第1話 綺麗だった
桜が満開の、春の訪れを知らせる季節。
もう着慣れた制服のボタンをしめて、ローファーに足を入れる。
玄関の扉に手をかけたところで一度、部屋を振り返る。
「行ってきます…お母さん。」
と部屋にある、仏壇の写真の中にいるお母さんに。笑顔を見せてから
玄関の扉を閉めた。
もう、通い慣れた通学路。
この並木道は、春には桜が、秋にはイチョウが満開になってとても綺麗だ。
今は、ちょうど桜の季節。
春の匂いは嫌いじゃない。
冬のツンとした匂いとは少し違って、何か温かい気配を思い起こさせる。
木々の隙間から漏れる光も、風といっしょに私の紺色のスカートを揺らす。
ぼーっとしながら歩いていると、後ろからドタドタと音が聞こえる。
「一花(いちか)!!おっはよ〜!!!!」
背中を急に、バンっと叩かれて、思わず咳き込む。
「痛いってば!…」
もう、こんなことするのは相手を確認しなくてもわかる。
「もう〜、相変わらず元気だねぇ。おはよう、美零(みれい)。」
「おはようっ!!今日もいい天気だね!桜が綺麗だよ!」
そう言って、11年前から変わらない笑みを見せてくれる。
彼女の笑顔は、太陽みたいに明るくて元気だ。
私が、その笑顔に何度救われてきたのか彼女は知らないのだろう。
「そうだね〜、いや〜、もう私たちも高2なんだね〜。今日、始業式だよ」
「んね、なんか私。つい昨日まで中1の入学式だった気がするんだけど…」
「いや、もうそんなこと言ったら私なんか、昨日まで小学校入学式なんだけど…」
時の流れというのは、早い。
ということを私たち幼馴染は高校2年生になって悟ったのでした。
________
私たちはいつものように、世間話や、馬鹿な話をしながら学校まで歩く。
一人で通学している時は長く感じる、通学路も話しながら歩いていると、あっと
言う間に学校の正門の目の前まで来ている。
すれ違う先生に会釈をしながら
“おはようございます“
と挨拶をする。その中には、仲の良い先輩も。
みんな、変わってないなーと思いながら。隣の美零を見ると何やらキョロキョロ
している。誰かを探しているみたいだ…
______そんなの、もうあいつしか居ないだろ…
「はは〜ん。美零、あなた今。愛しの彼氏君を探してるのね〜?」
そう、ニヤーと効果音がつきそうな顔で美零の顔を覗き込むと。
ギクっと肩を震わせて、顔がだんだん朱色に染まってく。
わかりやすいな…相変わらず…
「え、あ、いや、その、、違、、、、わなくはないんですけど、、、」
焦点合ってないって…挙動不審なんですけど
私は、じーと美零を見続ける…すると観念したように…
「あ、、、はい、、その、、、、その通りでございます、、、」
「ははっ、相変わらずわかりやすいのね。おもしろっ。」
私は、久しぶりに美零のキョドッている姿を見て盛大に笑ってしまった。
「いや〜、あんた達…えっと、中3の頃から付き合ったんだから…2年…?」
私は、指を折りながら数える。
「うん…まあでも、付き合ったのは中3の夏くらいだから…実質まだ1年半くらいかな。」
そう、少し控えめに話す。
ほうほう…長いなぁ。
中学生の恋愛って悲しいことに…すぐに別れちゃうのが多いから…美零たちは長
続きしている方だと思う。
今の様子からもわかるけど、いつまで経ってもこの子は初々しいままなのだろうな。
美零もあいつも素直じゃないからなぁ…告白にも勇気が必要だっただろう
まぁ、告白したのはあいつだし…美零の方が素直じゃないのかもな__
「凛月(りつ)、元気かなぁ〜」
と、美零は楽しみそうにいう。
その後に“まぁ、春休み中も何回もあってるんだけどね“と付け足した。
羨ましい奴め
ふと、前を見ると。前の方でハンカチを落とした男の子がいた。
本人は気づいてない模様。
私は、美零にちょっとごめん。と声をかけハンカチを拾って男の子を呼び止める
「すいません〜、あの。これ落としましたよ!」
男の子は、オドオドしながらびっくりしたようにこちらを向いた。
そして、私の手元のハンカチを見て口を開く。
「あっ!すみません。本当に!!」
そう、彼は落としたグレーのハンカチを受け取り頭を下げる。
「いえいえ、そんな!!!」
まさか、そんなに感謝されるとは思っていなかった私もびっくり…
側から見たら、私たち二人揃って変な人だよ………
彼は、顔を上げてこちらを見た。
彼は、制服をきっちり着込み、ブレザーのボタンも閉めている。
メガネをかけていて、the優等生という雰囲気を纏っている感じだった。
ただ、私は綺麗だと思った。
彼の、春風に誘われてなびいた柔らかそうな黒髪が__私の中である人と
______重なったから______
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