが、もう片方をハメたんですよ。従者とか医者とかが総出でね、こいつは狂人だってことにして、それを理由に座敷牢に閉じ込めて……」

「怒りと、絶望? なんかそんなやつで、自殺しちゃうんでしたっけ?」

「や、憤死ですね。自殺ってちょっと、ピンと来なくって。自殺……するかあ?ってね」

 饒舌になった神酒樋を眺めながら、俺は、神酒樋が村を練り歩き崩れかけの家の奥へ分け入っていく、あの動画を思い出していた。視聴者から送られてきた写真を頼りに村の存在を突き止め、実際にそこを訪れるという筋書きだった。その写真を作ったのが、俺だ。

「それで、その兄弟と六人が、化けて出た怨霊に殺されちゃう、と」

「顔を喰われちゃうんですよね」

「そうそう。なんだ、憶えてくれてるじゃないですか」

「いやまあ、ここは流石に、私の仕事にも関わる部分ですからね」

 怨霊は自分をハメた人間を次々と襲い、その顔を喰いちぎっていった。霊に殺された者たちの顔は、外に出ようと藻掻くかのように、あるいは最期の瞬間のデスマスクででもあるかのように、内側から霊の頭部に浮かびあがっていった。

 そうして復讐をすっかり果たしたとき、怨霊の頭には七つの苦悶の顔がまとわり、廃墟マニアの視聴者が撮った写真に写り込む、不気味な七面の霊の姿とあいなった。

「でも結局、村では霊に遭遇したりはしなかったんでしたよね」

「そこはほら、一次的には何も起こらないってほうがリアルなんすよ、ああいう動画って」

「なるほどねえ」

 我ながら気の抜けた相槌だったけれど、俺は、神酒樋との会話を楽しんでいた。

 しかし神酒樋は、あ、と口を押さえて、話を畳みにかかってしまう。

「すいません、親父の話でしたよね。待さんもお忙しいのに……」

 そう頭を下げて、父親の話を再開する。そのトーンは既に、元のものに戻りつつあった。

「たしかお伝えしたかと思うんですが、あの動画、僕のチャンネルのなかでは結構伸びてて……だから、何かの機会で家に顔出したとき、親父に見せたんです。今こういうことやって暮らしてるよ、くらいの軽い気持ちで。

 まあ、親に見せる気になるくらいには自信作だったってことで……おかげさまです」

「いえ。結局は料理人の腕です」

「いや、あれは写真も本当によかったんですよ。俺、作り物だと分かっててもちょっと怖かったですもん」

 たしかに、神酒樋は当時からあの写真を気に入ってくれていた。断ったけれど、料金を上乗せするようなことも言っていたほどだ。

「それで……だから、俺、待さんのことも親父に喋っちゃったんですよ」

 神酒樋は申し訳なさそうに項垂れる。俺も、ふっと息をつく。だがそれは、契約違反でもなんでもない。

「実は、こういう企画用の写真を作ってくれる会社があってさ。これを作ってくれたのはそこの待さんって人なんだけど、いつもすげえ丁寧に仕事してくれて……みたいに」

「……まあ、構いませんよ? 会社としても口コミ効果って期待してるので」

「でも俺……きっとその時、余計なことまで親父に言っちゃったんです」

「……はあ」

 神酒樋の声が、小さく、細くなっていく。なんとなく、それが煩わしくて目を逸らす。テレビの中では、先ほどとは別のアイドルグループが、無音のまま、むやみな笑顔でこちらへ語りかけている。

「この霊の七つの顔全部、その待さんの顔なんだぜ――」

 はあ、ともう一度応えた声は、溜め息にでも聞こえたかもしれない。けれどそれだって、責め立てることなんかじゃない。

「――その人が作る幽霊の顔、みんな自分が元になってんだよ。すげえよな、って」

 別に、秘密にすることでも、なんでも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る