第50話 鎧通しのレッスン①

「どうもー、『育ちすぎたタマ』チャンネルへようこそ。こちらのかわいいもふもふがタマで、私が飼い主の哲也です」


 ダンジョンのゲートを通り、撮影の諸々のセッティングを済ませて配信開始ボタンを押した後、俺はいつも通り始めの挨拶をした。


 :タマちゃん~!(≧▽≦)

 :【赤】今日もかわいい! ¥10,000

 :【橙】うぽつ! ¥5,000

 :始まった!

 :おつ~!


「本日もまたとんでもないゲストをお呼びしております。闇宮ヒロ先生、どうぞ!」


「はいどうも~闇宮ヒロです、よろしくお願いします」


「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、闇宮先生は元Sランクの凄腕探索者です。本日は先生の付き添いのもと、危険度Aダンジョンへ撮影に来ております」


 爆速でコメントが流れる間にも、俺は闇宮先生の紹介を簡単に行った。


 :か、かわいい……!

 :えっこの女の子がSランク!?

 :↑「元」な

 :ますます意味分からん

 :さては若返り薬飲んだな その外見年齢と実力は他に説明がつかない

 :先生そんな姿で何してんすかwww


 反応は……やはり皆見た目と実力のギャップにびっくりしているようだ。

 中には前から先生を知ってる人もいるみたいだな。


「闇宮先生には『Sランク級の実力者を量産し、全世界のダンジョンをより有効活用したい』という望みがあるそうです。俺はその理念に脱帽し、先生の道場を世に広める手助けをしようと思い、今回のコラボをすることに決めました」


「まずはこんなにも多くの方の前で、我が家の伝承をお披露目する機会をくださり本当にありがとうございます。分かりやすく解説を入れながら進めますので、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。タマちゃんの模倣能力も尋常じゃないくらい常軌を逸してることですし、ささやかながらこの機会にタマちゃんの技のレパートリー増加に寄与させていただけたらとも思います」


 俺がコラボの趣旨を説明した後、続けて闇宮先生が謝辞を述べた。


 :S ラ ン ク を 量 産

 :しれっとぶっ飛んだ理念持ってて草

 :この人現役時はSランク最強格だったんでしょ? その技を見れるとか貴重すぎでしょ……

 :これはガチで期待

 :タマちゃんがコピーする前提なのは流石に草

 :映像を見ただけで鞭打使えたのに、直に教わるとかどうなってしまうのやら……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


 みんなの反応も上々なのを確認しつつ、俺たちは歩みを進める。


 しばらくすると、最初のモンスターが姿を現した。

 頭が九つついた、狼みたいな見た目のモンスターだ。


「あっ、早速ヒュドべロスが現れましたね」


 闇宮先生の言い方からして、あれはヒュドべロスと呼ばれるモンスターのようだ。

 ヒュドべロスは俺たちに気がつくと、全ての目を赤く光らせ、臨戦態勢に入る。


「では、これを相手に闇宮家の武術について解説させていただきますね。初見の方がほとんどでしょうから、丁寧めに解説させていただければと思います」


 っておい……今にも襲われそうなのに、ここから解説なんて悠長な感じでいいのか。

 今さらだが、敵にエンカウントする前にある程度説明しといた方が良かったんじゃ……。


 と、思いかけたが、そんな俺の心配は杞憂のようだった。

 闇宮先生がパチンと指を鳴らすと、ヒュドべロスは空中に浮き上がらせられ、プルプルと振動することしかできない程度にガチガチに固められてしまったのだ。


「とりあえず、原理を説明している間に攻撃されたら邪魔なので合氣上げで天井に張り付けときますね」


 ああ、これも例の「丹田の共鳴」か。

 いや、あれ人を飛ばすだけじゃなくてモンスターの無力化までできるのかよ……。


 :ファ……⁉

 :「とりあえず」でやることがおかしいwww

 :指バッチンで天井にへばりつかされる狼さんカワイソスwww

 :どこが合氣やねん草


 うん、やっぱみんなもそう思うよな。

 あれを合氣と呼ぶのはどう考えてもなんか違うと思う。


「ええとそれでは最初に、まずは『鎧通し』という、うちの流派の当て身――まあざっくり言えばパンチとかの打ち方から解説します。ほんとはもっと基礎基本からいきちところですが、やっぱり武術解説だとどんな流派でもパンチ技が一番受けが良いみたいですからね」


 俺がコメント欄に共感してる間にも、闇宮先生は解説を始めていた。

 かと思うと――次の一言ではこんなリクエストが。


「それでは哲也さん、ちょっとバンザイしてもらえますか?」


「え? ……あ、はい」


 何なんだろうと思いつつも、とりあえず両手を上げてみる。


「両腕の力を抜いて、自由落下に身を任せてください」


「え、ええ」


 やってみると……両腕は弧を描いて落下し、掌が太ももに激突した。


「いてっ」


「痛いですよね。それ、上手くできてる証拠です。人体は、『脱力すると重力を味方に付け、その力を借りることができる』という構造になっているんです」


 俺が小さく呻くと、闇宮先生はそう解説を付け加えた。

 ……それ先に言ってくれよ。


 闇宮先生は更にこう続ける。


「今は腿が痛い程度の威力だったかと思いますが、極めれば地球の重力を遥かに超える力を借りられるようになります。また、その力の方向も自在に操れるようになります。そうして放つのが――私の流派の当て身・鎧通しです」


 うーん……抽象的すぎてよう分からん。


「ま、とりあえずデモンストレーションしますね。まずは4種類ある鎧通しの中でも最も基本的な『波紋』という技をやってみましょうか。このように――」


 そこまで言いかけたところで、闇宮先生はヒュドベロスに向かって右手を放り投げるように殴る動作を行った。

 すると……周囲の空間の歪みを伴う黒い靄のようなものが拳から高速で射出され、ヒュドベロスに直撃した。


 その瞬間――ヒュドベロスは細胞一つたりとも残さないくらい綺麗に爆散した。

 目の前にはただアイテムの入ったカプセルのみが残る。


 :す、すげえ……

 :全然本気出してない感じなのに余裕でオーバーキルじゃねえか……

 :なんじゃこりゃあ

 :薬のおかげと分かっていても、幼女がこんなの繰り出してたら頭バグるわ

 :一番タマちゃんに会わせちゃいけない人で草

 :説明はよく分からんかったけど、なんか凄いからヨシ!


 原理はともかく、技の凄さは視聴者にも伝わったようだ。

 ま、細かいことは弟子入りしてから十分習えるし、志願者集めが目的の今はそれで問題ないだろう。


「じゃ、次はタマちゃんやってみましょうか。本当は、危険度A相手に効く威力を出すには最低十年の修練が要りますが……タマちゃんなら大丈夫ですよね?」


「にゃあ!(やってみるにゃ!)」


 そしてお次はタマの番となった。

 タマは闇宮先生の問いに対し、元気よく返事する。


 少し歩くと、次の標的となるモンスターが現れた。

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