鍋
仲野二十三
鍋
湯に柚を浮かべて身体が溶けるまで浸かりたい、と夢見がちな事を膨らませたら、しがらかに笑われた。
「そしたら風呂がゆず味噌味のスープになってしまうなあ。」
と言われたので魚のすり身で団子でもつくって、珍しく陽の出てるうちにでも鍋を囲もうかと脳内で話しあっていたそんな秋の事であった。
風呂の窓から見える夜の空は星で埋めつくされており、窓の隙間から入ってくる風はツンとしばれるような寒さであった。成程、風呂が鍋ならば窓は空気孔の役割を果たしているというところか。
と、 思っていた所そういえば今の季節は本当に秋だっただろうか?と思い、かぽりと脳を一蹴させる。心臓を跳ねさせながら湯を見れば浮かんでいたものはなんと柚では無かったのだ!
先程まで鼻孔をくすぐっていたのは確かに甘い柚の香りだったのに、いつの間にかほろ苦い八朔の香りに変わってしまっていたのだ!
一体全体どうなっている?と思っていればやけに風呂場が明るいじゃあないか。窓を見ると陽射しとともに子供らの笑い声が入ってくる。今は昼時なのか?頭の中でゴムボウルがたゆんたゆんと跳ねるように思考も困惑している。笑い声が反響する。うるさいうるさい!黙れ!と叫ぶとシン……と辺りが静まり返った。子供らが静かになったのだろうか?そういえば先程話していた友人らは誰だ?本当に存在していたのだろうか?
「おうい。誰もいないのか?鍋はどうするんだ…?」
…返答はない。
「おうい、八朔になった事に怒っているのか……?」
……またしても返答はない。 」
「魚の団子は?陽の出てる内に鍋をするんじゃあなかったのか?今は陽が出ているぞ………?」
………やはり返答はない。
流石におかしいと思い、風呂から出ようと下を向くも先程まで八朔が浮かんでいたと思っていた湯が蜜柑になっていたのだ!驚いて窓を見上げると夕方になっており、西日が眩しく風呂場に差しており、外では鴉が鳴いていて集団で飛び交っていた。
嗚呼、なんて摩訶不思議也。
鍋 仲野二十三 @Ravana_Love
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