第2話 春風


春風に誘われてなびいた柔らかそうなその黒髪が__綺麗だと思った。


美しい黒曜石のように黒く、けれどどこか白っぽくも見える不思議な髪色。


私のよく知っている人に少し____似ていたから。


メガネ越しの彼と目が合う。


その目は、とても優しそうな目をしていた。


身長は、私よりも全然高くて見上げるような感じになる。


「…どうかしました?」


そんなに見ていたのだろうか。彼は、首を傾げて問う。


「あっ、すみません。髪が、とても綺麗で…」


そういうと、彼は“あぁ〜“と見ている理由に納得したように頷く。


見た目とは、違って案外優しい人なのかも…


それにしても、見たことがない人だな。先輩だろうか。


そんなことを考えていると、後ろから彼を呼ぶ先生の声が聞こえた。


彼は“今行きますっ“と返して“それじゃあ“と私に告げ、去っていった。


…彼は、見た目とは違って優しいけど…案外おっちょこちょいなのかもしれない




_______



「大丈夫だった?」


下駄箱の扉を開けて上履きに履き替えている美零に


“お待たせ“と、声をかけるとハンカチを拾うだけなのになかなか帰ってこなかっ


た私を心配してくれた。


「うん、大丈夫だよ。見た目と違って、案外おっちょこちょいな人だったわ。」


そう、笑いながらいうと美零も、まじか〜と笑いながら返す。



「クラス、今年も一緒がいいな。」


「まぁ大丈夫だよ。去年の成績もそんなに悪くなかったし…今年もA組なはず。」


成績上位順にクラスわけがされるからいつも不安で不安で仕方がない。


学年が上がるにつれて、レベルも高くなるから成績も伸び悩む…


まぁ、もう少しで私たちも大学受験だから…普通なのだろう…


反対に、頑張れば同じクラスになれるという絶対補償付き。やるしかないだろ


クラス分けの表を二人で見る。


大丈夫だとは思っているが…内心、心臓はバックバク。


「あ、見つけた。」


私の苗字は『柊(ひいらぎ)』で美零の苗字は『月木(つきぎ)』だから、名簿


表で見れば結構離れている。


「私……A組だよ。」


「……私も……」


その瞬間二人で顔を合わせて、一拍遅れてハイタッチ。


美零に関しては、抱きついてくる。


「し、絞めすぎ…絞めすぎ…潰れるぅぅ……ぐ、ぐるじぃ…」


「ねぇ、見て!凛月も同じだよ!」


「…えほっ…ほぉ〜、そりゃようござんしたね。」


今日、あんたに殺されかけたの2回目だよ…


というか、あいつは絶対A組だろ…毎回成績TOP5入りなんだから…


「それに!あんたの彼氏の渚(なぎさ)くんもいるよ〜」


と、言いながら…ニヤーと効果音が付きそうなほど笑みを浮かべる。


…朝の仕返しか?こんにゃろう…


それにしても、まさかの想定外の発言…


え?彼氏?


「え゛?付き合ってませんけど?」


生まれて、一度も彼氏はいませんし、初恋もまだですが???


「あれはもうほぼほぼ付き合ってるよ。」



「いえ、付き合ってません。」


生まれて、16年…恋とは無縁の人生を送ってきた。


渚とは、確かに一緒によくいるし、話していてとても面白い。


だけど…もう、それが日常なんだ。


その距離感が私にとっての普通の距離感だから今更どうも思わないし


あいつは生活態度に問題ありなんだよ…好きあらば、人のことをおちょくるわ


私が買ったアイスを盗み食いするわで



「あんな奴、こちらからお断りです。」


私は、“ないない“と右手の手首だけ動かして拒否する。


すると、頭の上に急に痛みが走る。


「俺の方こそお断りだっつうの。」


まさかと思って後ろを振り向くと


右拳をグーにして後ろに立っていたのは、やっぱり渚だった。


「ッ…痛いんだよっ!!」


何回目なんだよ、このシーン。


「おぉ、わりーわりー。」


「…それほんとに思ってます?」


「いや、全く。」


「…えぇ、でしょうね…」


彼は、悪びれもなく両手をポケットに突っ込み、ニカっと笑う。


制服のブレザーのボタンはもちろん開けていて、綺麗に着崩している…


相変わらず、耳にもピアスをつけていた。チャラい…


なんか、変わってなくて安心したわ…


「朝っぱらから、うるせーよ…」


そう言って、後ろからもう一人…制服を同じく綺麗に着崩した奴がくる。


その相手は…


「おはよう、凛月。あんたも変わってないね。」


「!!りっちゃん!!」


隣にいた美零の目が信じられない程に輝いている。


あれほど輝くのは、凛月に会った時か、好物のマシュマロを見た時しかない。


「りっちゃん、元気だった?」


「あぁ…つうか、昨日も通話してんだから元気に決まってんだろ。」


「…確かにな。」


そう言って、美零は頷く。


…こいつらラブラブじゃねぇか。


二人の時間にしてあげようと思い、私は渚の方へ寄る。


「相変わらず、凛月も美零には甘いんだな。」


「ほんと…」


あんな…見た目がヤンキーの凛月が笑ってるなんて__本当にびっくりだよ__













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