1話
「お急ぎのところ大変失礼ですが入金用の銀行口座が確認できませんでして。恐れ入りますが教えていただけないでしょうか?」
「……はい?」
「紅礼奈(くれな)お嬢様の通学路を開けてくださった方には十万円をお振込みする契約になっておりますので」
天下のお
四月八日。
私、織原葵(おりはらあおい)はあこがれの《私立リベルタ女学園》の高等部の門前に立っていた。
ここは天下のスーパーお嬢様が通う私立の高等学園で有名だ。歴史は浅い学園だけど、ここに入学できた女子高生はそのネームバリューで未来はバラ色。
ついに私も今日から女子高生であのリベルタの一員になれたんだ!
ここに合格できる=将来安泰! 私みたいに貧乏でお金がないおうちの子でもリベルタの肩書きがあればもうお金の心配をする必要はないんだ。
レベルでいったら毎年東大合格者をたくさん出している学校で、お金持ちのザ・お嬢様と呼べる人ばかりが通っているのだ。
学校がある場所も東京では一番の高級住宅街区。めちゃくちゃ高くておしゃれなビルもあるし、コーヒーを一杯飲むのに二千円もかかるって聞いたこともある。
その値段が本当かどうかは知らないけど、電車を乗り継ぎ学校の近くまで来ると「たぶんコーヒー二千円はウソじゃないんだ」って思えてた。
一台一千万円はするような黒塗りの外車の数が増えて、歩いている人もモデルか!? って思うぐらの美人さんばかりが目に付くようになった来た。
入学の手引きに載ってあった制服は、シンプルな萌黄色のプリーツワンピース。
有名女学園にしてはちょっと地味だな……って思っていたけど大間違いだ。
シンプルイズベスト。可愛い制服で着飾るのではなく、自らのオーラでシンプルな制服を着こなす。その気品とかっこよさは校門をくぐる前からひしひしと感じていた。
ああ、私ってなんて大馬鹿モノなんだろう。でも今日からは私もリベルタ女子なんだ。三年後にはどこに出ても恥ずかしくない女性に成長しないといけないんだ。こんなところで気圧されてちゃだめだ!
「がんばらないとっ!」
着合いを入れて校門をくぐったその瞬間だった。
空気を切り裂く風切り音がバッバッバッバッバッ! と上空から聞こえてくる。
びっくりした時にはスカートが暴風でめくれ上がりそうになって、女子しかいないけど慌てて押さえる。通学鞄が手から滑り落ちたけど気にしている余裕なんて一切なかった。
え? なに!?
上空を見上げると一つの黒い塊が下りてくる。
ヘリコプター?
実物なんてテレビの自衛隊が遭難した人を助ける映像ぐらいでしか見たことがない。それでもこれがヘリコプターだってわかったのは風を切る音とプロペラの丸い残像のおかげかなって思う。
「え! ……ちょっとまって!?」
しかしそのヘリは止まる様子は無く下降を続け、風はどんどん強くなってきたのだ。
っていうかこれだけ人がいるんだから止まらないの!? ってかなんで学校にヘリが来るのー!
身の危険を感じてダッシュで逃げる。周りを見ると他の人たちは冷静にその場所を開けて風の被害を受けないように距離を取っていた。……けど完全にパニくっているのは私だけみたい。
みんな慣れっこなのかな?
ヘリコプターが着陸するとすぐに扉が開いて、中から一人の女子高生と……もう一人はスーツに身を包んだ白髪のおじ様がゆっくりと降りてきた。
え、なに? 何事? 偉い人なの?
まったく意味がわからずキョロキョロしていると、周囲の生徒たちはスマホをじーっと見つめている。
……なんで?
