第2章 依頼内容はありふれた・・・
依頼人は杉沢明人、二十八歳。大手アパレルメーカーに勤めるサラリーマンだ。
彼の依頼は、一週間前から連絡が取れなくなった彼女――乾美夏の行方を捜して欲しいと言うものだった。
「携帯に掛けても、メールを送っても反応が無いんです。あ、これ、彼女の写真です」
杉沢は携帯の待ち受け画像を四方達に見せた。
グレイのセーターを着た、ショートヘアーの利発そうな女性が、はにかんだ表情で写っている。
「彼女の職場とかにも確認を取ったのですか? 」
「彼女、大学生なんです。バイト先にも確認したんですが、ここんところずっと休んでいるらしいんです」
杉沢は暗い表情で頷いた。
「彼女と最後に連絡が取れた時、何か気になる事はありませんでしたか」
四方が探るような目つきで杉沢を見た。
「確か・・・一週間前に引っ越しをするって話を聞いたんですけど」
杉沢は遠くを見るような目線を中空に漂わせると、眉間に皺を寄せた。
「その不動産屋、分かります? 」
「すむさき不動産です」
四方の問い掛けに杉沢は即答した。
「すむさき不動産か・・・営業所は幾つかあるんですか? 」
「いえ、一店舗だけですね」
杉沢の答えに、四方は静かに頷いた。
「分かりました。この案件、請け負います。費用については基本料金プラス経費になります。それと杉沢さんの連絡先と、乾さんの連絡先等の情報を頂きたいので、分かる範囲でこちらの書類に記入お願いします」
四方は書類と筆記用具を杉沢に渡すと、事務所の奥に姿を消した。
「宇古陀さん、ここの探偵って、彼女一人なんですか? 」
杉沢は書類を描きながら宇古陀に話し掛ける。
「そうだよ。まあ、零細経営だね。俺が時々客を紹介しているけど」
宇古陀が腕組みをしながら答える。
「それで、カフェのバイトに? 」
「いや、初めて見たよ。今回のは異例だね」
「宇賀田さんは彼女とはどういう関係なんですか? 」
「何か君、ルポライターみたいだね。彼女に興味をもったの? 」
宇古陀が目を細めた。
「あ、お気に障ったらごめんなさい。ちょっと気になったので・・・」
杉沢は顔を真っ赤にしながら弁明した。
「すみません。遅くなっちゃって」
四方が珈琲カップをお盆にのっけて再登場する。
「よかったらどうぞ」
四方はカップを杉沢に勧めると席に腰を降ろした。
「書類は、こんな感じでいいですか? 」
杉沢は四方におずおずと書類を差し出した。
「大丈夫です、ありがとうございます。あと、彼女の写真をメールで送って貰えますか? メアドは名刺に書いてあるので」
「分かりました。じゃあ、今ここで――」
杉沢が携帯を取り出すと操作し始めた。
「あ、待ってください。ここ、電波の状態が悪いので、後でいいですから。パソコンで送っていただければ助かります」
四方は慌てて杉沢を止めるとばつの悪そうな表情を浮かべた。
「え、そうなの? 」
宇古陀が驚きの声を上げる。
「ここのビル、結構古いけど耐震耐火防音効果を考えた頑丈な構造になっているんです。まあお陰で盗聴の心配とかも無いんですけど」
四方は苦笑いを浮かべた。
「へええ。じゃあ、Wi-Fiとかも駄目なんですか? 」
杉沢が意外そうな表情を浮かべる。
「多分です。最初から諦めて試してないんですよ」
「ふうん。不便ですね」
杉沢は訝し気に首を傾げながらも携帯をパンツのポケットに戻した。
「では、宜しくお願いします」
「かしこまりました」
深々と礼をして立ち去る杉沢を、四方はドアまで見送った。
「四方ちゃん、あの客、俺のファンなんだと」
宇古陀が嬉しそうに語った。
「へええ。依頼人では初の快挙ですね」
四方が驚きの声を上げる。
「でもさ、四方ちゃんに興味があるのか、やたらと聞いて来たよ。適当にかわしといたけど」
「私って、そんなに魅力的なんですかね」
四方が嬉しそうに頬を赤らめた。
「四方ちゃん喜んじゃいけないよ。注意した方がいい」
宇古陀が珍しく真顔で四方を見つめた。
「何故にです? 」
「俺のファンは変態が多い」
宇古陀はきっぱり言い放つと吐息をついた。
「納得です。さっきの客、私のスカートのデルタゾーンばかり見てましたから」
四方も吐息をつくと大きく頷く。
と、不意に白い影が空を駆った。それはドアのそばからとテーブルの下から突然現れると、四方の右掌にちょこんと乗った。
一見ボタン電池の様な、黒い円盤型の物体。
「お疲れ様。いつもすまないね」
四方が労を労うと、
「これは、まさか? 」
宇古陀はそれを一目見て察したようだ。
「そう、盗聴機です。入り口のドアとテーブルの下にありましたね。もう聞こえなくしてありますけど」
四方は落ち着いた口調で宇古陀に答えた。
「因みにさっきの電波の状態が悪いって話はガセですから。ああ言っておけば、盗聴出来無い事も納得するでしょう」
「じゃあ、これをセットしたのは――」
驚愕に頬を強張らせる宇古陀に、四方は黙って頷いた。
「杉沢明人――いったい何者なんでしょうね。変態以上に大変な輩かもしれない」
四方は不敵な笑みを浮かべると、盗聴機を力を込めて握りしめた。
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