第29話 タマの作戦

 着陸し、タマに降ろされた俺はまずスマホで時間を確認し……思わずその表示を二度見してしまった。


 おいおい、嘘だろ。

 今この時間ってことは……時差を修正したら、離陸から着陸まで30分ちょいしかかかってない計算にならないか?


 今までの飛行速度も相当なものだと思ってたけど、まだこんなにも余力があったというのか。

 なんか凄い体感時間短いなーとは思ってたけれども。



 ……なんて事に驚いてる場合じゃないな。

 タマからは着陸の直前、「現場の状況がかなりまずそうだから直接現地に行くにゃ」と言われたが……着いたらまず何をすればいいのか。


 あたりを見渡していると、先ほどニュース速報で見かけた顔の、軍服を着たガタイの良い男が近づいて話しかけに来た。


「(はじめまして、私は米軍のダンジョン関係専門部隊・オメガフォースの隊長を務めるリッチー・ラッシュバウムだ)」


 男が口を開くと……何も聞こえない代わりに、そんな言葉が脳内に直接響く感覚があった。

 タマのテレパシーと似ているというか、それの「にゃ〜ん」などの鳴き声を伴わないバージョンといったような感じだ。


 おそらく、米軍の人に直接話しかけられたら英語が分からなくて詰むのを見越して、タマがテレパシーで仲介に入ってくれたのだろう。

 男の話し声が聞こえないのは、テレパシーに集中できるようタマが音を遮断してくれているからだろうか。


「(君はダンジョン探索者かい? 君……というかその猫がただ者じゃないのは聞くまでもなく分かるが、一応ここは指定特殊作戦区域なのでね。探索者証なり何なり、味方であることを証明する物を見せてほしい)」


 テレパシー現象を考察している間にも、リッチー隊長はそう続けた。


 おっと……参戦する前に、探索者証を見せないといけないのか。

 大丈夫かな。ここ確か、Bランク以下の探索者は立ち入りが制限されてるって話だったよな。

 ランクだけで門前払いされるなんてしょうもないことにならないよな……?


「はい、こちらです」


 とりあえず「国境なき探索者」で参戦資格が得られることを願いつつ、俺はリッチー隊長に探索者証を見せた。

 ちなみに俺はタマのテレパシーが双方向であると想定し、普通に日本語で話している。


「(どれどれ……Cランクで、国境なき探索者だと? なんと、ジャパンからはるばる来てくれたのか)」


 リッチー隊長は驚いた表情を見せつつ、探索者証の記載を読み進めた。


「(あり得ない組み合わせだが、これは君がランクに現れない実力の持ち主だからこそなんだろうな。であればすまない、同盟国の探索者でもあることだし……是非とも力を貸してほしい)」


 一通り見終えると、リッチー隊長は探索者証を俺に返却し、それから握手を求めてきた。

 ……ほっ。この人が臨機応変に考えてくれる人で助かった。


「もちろん、そのつもりで来ました」


 俺はそう返事しつつ、その手を握った。

 ここまで来れば、あとは具体的にどうやって海底ダンジョンを処理するかだな。



「(さて、それでは早速、君たちの実力を見せてもらえると嬉しいんだが……手始めに、あそこのモンスターを攻撃してみてくれないか? 倒せそうだと思う数を相手してくれればいい)」


 リッチー隊長は俺たちの(というか実質タマの)実力を見たいようで、そうお願いしてきた。

 隊長が指した方向には、翼の生えた深い青色のモンスターが数体浮かんでいて……こちらに向かって攻撃しては、見えない何かにその攻撃が防がれている。


「にゃ(分かったにゃ)」


 タマはそう答えると、右の前足を上げ、バランスボール大の青白い炎弾を出現させた。

 そして、5体のモンスターのうち右端の個体めがけて炎弾を投げる。

 すると、その炎弾はターゲットに命中し――火だるまと化した右端の個体はのたうち回りながら残りの4体にぶつかり、炎を燃え移らせた。


 結果、5体とも瞬く間に消し炭になり、そこにはドロップ品のカプセルだけが残った。


「(オーマイガッ……)」


 その光景に、リッチー隊長含めオメガフォースの隊員全員が、モンスターのいた方向に視線が釘付けなまま口をパクパクさせた。


 いや……炎弾のスプリット、五連鎖とか狙えるのかよ。

 そんなのボウリングでも見たことないぞ。


「(危険度Aクラスのモンスターを5体同時に瞬殺……それくらいできてもおかしく無さそうな気配は感じてこそいたが、実際に見ると圧倒されるな。しかも、私の見立てが間違っていなければ、今君の猫は特に本気を出してもいなかったよな?)」


「にゃ、にゃ〜ん(うん、まだにゃ。にゃ〜るを食べてからが本番にゃ)」


 リッチー隊長の質問に、タマは欠伸をしながら応えた。

 それを聞いて、隊長は何度か静かに頷いてからこう言いだす。


「(なら決まりだな。本来は私たちが表立って戦うべき案件だが、不甲斐ないことにそうも言ってられない状況だ。君たちさえ良ければ、猫ちゃん主導で今回の任務を全うしたい)」


 どうやら、今のでダンジョンの処理の方針は全面的に任せてもらえることになってしまったようだ。


「(猫ちゃん、何か作戦はあるか?)」


 リッチー隊長は、タマに作戦を尋ねだす始末。


「にゃ(一つ聞いてもいいかにゃ?)」


 作戦を立てるにあたって必要な情報でもあるのか、タマはリッチー隊長にこう聞き返した。


「にゃにゃ?(あのダンジョン、今回の騒動が収まれば有効活用される予定はあるのにゃ?)」


「(いや……正直それは無いだろうな。海底ダンジョンは通常のものと比べ、環境が人間にとって圧倒的に不利すぎる。普通の危険度Aや危険度Sのダンジョンを差し置いてまで、ここを探索しようという者はまずいないだろう)」


 隊長の答え方は、海底ダンジョンは無駄に攻略難易度が高いただの迷惑な存在かのような言いぶりだ。


 その回答を得て、タマは作戦を決めたようだ。


「にゃ(なら決まりにゃ)」


 一呼吸置いてから、タマはこう続ける。


「ごろにゃ〜ん(あのダンジョンそのものを一撃で滅ぼすにゃ)」


 それを聞いて――リッチー隊長だけでなくオメガフォースの隊員たちは全員、口をあんぐりと開けたまま石のように固まってしまった。

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