第29話 viginti octo
天弥は、戸惑いながらもゆっくりと辺りを見回した。先ほど目的地にたどり着いた時、斎はここを母校だと言った。ここは、知らない者はいないと思われる国立でトップの大学であり、THESの世界ランキングでも上位は入ることがある大学だった。
これから受験を迎 える天弥には、ここがどれ程のランクなのか、嫌というほど分かっている。そして、自分がここにいるのは間違っているような気がして、思わず斎の腕を掴む。
「どうした?」
天弥は小さく首を横に振った。それを見た斎は自分の腕を掴む天弥の手を取り、しっかりと繋ぐ。
「先生?」
斎の行動に天弥は驚きの声を上げる。誰が見ているかも分からないというのに、構わず手を繋ぐ様子に驚き戸惑う。
「いやか?」
嫌なはずが無い。天弥は首を横に振って答える。
「でも……、誰かに見られたら……」
二人の関係が知られると、斎が困る事になるのを理解していた。
「あまり人もいないし平気だ」
そう答え、斎はしっかりと繋いだ天弥の手を引き寄せた。
「観光も見学もこっちには殆ど来ないから、気にするな」
辺りを気にもせず歩く斎に手を引かれ、天弥は無言で後に続く。
「あー、でもレストランには近づくなよ。あそこは学生でなくても利用できるから、一般客が多い。隣の区だし、知り合いが居る可能性もある」
この広い敷地内のどこにそれがあるのか天弥には分からなかったが、静かに頷いた。他にも、二つ先の駅は若者が多く集まる場所であり、確かに知り合いと会う可能性は高いのだろうと納得できた。
やがてどこかの部屋のドアの前にたどり着き、天弥は緊張で早くなる鼓動を鎮めようと軽く深呼吸をした。
軽くドアをノックした後、斎は返事も待たずにドアを開けてそのまま室内へと入る。手を引かれ、天弥も室内へと足を踏み込んだ。その瞬間、天弥の目に様々な公式が飛び込んできた。
そう広くない室内の壁という壁、床、棚など、ありとあらゆる所に、何かの公式らしきものが書かれている。天弥は、斎の後ろに隠れるようにして室内を見回す。自分達が、部屋の中にいた数人の学生らしき女性達の視線を集めている事に気が付き、さらに身を隠すように引っ込んだ。
「教授、お客さん来ましたよ」
そう言葉をかけた彼女達の間から、タヌキが顔を出したように天弥には見えた。
「遅かったのぉ」
教授と呼ばれた背の低い、少し押せば簡単に転がりそうな体型をした初老の男が、斎に声をかけた。
「これでも、急いで来たんです」
不機嫌そうに斎が答えた。言うほど急いで来た訳ではなかったが、多少の事は言いたかったのだ。
「なんじゃ、デート中だったのかのぉ?」
斎の後ろに隠れるようにしている天弥の姿を見つけ、男は面白そうに尋ねる。
「そうです」
はっきりと肯定をした返事に天弥の顔が一瞬赤くなったが、すぐに心配そうな表情へと変わった。そして、自分との関係が知られたら斎が困るのではないかと、不安になる。
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