第30話 viginti novem

 男は斎の返事を聞きながら、周りに居る女性達に声をかけた。すぐに彼女らは男に手を振り、次々と部屋から出て行った。

「天弥、さっき話した胡桃沢こもざわ教授だ」

 紹介を受け、天弥は斎の背中から姿を現すと軽く頭を下げる。

「成瀬天弥です」

 胡桃沢と紹介された男は、今にも転がりそうな感じで歩き出し、天弥の傍へと近づいた。

胡桃沢斉明こもざわなりあきじゃ。みんなは気軽にコモちゃんと呼ぶので、そう呼んでくれると嬉しいのぉ」

「コモちゃん」

 胡桃沢の言葉に、斎が申告された相性を口にする。

「男に呼ばれると虫唾が走るから、女の子限定だといつも言っておるじゃろぉ」

 心底嫌そうな表情と声音を向けられ、斎は曖昧な笑みを浮かべ、視線を逸らした。

「それにしても綺麗な子じゃのぉ」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら、胡桃沢は天弥を見つめる。

「ずいぶん若いみたいじゃが、教え子かのぉ?」

 含みのある視線と言葉を斎に投げかけた。

「そうです」

 迷いの無い返事に天弥は驚き、思わず斎の顔を見上げた。だが斎は普段と変わりなく、胡桃沢もそうかそうかと小さく呟くだけだった。

「それで、メールにあった本はどれかのぉ?」

 二人の関係を何も気にしていないかのように、胡桃沢が斎へと尋ねる。

「あぁ、これです」

 鞄から本を取り出し、胡桃沢に差し出した。それを見た瞬間、微かに胡桃沢の表情が変わる。少し震える手で本を受け取ると、無言で二人に背を向けて部屋を出て行った。

「すぐ終わらすから、ここで待ってろ」

 近くにある椅子に天弥を座らせ、斎は胡桃沢の後を追う。天弥は一人取り残された不安を紛らわすかのように、辺りを見回しだした。

 天弥から離れ、姿が見えなくなると斎は少し不安を覚えた。だが、胡桃沢があそこから離れたということは、天弥には知られたくない内容なのだと理解したのだ。斎は廊下のすぐ先を歩く胡桃沢の姿を見つけ、足を速めた。

 胡桃沢は少し離れた部屋の前で足を止め、ドアを開けると中へ入っていった。斎もその後に続く。

「まさか、もう一度この本を手にするとはのぉ」

 しみじみと本を見つめる胡桃沢へ、斎は驚きの表情を向ける。

「もう一度って……?」

 思いもしなかった胡桃沢の言葉に、斎の声は震えた。

「初めてこの本を手にしたのは、二十五年前じゃったのぉ」

 本から視線を逸らすと胡桃沢は、手近にあった椅子を引き寄せ腰を下ろした。斎は上手く考えが纏まらず、ただ胡桃沢の手の中にある本を見つめていた。

「おおそうじゃ、羽角は元気かのぉ?」

 突然、思い出したかのように胡桃沢は斎に向かって質問を投げかけた。その言葉に斎は、天弥が口にした名前を思い出す。あの後、追加でメールを出そうと思っていたのだが、天弥との事ですっかり忘れていたのだ。

「あ、いえ……、その本は、一緒に居た天弥の物なのです」

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