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日比谷ひびやさん、神酒樋ってお客に俺のこと話したでしょ」

「あ? ミキドイ? お前のことって何よ」

 レインコートをラックに掛けて、ちょうどそこにいた日比谷さんに話しかける。

 泊まり込みで作業していた日比谷さんは、スウェットからスウェットへ着替えて、今から帰るところのようだった。眠たげに目を窪ませて、声も不機嫌そうに掠れている。

「だから、俺の写真の素材のことですよ」

「あー……話したんじゃねえの? そいつが誰だかは憶えてないけど」

「ほら、何年か前に回してもらった、ピンクのインナーの」

「知らんって。そんな奴ばっかだろ、ユーチューバー。見分け付くかよ」

 どいつもこいつもよ、と忌々しげに吐き捨てて、ロッカーの戸を足で閉める。いま抱えている案件が上手くいっていないらしい。

「まあでも、お前に回す客にはだいたい言ってるからな。たぶんそいつにも教えてるだろ」

「え、マジすか。普通にやだな」

「あ? 何が」

「恥ずいし。それになんか、秘密にしといた方がよくないです?」

「馬鹿かお前」

 日比谷さんが、呆れたような目で俺を見る。ポケットに手を突っ込み、タバコを一本取りだして、噛みつくようにくわえる。

「どう考えてもセールスポイントだろ。売りこまねえでどうすんだよ」

「禁煙ですよ」

「てめえの仕事くらい理解しとけ。何が恥ずいだよ、殺すぞほんと」

 ジッポが小気味いい音を立てる。すぅ、と深く煙を吸って、日比谷さんは目を閉じる。

「ネットに転がってるフリー素材を使うのがアマチュア、有料素材を買って使うのが頑張ってるアマチュアで、素材屋と契約してるのがプロ。その程度の区別なんだよ。後ろにいくほどヨソと被らねえからな」

 くだらねえ、と手に持った缶に灰を落とす。飲み残しのエナジードリンクが波打って甘く香る。

「善し悪しもわからねえクソ客相手にモノ売ってんだよ。そんでお前の売りはその程度のバカにも理解できる。ハッ、なんせヨソとは絶対に被らねえ素材だ」

「……だったら、日比谷さんもやればいいじゃないですか」

「あ? やだよ」

 日比谷さんの目が俺を見て、ゆがむ。

「てめえを幽霊バケモンにする趣味なんかねえっての。気味わりぃ」

 お前も呪われる前にやめろ、と言って、また深く息を吸う。

 うちの会社では、心霊写真の制作を主な業務としている。

 昔は動画も扱っていて、恐怖映像を集めたような心霊ビデオに一部参加したり、雑誌や夏場のテレビ番組なんかに制作物を納めたりしていたらしいけれど、近年ではもっぱらユーチューバーが取引相手だった。かつてのテレビ業界同様、夏に心霊特集を組むユーチューバーは多いし、チャンネルのコンセプト自体が心霊やオカルトに寄っている者もいる。

 俺たちは、そういった連中を見つけてきてはメールやなんかで営業をかけ、動画や配信で使える写真を作って売っている。その用途は様々で、視聴者からの投稿として紹介されることもあれば、仲間内で仕掛けるドッキリの小道具にされることもある。

 安い仕事だ、と社員は皆言う。口にはなんとなく出さないけれど、俺もそう思っている。

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