第1話 機械が選んだ夫婦
病的なまでに白い部屋の中。
これまた部屋と同じく染み一つ無い白い病衣を身に纏い、僕は部屋の中で用意されていた端末を使って絵本を読んでいた。
壁に映し出された画像を操作してめくり、次のページに映る。
絵本のタイトルは不思議の国のアリス。奇しくも自分と同じ名前だった為、本の主人公であるアリスに自己投影していた。
いつか、この絵本のアリスのように自分も外の世界を見て見たい。
そう思っていた僕の考えが間違いだったと気付いたのはそれから少し経った未来だった。
+++
「――――っ、酷い夢…………」
何が悲しくて昔の記憶を夢として見なければいけないのか。
額から流れ出る汗を右腕で拭いながら自分の上にかかっていた布団を蹴り飛ばす。
身に着けていた服も何時の間にか着替えさせられており、唯一起きる前と変わっていないのは左腕に着けているグローブくらいか。
『おはようございます。電脳アリス様。本日も良い天気ですね』
「…………ああ、そうだな。お前に強制的に連行されるまでは良い天気だと思ったよ」
近くで待機していたのだろう僕を攫ったロボットに毒を吐く。
「あれから何時間ぐらい経った?」
『あれから約2時間経っています』
「それで、ここは何処?」
『はい。現在私達が居るのはマグネトレインの先頭車両でございます』
マグネトレインという単語を聞いて顔を顰める。
詳細までは知らないが電磁石の力を使って超高速で日本各地を移動出来るという列車の一種だ。
日本列島を最北端から最南端まで約4時間で走行できるという。
ただしその分割高となっており、その先頭車両の個室はべらぼうに高い。
正直な話、金持ちの道楽ぐらいでしかこんなものには乗らないだろう。
「…………悪いけど僕にマグネトレインの先頭車両を貸し切れるだけのお金は持ってないよ」
『いいえ。電脳アリス様の預金ならば乗る事は可能かと』
「乗る事は出来るよ! でもそれやったらお金の殆どが消し飛んじゃうんだよ!!」
お金そのものは沢山持っている方だし、世間一般で言うところの小金持ち程度にはある。
それこそ余程の無駄遣いしなければ働かないで暮らす事だって可能だ。
ただそれだけのお金を持っていても殆どが吹き飛ぶのがこのマグネトレインだ。
『大丈夫です。全て此方で受け持ってますので』
「…………一つの法律とたった一個人の為だけにここまで手間を掛けるなんて、一般人が知ったら大分顰蹙を買いそうだけどな」
まあ人工知能婚姻法なんてふざけた法律を通した時点で論外だ。
ただバッシングされてもあれは人の心を持ち合わせて無いから意味はないが。
「…………僕は何処に向かってるの?」
『首都、東京でございます。到着時刻は後数分ですね』
「東京か…………」
『電脳アリス様が産まれた場所ですね』
「言われなくても分かってるわ。はぁ…………行きたくない。北海道の家で引き籠っていたい」
『北海道に戻られる事は無いかと。電脳アリス様はこれから東京で暮らす事になりますので』
何が悲しくてトラウマしか無い場所に戻らなくちゃいけないのか。
そう考えて落ち込んでいる僕に対しロボットはまたもや僕の神経を逆撫でする音声を出しやがった。
頭の中のキレちゃいけない何かがプッツンと切れ、思わず左腕を近くの枕に向かって振り下ろす。
バガンという音を立てて枕、いや、ベッドは凹んだ。
「…………これもそっち持ちだよね?」
『いいえ。それは関係無い事かと』
「こっちの事を勝手に決められた挙句、住んでた場所を強制的に変えられる僕の気持ちを考えてくれないの?」
ベッドが壊れたのはお前のせいだから責任取れ。
口には出さないがそう言わんばかりにロボットに詰め寄る。
僕の意思を無視して勝手に話を進める奴等に対し罵倒を浴びせたいぐらい内心煮えたぎっている。
それをこのロボットは理解すらしないだろうが。
『荷物も家財も、全て新居に移す事になっています。貴方が今まで居た場所に比べ便利になるというのに何故怒っているのでしょうか?』
「僕はあそこが気に入っていたんだよ。勝手に引越しさせられたんだ。これで済んで良かった方だよ」
『…………分かりました。上に確認を取ってみます』
「そうだな。お前みたいなポンコツに話しても時間の無駄だ」
尤も、コイツの上はポンコツを通り越してどうしようもない奴なのだが。
ロボットが無言になったのを見て、僕は近くにあったソファーに腰を掛ける。
その際に右手を見ると微かに震えていた。
「こいつ、どんな薬使ったんだよ」
訳あってそういったものに対し強い身体だが、それでも全く効かないわけではない。身体の調子を見るにかなり強い薬を使われたらしい。僕でこれなら他の人が使えばもっとヤバい。そこまでしてこの碌でもない法律を施行したいのか、それとも僕だからこんな薬を用意したのか。
