2話

「本日から貴女たちはリベルタ女学園高等部の生徒となりました。まずは入学おめでとうございます。本校は――」

 広い体育館に響き渡るのは学園長のあいさつだ。

 ホームページでも見たけど女性の学園長先生でぱっと見お母さんぐらいの年齢の人だ。さすが1981年創立の学校だけあって人材が若いなってっていうのが第一印象だ。

 見ると他の先生もベテランというよりはエネルギッシュで「教育がんばります!」という若手が多い。

 だけどあいさつは入学の手引きに書いてあった内容をそのまんましゃべっていて「ああ、どこの学校も校長先生の話は長いんだな」と安心してしまう。

 それでも聞いているみんなは、私が今まで一緒だった子たちとは違ってさすがはリベルタのお嬢様たちって思っちゃう。

 退屈な話の中でもあくびをしたり隣の子と雑談を始める人は誰一人いない。みんな背筋をピシッと伸ばして一言ひとことを噛みしめるように聞いている。

 幼稚舎から大学までの一貫校だから、小さいころから人の話はちゃんと聞きましょう」って言われて育ってきたことが、張り詰める空気から伝わってきた。

 学園長のあいさつを原稿用紙に例えるなら三行目に到達したあたりで飽きちゃった私は、自分もこんなちゃんとした人間になれるのかなあ、なんて思ってしまう。

 学園長のあいさつは、気品あふれるリベルタ女学園の生徒として恥ずべき無い行動で三年間を過ごして欲しいという内容に進んでいた。

 確かにリベルタはブランドとしては最高で将来を考える女の子からすれば、手に入れたい最高峰の肩書きだ。

 それは私も一緒だけど、それと同じぐらいに経済的な自由にも期待しているのだ。

 とにかく家が貧しくてお金が欲しい。

 そして幸せになりたい。

 これが私の一番の目標で夢でもある。

 有名私立でありながら高難易度の受験を突破した私には、格安の授業料が約束されていた。

 そして競争社会で勝てる女子を育成するという方針により、アルバイトはもとより事業経営も許可する校風。

 学校では集中して勉強し附属大学を目指しつつ放課後はアルバイトでお金を稼ぐ。

 お父さんの会社は業績が下がり単身赴任で家にいないしお母さんもパートで働いている。

 だから私が生活を助けて、将来もお金を稼いで幸せになるために今を頑張るんだ。

 私の気持ちはあいさつよりも、そんな未来図へ向いていた。

「それでは引き続き、生徒会役員のあいさつです」

 お、ようやく学園長先生のあいさつが終わったかーと思い檀上へ視線を向けると、すらっとした金髪の美少女が登壇したところだった。

 きりっとした表情で整った目鼻立ち。腰まであるサラサラとした金髪。

 あっ! さっきのヘリコプターの人だ! 名前は確か――

「紅礼奈様だわ」

 さっきまで規律をしっかりと守っていた彼女たちの誰かが小さく声を上げる。

「本当にいつみても麗しい」「さすが天堂グループのお嬢様」「本当にあの方と一緒の学び舎に来たのね」と次々と賛辞の言葉があちこちから聞こえてくる。

 しかもそれだけじゃない。

 天堂先輩の後ろにはもう二人の生徒も控えていた。

 一人は肩まである黒髪の美少女でまるでお人形さんのよう。大人しく清楚というイメージだ。

 そしてもう一人はサイドツインテール髪型で色はピンクと黄色のグラデーション。そしてリベルタの制服じゃなくて、ファッションショーで見るような派手な左右非対称のドレス調のワンピースだ。

 今度は、

「あのお人形みたいなお方は七楽調(ならくしらべ)様! さすがリベルタのビスクドールと呼ばれていることだけはあってなんて可憐な」

「それと桃鳳凰華(とうほうおうか)様も! 中等部に在籍されていたころからファッションブランド《フェニックス》を企業された現役ブランドの経営者!」

「天堂様、七楽様、桃鳳様……まさに《トリニティ・ビューティー》の何相応しい奇跡の生徒会ですわ!」

 トリニティ・ビューティー? 奇跡の生徒会?

 さっぱり意味が解らなかった。

 それでも学園長先生のあいさつを静かに聞いていた彼女たちが、まるでアイドルを見ているように浮足立っている。

 それでもざわついた体育館の中、マイクスタンドに向かって天堂先輩が一言「皆様、改めてご入学おめでとうございます」と言葉を発すると再び静まり返る。

 それは教育された静寂ではなく、次の言葉を待ち望む期待に満ちた静まりだ。

 これがカリスマっていうやつなんだろう。

「今期の生徒会役員を務めさせて頂くことになりました天堂紅礼奈と申します。他二名の役員もおりますが、本日は代表してわたくしがご挨拶させていただきます。学園高等部の生活では――」

 体育館全体に聞こえる声量。それは大きく煩いものではなく、頭上から心地よく降り注ぐような美声だ。

 話している内容は学園長先生と大して変わらない。それでもずっとこの声を聞いていたいなって思っちゃう。

 次はどんなことを言ってくれるんだろう。

 そんな気持ちで胸がいっぱいになり、気づけば檀上から降りていく天堂先輩を視線で追っていた。

 軽く会釈してその後に続く七楽(ならく)先輩、桃鳳(とうほう)先輩もそれぞれ違った美しさがある。

 だけどヘリコプターからの出会いとのギャップというか、こんな短時間で色々な面を見ちゃうとどうしても天堂先輩のことが気になるのだ。

 他の子たちも「さすが御三方だわ」と天堂先輩たちの話題で持ちきりで、体育館は再びざわつき始め、その後もトリニティ・ビューティーが残した浮ついた雰囲気のまま入学式は幕を閉じた。

 学園長先生がため息をつきながらも苦笑いしていたのが面白かった。

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