2-4
「はぁ、緊張した」
その晩、ぐったりと長椅子にもたれながら、私は夏泉に弱音を吐いていた。
「史淑妃……立派すぎるわ。あんな完璧な妃、大黄帝国にもほとんどいないわよ」
「お疲れですね。どうぞ、こちらをお召し上がりください」
夏泉が
滋養効果のある
「ありがとう夏泉……また未来の王后としての存在感を出せずに終わっちゃったわね」
うだうだと弱音を吐く私に、夏泉がお茶のおかわりを注いでくれる。
「そんなこと、本来桃英様がお気にされることではありません」
夏泉の声に静かな怒気を感じて、私は彼女の顔を見た。普段は表情をあまり変えない彼女の眉間が、ぎゅっと寄っている。
「本来ならば桃英様はこの国の王太子の唯一の妻になるはずだったのです。帝国公主であらせられる桃英様が、こんな小国の後宮で思い悩んで暮らす必要などございません」
「夏泉……」
「私は皇帝陛下に
真剣に怒ってくれた夏泉に胸が熱くなった。だからこそ私はなんでもないことのように軽く答えた。
「いいのよ。私は帝国公主として、国益のために嫁いできたのだもの。政略結婚なんてこんなものよ」
「ですが、陛下は悲しまれるはずです」
大丈夫、と私は笑った。
「
「桃英様……」
枸杞の実を
弱音ばかり吐いてもしようがない、と私は気持ちを新たにした。それで現状が変わるわけでもないし、こうやって夏泉に心配をかけてしまう。
「そうよ、ほかの妃の皆さんとの対面も終えたし、そろそろ趣味を再開しましょう!」
* * *
「厨房を使わせてほしい?」
星狼殿下は目を丸くした。
「はい、厨房の皆さんにお尋ねしたら、星狼殿下の承諾を得てほしいとのことだったので、こうしてお願いしております」
季節が進み、今年最初の霜が降りた朝だった。
久々にお会いした星狼殿下は少しお疲れのようで、目の下にくまを作っている。開国に向けて政務が立て込んでいるのだろう。
星狼殿下は驚きを引っ込め、笑みを
「我が国の食事はお口に合いませんか?」
「え?」
「桃英様の故郷のように常に豪勢な食事を供することは難しいですが、可能な限り努力はさせていただきたい。お食事の好みを教えてくだされば」
形ばかり整った笑みに、ちくりとした苛立ちを覚えた。
私の手の中には狐の毛皮がおさまっている。先ほど殿下にいただいた
でも。
この男は私に「
後宮を作ってそこに私を押し込む不義理や、それによって傷つく私の周りの者の心などかけらも考えず、ただ高価なものさえ与えておけば満足するだろう、と
人の気持ちの分からない、冷たい男。
こんな男の寵愛などいらない、形ばかりの夫婦で良い。すでに固まっていた決意がさらに強固なものになった。
「翠山のお料理は大好きですわ」
にっこりと笑う。笑顔は偽物だけど、言葉は本心だ。
たしかに帝国の宮廷料理に比べれば翠山の食事は素朴で、皿数も少ない。でも帝国の宮城にいたころは全部食べ切れずに残していたから心苦しかった。
何より、翠山では今のところ毒を盛られていない。命の心配をせずに美味しい物を食べられるなんて、これ以上の幸福があるだろうか。
「ただ故郷の味が恋しくて。厨房の皆さんにはご迷惑をおかけしないようにしますので、使用をご許可ください」
「そうですか……もちろん構いません。この百花殿は桃英様のものですから、ご自由になさってください」
「ありがとうございます」
かつて後宮を追われて街に潜んで暮らした際、ぼろぼろになった私を雇ってくれたのは
老板娘さんは親切で、毎日店じまいをするときにいくつかお土産を持たせてくれた。家で隠れ待つ熹李に持ち帰ると、すごく喜んでくれたっけ。
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