多分、両方だろう。
『確認が取れました。ベッドの修繕費は此方が出すようです』
「あっそ」
ロボットの言葉に適を適当に相槌を打ち窓の外を見る。
高く聳え立つ摩天楼の群れ。行き交う人々と無数のロボット。
以前暮らしていた時よりも発展しているその街の景色は間違いなく東京だった。
まあ、前住んでいた時はこの街の中を歩いたりする事は一度も無かったわけだが。
『電脳アリス様。そろそろ到着いたしますので降りる準備をします』
東京の風景に心を揺さぶられているとロボットは淡々と告げる。
そして身体から鉄製のロープのような物を出して僕の身体にぐるぐると巻き付けた後、逃げられないようにロボット本体に密着するよう固定した。
『さぁ、行きましょう』
「ちょっと待てや」
『待ちません。時間がありませんので』
身動き一つ取れなくなった僕を乗せて移動しようとするロボットに抗議しようとする。
だがロボットは僕と会話する事無く動き出しやがった。
畜生。このポンコツ僕より背が高いから足が地面につかないからこうされると弱い。元々背は同世代の男子に比べれば小柄だったし、何なら女子にだって負けているような有り様だ。
いや、仮に地面に足がついても止める事は出来ないか。
ロボットの方が体重が重いってのと、僕の体重が軽いからってのもあるが単純に馬力が違い過ぎる。
しかも、この巻き付いているロープに微弱な電流が流れて身体の動きを阻害しやがる。
「何もここまでする必要は無いんじゃないの?」
『しなかったら逃げ出すと予測出来ましたので』
「ははは。流石にそんな事はしないよ」
もしロープで縛られなければ隙を見て逃げ出そうと思ってたのに。
内心歯噛みしながら宙に浮いた足をブラブラと揺らす。
ロボットに拘束されて運ばれてる僕に向けられる奇異の視線に辟易しながら空を見上げる。
空模様は僕の心を反映しているかのように、今にも雨が降って来そうな程暗い雲で覆われていた。
『此方でお待ち下さい』
マグナトレインから降り、移動を始めて約十数分。
とある建物の中に入るとロボットは僕を降ろし、近くの柱に括り付けた。
「降ろすくらいならこのロープも解いてほしいんだけど」
『それは出来ません。ロープを解いて逃げられたら、私のようなポンコツでは捕まえるのも一苦労ですので』
「…………もしかして根に持ってる?」
『いいえ。そんな事は』
まさか最近のAIにそんな事が出来るとは思わなかった。
尤も、それを搭載出来るのであるならば何故人の心を理解出来ないのかとツッコミを入れたくなるが。
まあ、でもアレが作ってるから、そうなるのは当然というべきか。
『どうやら到着したみたいですね』
ロボットがそう告げた瞬間、この部屋に入って来た時に開けた扉から誰かが入って来る。
『あちらの方が電脳アリスの奥方となる相手となっております』
開かれた扉から入って来たのは、ロボットに連れて来られた一人の少女だった。
金色の長い髪に藍色の瞳。胸は控えめ、というか壁だがスタイルの良い細身の身体。容姿の方も非常に整っており、誰が見ても美少女だと言えるだろう。
僕は、その少女に見覚えがあった。
向こうは此方の事を知らない。と、いうより面識が無い。僕が一方的に彼女の事を知っているだけに過ぎない。
何故なら、彼女は今世間を騒がせている有名アイドル黒星愛莉その人なのだから。
「マジかよ…………」
人間嫌いな僕でもニュースとかで名前と顔だけは見た事ある有名人の登場に困惑する。
同時にこの状況が物凄く不味い事であるということも理解する。
この法律を知らしめる為に有名人をその対象にしたのだろうが本当に人の心が理解出来ていない。
彼女は有名アイドル。そんな相手と法律で強制的に結婚なんてする事になったらどんな視線が向けられるのかなんて考えたくもない。いや、それ以前に彼女が何で有名なのかを知っていれば結婚なんてしたくない。
そう思い一人絶望していると黒星愛莉は僕を見て目を見開き、そして一言呟く。
「えっ、女の子?」
自分の容姿が中性的、むしろ女性寄りなのは理解している。
髪の毛だって人と会う機会が無いから手入れしてないから踵につくくらい伸びているし、初めて会った相手に勘違いされるのは仕方ない。
だけど、それを口に出して言う事は失礼だと思う。
ましてや、これから会う相手が男であると分かっているのにだ。
「うん。初対面の相手に言うのは失礼だけど、僕はきみが嫌いだ」
それが僕と愛莉の最悪のファーストコンタクトであった。
電脳ブライダル 霧ヶ峰リョク @kirigamineryoku
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