第65話 炸裂! 究極奥義ニャイハンチ
「おお、ヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーですか……。これまた珍しいのを召喚しましたね」
大蛇を見るや否や、ネルさんは興味深げにポツリとそう呟いた。
「珍しいんですか?」
「本来はブラジルのケイマダ・グランデ島にあるダンジョンのボス部屋でしか出てこないはずのモンスターですからね。まさか日本の無人島でお目にかかるなんて思いませんでしたよ」
聞いてみると、ネルさんは珍しいと感じた理由を説明してくれた。
なるほど、だいぶレアなのを召喚したんだな。
しかし、何のこだわりでこのモンスターにしたのだろうか。
「にゃ(とりあえず、動くと面倒だから……こうするにゃ)」
疑問に思っている間にも、タマはそんなことを言いだす。
次の瞬間にはヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーが空中に持ち上げられ、プルプルと身体を震わせたままその場に留まる形となった。
合氣の重力操作で空中に拘束した感じか。
「おお……。超重量の巨体のくせして目にも留まらぬ敏捷性を併せ持つところが厄介なはずの敵があんなことに……」
空中でプルプルしながらロックされているヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーを見て、ネルさんは乾いた笑顔を浮かべながらそう呟いた。
へえ、本来はそんなパワータイプとスピードタイプを兼ねたような奴なのか。
確かに、それだとタマはともかく俺たちは話している間にミンチにされてしまうだろうし……敵を前にして技の説明をするスタイルでは、合氣でのロックが必須になってくるか。
いや、そもそもそのスタイルが当然になってる事自体ちょっとおかしい気がするが。
「にゃあ(それでは紹介しよう。これから見せるのは……タマ流ニャイ氣体術の究極奥義、『ニャイハンチ』にゃ)」
なんてツッコミを入れる間もなく……タマは技の解説を始めた。
「にゃ〜お(この技は、『呼吸』『姿勢』『調和』『意念』の全てを最高レベルで融合させることで、我ら猫の祖先たるシーサーの化身を喚び出す技にゃ。シーサーの化身は、呼び出したら目の前の敵を食べながら燃やし尽くしてくれるにゃ)」
……猫の祖先ってシーサーだっけ?
タマの場合はライオン系統の全幻獣が親類縁者だったとしても不思議ではないが……。
「にゃ(今回は、習得できる者なら誰でも出せる威力に落として実演するにゃ。だから、ステラちゃんもこの威力は出せると考えていいにゃ。……こんな感じにゃ)」
そこまで言うと、タマは一旦目を閉じた。
すると次の瞬間、タマの隣で炎が舞い上がり、その中から青白く燃える半透明のシーサーが出現した。
「にゃ(行くにゃ)」
タマが指示すると、シーサーは軽く頷いてヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーに向かう。
シーサーは大きく口を開け、光沢のあるその蛇を頭から呑み込んでいった。
獲物の体躯に合わせて巨大化したシーサーの中にヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーがすっぽり入ると……シーサーの体表から、マゼンタ色の炎が吹き荒れる。
と同時に、俺はサウナの「整う」を百倍強めたような強烈な心地よさを味わうこととなった。
「これは……ヒヒイロカネの炎色反応でしょうか?」
同じ感覚を味わっているのか、ネルさんはトロンとした目でそう呟く。
「ヒヒイロカネの炎色反応?」
「ええ。ヒヒイロカネは、燃やすと強烈な癒し効果を伴う特殊な波長の光を放つ。最先端の研究では、それを示唆する理論が提唱されているんです」
気になって聞いてみると、ネルさんは詳細を話してくれた。
なるほど、この心地よさはあのシーサーから吹き荒れるマゼンタの炎が由来か。
しかし……今のネルさんの言い方、妙に引っかかるところがあるな。
「理論が提唱されている、ですか……?」
まるで実際に試されたことは無いような言い方だが、その意図はいったい。
「ああ、それはですね……ヒヒイロカネ、現代の技術や探索者のスキルでは、燃やすほどの酸化力を誰一人として実現できていないんですよ。ですので……タマちゃんのあの技は、人類史上初の事例となります」
何かと思えば……またタマは歴史に名を刻んでいたようだ。
:【橙】史 上 最 強 の 酸 化 力 ¥5,000
:謎なモンスターのチョイスはこのためか……!
