3-4
殿下とともに
「すみません、楽しくもない生い立ちなのに長くなってしまって」
聞き上手の殿下に促されるまま、自分の話ばかりをしてしまった。退屈ではなかっただろうか。
不意に彼の長い指が私の髪をすくいとった。
「……申し訳ない」
彼の声はかすれていた。
なぜ謝るのだろう。私の過去など、殿下にはいっさい関係がないのに。
「そんな過酷な日々をお過ごしになっていたんですね……それなのに俺は軽々しく昔の話を聞きたいなどと言ってしまって」
「いえ、もう過ぎたことですし、帝国の宮城ではよくあることですから」
彼は苦笑した。
「桃英様は立派な方だな。背負ってきた苦労を一切感じさせない――俺は、あなたのことを
「えっ……?」
殿下とのこれまでのことが思い返された。
たまにしか私のもとを訪れず、彼はそれをごまかすように
「もしかして、だからたくさんの贈り物をくださったのですか?」
闇の中で彼は静かに頷いた。
「えぇ。
そういうことだったのか。私はかえって恐縮した。
「こちらこそ申し訳ありません。私は殿下がお考えになっているような公主ではなくて……」
「俺が浅はかでした。桃英様の公主という身分だけに
私の髪を優しく指に
「浅はか、ですか?」
その言葉には違和感があった。
たしかに、彼は
でも、星狼殿下は決して浅はかな方ではない。
――あなた自身の望みを聞かせてください。
――俺はご許可をいただかない限りはあなたに触れたりしない。
むしろ殿下は、誰よりも私自身の声を聴こうとしてくれる。
そんな風に私の想いを
「違います、星狼殿下は浅はかな方ではありません」
「桃英様……」
「ご自分を的外れに
今だって彼はわざわざ政略結婚の妻の話を聞いて、その
ふっと力の抜けた笑い声がした。
「桃英様はやっぱり俺に腹を立てていらっしゃったのですね」
「……ま、まぁそれは、そうです」
しまった、正直に言い過ぎた。好かれる必要もないと開き直っているせいか、本音と建前の区別がおざなりになっていた。
「的外れか、たしかにそうですね。反省します」
殿下はくすくすと笑っている。
「桃英様は
「も、申し訳ございません!」
「謝らないでください。立太子以降、至らぬところを正面から指摘してくれる者も減りました。あなたのような方が俺の妻になってくれて有難い」
そんなものだろうかと思っていると、彼は不意に声の調子を変え、ささやくように私にたずねた。
「ひとつだけ約束を破ってもよろしいですか?」
なんのことかと問うより先に、彼の大きな手が私の頭に触れていた。
「で、殿下?」
「あなたの許しなく触れることはないと申し上げましたが……今宵はほんの少しだけ」
赤子を愛おしむような優しい仕草で、彼は私の頭を
「あ、あの」
彼の視線が、まるで
「あなたは、これまでずいぶん頑張ってきたのですね」
耳もとでささやく声は私を甘やかすようだ。
「兄君を守るため、己を犠牲にしてきた」
「それは……」
喉が詰まった。
熹李を守るのは当然のことだ。熹李と私では命の重さが違う。女である私が皇帝になることはないけれど、彼にはその可能性が十分にあった。事実、彼は玉座に登った。身を盾にして熹李を守ったことは、私の誇りだ。
でも殿下はそんな当たり前を労ってくれている。
「この国では、桃英様が己を削るようにして生きる必要はない。お望み通り『普通』の妃になってください」
甘い言葉と撫でる手の温かさに、鼻がつんとした。
「大丈夫、ここではあなたは守られる側だ。俺が、あなたを守ります」
ひとすじこぼれた涙を、彼の指先がそっとすくった。
「あ……ありがとう……ございます」
どうしよう――嬉しい。
政略結婚の相手で、他にも妃を抱えていて、私のことを騙して後宮に押し込んだ夫なのに。
――守りたいと言ってもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
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