第51話 鎧通しのレッスン②
今度の敵は――全身が金属のように黒光りしている、ずんぐりとした二足歩行のモンスター。
それを見て、闇宮先生は残念そうにこう呟いた。
「あらー、ヒッグストロールが出てしまいましたか。これはちょっと……だいぶ厳しい敵を引いてしまいましたね」
あのモンスター、ヒッグストロールって名前なのか。
しかし名前はともかく、闇宮先生を以てそう言わしめるとは一体どんな敵なのだろうか。
「そんなにマズい敵なんですか?」
「いえ、決して危険度Aを大きく逸脱する敵だとか、そういうわけではないんです。ただ、今デモンストレーションした合氣上げとか『波紋』とかとはちょっと、いやかなり相性が悪いんですよね。あれは全身がヒッグス鋼という、金の百倍くらいの比重の金属でできたモンスターです。臓器とかもなく、全身がただの均質な金属なので丹田らしい丹田がありませんし、純粋な金属相手に波紋を浸透させたとて大したダメージにはなりませんでして……」
聞いてみると、闇宮先生はそう説明してくれた。
なるほど、今見せてくれた技を真似するには都合が悪いってわけか。
じゃあ一旦コイツはひっかきとかで普通に倒しておいて次の敵に行くか、あるいは闇宮先生の技でいうと「鞭打」あたりで倒しておくのがいいんだろうか。
と思いかけた俺だったが……次の瞬間。
「にゃ?(こうかにゃ?)」
タマの鳴き声と共に……思いもよらぬことが起きた。
なんと、ヒッグストロールがふわりと宙に浮き、そのまま天井に張り付いてしまったのだ。
「「……え?」」
おいおい、合氣上げは相性が悪いんじゃなかったのか。
思わず俺たちは呆気に取られた声をハモらせてしまった。
そもそも「丹田らしい丹田が無い」とまで言われた敵を相手に、一体何を操作したらああなったというのか。
「あの……闇宮先生、アレは?」
「えっとですね……たしかに、物理的に丹田が無い相手であっても、概念的に丹田を操作すれば浮かせることは可能なんですよ。ウチの原則の一つである『思と念』を極めれば、技の抽象度を上げることが可能ですからね」
なるほど、ちょっと何言ってるか分からないが、とりあえず闇宮先生的には全く不可能なことをやっているというわけでもないのか。
闇宮先生は頭を抱えながらこう続けた。
「とはいえですね、純金属生命体相手に合氣上げを効かせるほどの『思と念』なんて、本来四十年は修行しないとそんな完成度には至らないんですよ? 私ですら四十代後半になるまではあんなことできませんでした。それを、特段説明してもないのに習った数分後にできるって……」
いややっぱおかしいことをやってはいるんだな。
:闇宮先生絶句してて草
:元Sランクトップに言わせるのはエグすぎるww
:タマちゃんヤバすぎwwww
:そんな……僕やっと人間相手に合氣上げできるようになったばっかりなのに……
:↑弟子っぽい人絶望してて草
:もう考えるのはやめだ笑
コメント欄を見ると、こちらもこちらも軒並み「笑うしかない」みたいな反応を示していた。
「ま、そこはとりあえず『タマちゃんだから』で置いとくとして」
闇宮先生切り替え早いな。
「どうしましょう? あのトロール、『波紋』だと相性が悪いんですが……鎧通しは4種類あって、他の打ち方だとああいうのに効きやすかったりもするんですよね。例えば、思と念で波紋を反転し、ダメージを一点集中させる『
何かと思えば、闇宮先生から出てきたのはそんな提案だった。
たしかに、浮かせられたのは良いとしても、このままだと決定打に欠ける状況だもんな。
タマによる当て身の模倣はまた次の機会になるが、今回はその技を見せてもらった方が良いのかもしれない。
と、思いかけた俺だったが。
「にゃあ〜?(思と念で反転……こんな感じかにゃ?)」
タマはなんかそんなことを言いだして、おもむろに左の前足を上げた。
お……おいおい。
その言い方はまさか――。
「にゃ(えい、にゃ)」
固唾を飲んで見守っていると……闇宮先生の「波紋」と同じく、周囲の空間の歪みを伴う黒い靄が左前足あたりから射出された。
しかしそれは、靄状のまま飛んでいくのではなくーーブラックホールのように一点に集まりながら、ヒッグストロールの胴体あたりに向かって飛んでいった。
点と化した歪み付きの靄は、ヒッグストロールに直撃すると、その胴体に大穴を開けてしまった。
それから数秒後、ヒッグストロールは姿を消し、アイテム入りのカプセルと化す。
……そのまさかだったな。
いや、俺がまず本家の「打震」を見たことがないので今の一撃が「打震」なのかの判断はつかないが、明らかにヒュドベロスとは違うダメージの入り方だったので「打震に類する何か」が放たれたのは間違いないだろう。
「あ……あぁ……」
あらら、闇宮先生が声出せなくなっちゃったよ。
「嘘でしょ……模倣できるだけでも十分おかしいのに、説明を言葉で聞いただけなのに再現できるなんてそんなことあります?」
「ある……みたいですね」
俺は闇宮先生のツッコミにどう返していいか分からなかった。
我ながら「あるみたいですね」って何だって感じだが、他になんて言えば正解なのかも分からない。
:【赤】ハイレベル過ぎて草 ¥10,000
:【橙】※この動画では、我々には一切理解できない高度なやり取りが延々と繰り広げられてます ¥7,500
:【赤】武術歴十年の俺が詳しく解説すると、タマちゃんの鳴き声がかわいい ¥25,000
:【赤】↑それは武術歴なくても分かるんよ笑笑 ¥10,000
:【赤】重力物理学を十年研究してきた俺から言わせると、タマちゃんの動きがかわいい ¥30,000
:【赤】お 前 も か ¥12,000
「分かりました……分かりましたよ」
俺がコメント欄を眺めている間、闇宮先生はそう言って何度か深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
「まさかここまでとは……ちょっと目眩がしそうなくらいです。でも、これならこれで一個希望が見えました」
そして何を言い出すかと思えば……希望って、一体何を考えているんだろう。
と思っていると、闇宮先生からトンデモ発言が飛び出した。
「実は、ウチには一子相伝を辞めても尚門外不出にしようと決めていた究極奥義が一個あるんです。でも、タマちゃんにならそれを見せる価値もあるんじゃないかと思えました」
「え……」
い……いやいやいや、なんか怖いって。
タマの能力を買ってくれてるのは嬉しいとはいえだ。
「ま、その前に色々他にも紹介したい技もあるんですけどね。究極奥義はラスボス戦のお楽しみってことで! とりあえずは、中ボスを倒しに行きますか!」
闇宮先生は雰囲気を今までの優しげな感じに戻し、フフッと笑いながらそう続けた。
最後に何が起こるのかは依然ちょっと恐ろしいが……とりあえず、それは今は考えないでいっか。
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