:ヒヒイロカネ燃やせたらもはや燃やせない物は無いやん
:タマちゃん、しれっと史上初をやりすぎなんよw
しばらくの間、心地よさに身を委ねていると……とうとうヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーが力尽きたのか、カプセルへと変わりだした。
それに伴い、マゼンタ色の炎が出なくなったと同時にシーサーも姿を消す。
「にゃ(純粋なヒヒイロカネと違って、ダンジョンのモンスターだとヒヒイロカネが酸化しきる前に命尽きて火が消えちゃうのが欠点だにゃ……)」
タマよ、それはもはや「モンスターを倒すこと」ではなく「ヒヒイロカネを燃やすこと」の方が主目的になってないか。
一応はタマ流ニャイ氣体術最強の必殺技を紹介するってのがメインのはずなのだが。
「にゃ〜ん(この技は、習得できさえすれば最低でも危険度S下位を確殺できる威力を出せるにゃ。極めれば、本当に才能がある猫なら危険度S上位を倒せるレベルに到達できるかもにゃ。もちろん、誰もが習得できる技ではにゃいが……この技が習得できなくても、ちゃんと鍛錬を積めば誰でも危険度Aは相手にできるようになるにゃ)」
タマはカメラの方を向くと、そんな風に武術紹介を締めくくった。
「にゃあ?」
「にゃ(ステラちゃんなら最短2年で自分でもこの技を使えるようになると思うにゃ)」
「2年ですか……。それまでに、私もせめてタマちゃんがプラナリアバジリスク相手に実演してくれた10分の1くらいのシールド本数の『世界征服』は使えるようにならなきゃですね……」
タマがステラちゃんの「ニャイハンチ」習得の目安を言ったのを聞いて、ネルさんは覚悟を決めた目でそう呟く。
「にゃ(それじゃ、画面の向こうのみんなの入門もお待ちしてるにゃ。道場までの送迎は、とりあえずむ〜とふぉるむでタマが運ぶ想定にゃ。より良い方法が見つかれば、そっちに切り替えるにゃ)」
最後に、タマは画面に向かって右の前足を振りながらそう言った。
よく見ると、概要欄にはいつの間にかタマが作ったであろう入門お申し込みページのリンクが追加されている。
:【赤】おつかれーー! ¥20,000
:【赤】今日も見ごたえしかなかった!! ¥25,000
:【赤】新記録製造機タマちゃんおつ〜〜〜!! ¥22,222
:【赤】この神すぎるにゃんこをリアルタイムで見れる人生に感謝 ¥22,000
:【赤】今後にも期待!! ¥30,000
「皆さん本当にありがとうございます……!」
一通りスパチャに感謝を述べていった後、俺は配信停止のボタンを押した。
「ありがとうございました」
「いえいえこちらこそです! うちのステラが、憧れのタマちゃんの指導を本当に楽しそうに受けてて……コラボとか配信とか以前に、それだけで今日のお時間は無限に価値がありました!」
「そう言っていただけて何よりです」
「にゃ(優秀な一番弟子ができて、とっても教えがいがあったにゃ)」
「にゃあ!」
配信終了後、そんな会話を軽く交わしつつ、俺はヒヒイロカネ・ランスヘッドバイパーからドロップしたカプセルを回収した。
「ではまたコラボしましょう」
「はーい!」
一足先に、ネルさんがステラちゃんを抱えて雷神飛翔で去っていく。
さあ、じゃあ俺も帰ろうか。
そんな時――スマホに一通のメールが届いた。
「何だ?」
送信元は……闇宮先生か。
どれどれ、用件はなんだろう。
「道場の門下生が……より通いやすくなる手がかりを提供できるかもしれません?」
開けてみると、中にはそんな趣旨のことが書かれてあった。
「……らしいぞ、タマ」
「にゃ(それは興味深いにゃ)」
タマも乗り気みたいだし、ちょっと頼ってみるか。
俺は闇宮先生にぜひお願いしたい旨のメールを返信した。
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