しかしその数秒後、彼女たちはにこりと笑顔になると、何事もなかったように校舎へと歩いていくのだ。
あっという間にヘリから降りてきた女子高生とおじ様、そして私の三人だけの空間が出来上がる。……なにこれすっごく気まずい。
ヘリの女子高生はリベルタの制服を着ていて、きりっとした表情で整った目鼻だち。サラサラの金髪は腰まで伸びていた。それにおじ様もどこか執事のような雰囲気を醸し出している。
そうかきっとこの人もめちゃくちゃお金持ちの人なんだ。
そんなことを考えていると、彼女と目が合った。
「――あなた。もしかして例の外部受験生?」
外部受験生という言葉に遅れて反応した私は、
「は、はい!」
と声のトーンを上げて反射的に答える。
「なるほど。――巽(たつみ)」
「はい、お嬢様」
巽と呼ばれた六十歳ぐらいのおじ様はスマホを操作しながらこちらへ歩いてくると、
「織原葵様ですね?」
「は、はい」
ごくり、と唾を飲み込む音がよく聞こえた。私、何か悪いことしちゃったのかな。
緊張、というよりも何か良くないことに巻き込まれたのでは? という恐怖から体が一歩も動かなかった。
そんな私にはお構いなしに巽さんは話を続ける。
「公立中学からの十年ぶりの外部受験生。成績は五科目においてほぼ満点。生年月日は十二月二十八日。血液型はA型――でお間違いないでしょうか?」
「……は、はい」
個人情報どうなってるのー!
「お急ぎのところ大変失礼ですが入金用の銀行口座が確認できませんでして。恐れ入りますが教えていただけないでしょうか?」
「……はい?」
「紅礼奈(くれな)お嬢様の通学路を開けてくださった方には十万円をお振込みする契約になっておりますので」
十万? 契約?
「あ、あの……それはどういうことですか?」
紅礼奈お嬢様って多分この金髪の人だよね?
私は彼女の方を見てそう答えたが、その質問に答えたのは巽さんだった。
「紅礼奈お嬢様は学園の生徒でありながら事業経営もされる多忙なお方。ゆえに通学には渋滞とは無縁のプライベートヘリコプターを使っております」
「な、なるほど……」
「通学中の皆様方には騒音等で大変ご迷惑をおかけしております。ですので着陸スペースにいた方には迷惑料として一律十万円をお嬢様からお支払いする契約になっているのです」
「……それで銀行口座が必要なのですか?」
「左様でございます」
「すみません。私、銀行口座持ってなくて。貯金やお年玉は全部お母さんが銀行に預けてるみたいで」
高校生なのに銀行口座かあ。一気にセレブな世界に来ちゃったな。どのみちアルバイトを始めたら作らないといけないって思ってはいたけれど。
そんなことを考えていると、奥の方で腕を組んでいる紅礼奈お嬢様が「巽」と一言発する。
巽さんはすぐにスマホを操作して一つのQRコードを差し出してきた。
「これを読み込んでください」
私はスマホのカメラを起動してそれを読んだ。すると何やらアプリのダウンロードが始まりそれが起動する。私のお母さんも使っている銀行のアプリだ。
そこには、
摘要:天堂紅礼奈。
お預かり金額:十万。
差引残高(円):十万。
と書かれていた。
ええええ~~~~!?
十万円? 本当に十万円が入ってる!
「織原様の口座はたった今こちらで作成いたしました。後日通帳とキャッシュカードを送付いたします。手続きが前後致しましたが銀行印のご準備、それとアプリのパスワード設定をお願い致します」
そう言うと巽さんはヘリへと戻り、通学鞄を紅礼奈お嬢様へと渡す。ほどなくしてヘリは再び上空へ舞い戻るとあっという間に視界から消えてしまった。
鞄を受け取った紅礼奈お嬢様は本当に何ごともなかったかのように近づいてくると、
「あなが織原葵さんね」
「は、はい」
「わたくしは二年A組の天堂紅礼奈(てんどうくれな)。あなたの外部受験生としての噂は聞いているわ。その優秀さに学園側も十年ぶりに外部から採用したって。優秀なのね」
「いえ、それほどでも」
いっぱい勉強したから他の同世代の子よりは成績に自信はあるけれど……。そっか私って十年ぶりのレアキャラだったんだ。
「あなたには期待しているわ。ほら、早く行かないと遅刻してしまうわよ」
そう言うと天堂先輩は校舎へ向かって歩いていく。
成績以外、特に期待されるような特技は持っていないんだけどなぁ。
そう思いながら優雅にあるく彼女に続く。
私は思った。
さっきスマホを見て人たちはきっと入金を確認して嬉しかったんだろうって。
あの場でスマホを取り出した人は十数人はいたはずだ。
通学だけで百数十万円……!
私、とんでもない学校に来ちゃったかも。
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