第48話 闇宮先生、サングラスを取る

 待て待て待て。

 この幼い女の子が……あの達人・闇宮ヒロ先生だと?


「あら〜、実物のタマちゃんじゃないですか。映像でも拝見しましたけど、生で見ると更にかわいいですね!」


 俺が困惑している間にも、闇宮先生を名乗る女の子は小さな腕を伸ばしてタマの頭を撫でだした。


「にゃあ〜……」


 目を細めつつ、何とも言えない表情のまま撫でられるがままになるタマ。

 ほら、タマも何て答えていいか迷っちゃってるぞ。


「あの……失礼ですが、貴方が本当に闇宮先生ご本人なのでしょうか? こう言っては失礼ですが……お孫さんが迎えに来た、とかではなく……?」


 もし本物なら女性の外見年齢に触れるのは失礼かと思いつつ、しかし聞かないことには疑問が解消されないので、言葉を慎重に選びながらそう尋ねた。

 どう見ても本人とは思えないが、かと言って本人でないなら「なぜこの子は俺と闇宮先生がここで待ち合わせしてることを知ったのか」って疑問が残るんだよな。


「ふふっ……」


 すると、なぜか女の子は可笑しそうに笑った。


「驚かせちゃったならごめんなさいね。あの薬の販売者ご本人なので、説明は不要かと思ってしまいました。私はあの還暦のおばあさんと同一人物で間違いないですよ」


 あの薬……?

 ……あっ!


 一瞬遅れて、俺は合点が行った。

 そうか。タマがナミさんから習って量産した若返り薬を飲んだってことか。


 あの薬は、「飲んだ者が強ければ強いほど若返る年齢が増える」という性質のものだ。

 Aランク探索者のナミさんで15歳程度若返るなら……Sランクの闇宮先生が50歳ほど若返るのも頷けるか。


 ……いや若返り量の差すごいな⁉︎

 AランクとSランクって、そこまで次元が違うのか。


 しかしだとしても、いったいなぜあの薬を飲もうなどと思ったのか。


「そういうことですか、分かりました。しかし……なぜまたあの薬を?」


「こっちの方が人気出るかなーって思っただけです。別に、アイドルみたいに有名になりたいとかそんな動機は無いのですが……知名度が上がればあ上がるほど弟子集めにも有利じゃないですか?」


 聞いてみると、闇宮先生はそう動機を話してくれた。


「なるほど」


 確かに一理あるが……その集客方法、メリットばかりではない気もするが。


「いい考えだとは思いますが、その……『かわいい女の子と話せる』みたいな邪な動機で志願する輩とか、不適切な人材まで集めちゃうリスクもあるのでは?」


「さあ、どうでしょう……? まあ仮に不純な動機で入門を希望する人がいたとしても、そんな意思じゃ私の稽古にはついてこれないので自然と『本物』だけが残るかとは思いますが……」


 ……どうやら完全に杞憂だったみたいだ。

 そうか、そんな力技で自然淘汰できてしまうのか……。

 確かに、メールにも「1年以上続いた弟子が二人しかいなかった」とか書いてたけども。


「じゃ、今日はそのお姿で撮影されるんですね」


「ええ、そのつもりです! あ、もちろん撮影が始まったらサングラスは取りますけどね」


 闇宮先生はサングラスをクイクイッとしながらそう返事した。

 そういえば……それも気になってたんだよな。


「あの、つかぬことを聞きますが……そのサングラスは、普段からかけられてるんですか?」


 野暮なことかもしれないが、ついでに俺はそう聞いた。

 すると……想像の斜め上を行く答えが返ってきた。


「ああ、これなんですけど……私、あまり目に光の刺激が入るとマズいんですよね。幼い頃、父と稽古している時に間違えて寸止めのはずの目潰しを入れられちゃって。すぐ病院に行ったから失明こそしなかったんですが、それ以来日光を浴びる場所ではサングラスが必須になったんです……」


 え、え……。

 稽古で……父の目潰しを食らった……?


 い、いやいやいや。確かにメールにも「闇宮家の伝承は客観的に見て非常に過酷」とは書いてあったけども。

 流石にそれは過酷とかのライン超えてるだろ……。


 しかも、「実際やらかしたのがその一件」てなだけで、おそらくその裏には何十何百ものヒヤリハットが隠れているんだよな。

 そりゃ弟子も定着しにくいわけだ……。


 なんでこの人、そんなさも日常の出来事かのようなテンションで今の話ができるのか。


「にゃ(言われてみれば、目の奥に強烈な邪念を伴う傷跡があるにゃ)」


 タマはといえば、なんか診察を始めるし。


「え、そんなことまで分かるんですね! 流石タマちゃん!」


「にゃあ? (良かったら治療しようと思うけど、どうにゃ?)」


「え、ええ……良いのですか⁉︎」


 しかも治療できるんかい。


「でも、無理はしないでくださいね……。過去に何人もの治癒魔法や魔法薬に精通したSランクの同業者に診てもらいましたが、父が込めてしまった破壊の念を前に皆匙を投げましたから……」


 ああもうだめだ。そんな念を実の娘にかけちゃうなんて、もう家系全体などうにかしている。


「にゃ(それも含めて取り去れるにゃ)」


 俺が心の中でため息をついている間にも、タマは自身ありげにそう返事をし、闇宮先生の顔に右前足の肉球をかざしだした。


「ごろにゃ〜ん!」


 そしてそう鳴くと……肉球から光の球が出て、闇宮先生の目に入った。

 それから数秒後。


「あれ、この感覚は……」


 闇宮先生は、そう言いながらゆっくりとサングラスを外した。


「……見えます! 普通に、特に痛みや嫌な刺激も感じずに、この明るさの景色が!」


 治癒が上手く行ったことを確信すると……闇宮先生は興奮気味にはしゃぎながらそう言った。


「わああ、こんな事、私はもう一生叶わないと思ってました……! タマちゃん、本当にありがとう……!」


「にゃあ(それほどてもにゃ)」


 肉球を両手で握ってブンブン握手する闇宮先生の様子を見て、タマは満足そうにそう返す。


「いやあ、ほんと感動です……。まさか私が生きてるうちに、父の念に打ち勝てるほどの活法の達人……いや達猫に会えるとは!」


 って、感動してるのそっちかい。

 自分の目が治って、治ったことの嬉しさより治癒力の凄さの方に感情が持ってかれる人なんてそうそういないだろ……。


「私もぜひタマちゃんを見習いたいです。もし私もそのレベルの活法が使えるようになれば、道場での訓練をより効率的なものに……」


 んーとそれは……まさかとは思うが、「スパーリングを致命傷前提でやるようにしよう」みたいな話じゃないよな。


 うん、考えるのはよしとこう。

 なんてったって、俺は今日この人の道場に入門しに来たんじゃなくて、ただ単にコラボ配信をしに来ただけなんだからな。

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