第16話 quindecim

 何度か、同性から告白をされたことはある。だが、今まで一度たりとも彼らを恋愛対象として思うことはなかった。好きな相手がいるわけではなかったが、恋愛対象ならやはり普通に女の子の方が良かったのだ。だが、斎の腕の中にいるのも、唇を合わせるのも嫌なものではなく、むしろ斎の事を思い浮かべると、鼓動は早くなり、切なさを増していった。

「先生……」

 胸が締め付けられ、堪らず斎を呼び、その顔を見上げた。すぐに斎は天弥と軽く唇を合わせる。そして、重なり合った唇がすぐに離れた事を、天弥は残念に思った。斎に対してこんな事を思う自分は、やはりおかしくなってしまったのだろうかと、その端整な顔を見上げながら考える。

 メガネが無いため、斎には天弥の表情がはっきりとは分からなかったが、先ほどから何か違和感があった。だが、自分の腕の中で唇を重ねる様子から、それは気のせいなのかとも思える。今更であるが、いつ普段の天弥に戻るのかが分からない。今、この状態で戻られたらかなり面倒なことになってしまうことは間違いない。

「天弥、戻る前には教えて欲しいんだが」

 出来れば、元に戻る前に知らせて欲しい、そう考える。そして、何を切っ掛けに入れ替わるのかも知りたい。先ほどは、おそらく本が切っ掛けだったはずだ。あの本に触れてから様子がおかしくなり、様子が変わった。元に戻る時も、何か切っ掛けがあるのなら事前に知りたいと思う。

「戻る?」

 問いかけに、疑問が返ってきた。それに対し、斎の中に不安が広がっていく。先ほどは違うと判断したが、もしかして元に戻っているのではないかと再び思い悩む。

「あ、いや……、何でもない」

 どちらの天弥か分からず、言葉を濁した後、どう確認しようかと斎は考え込む。

「先生」

 天弥は、何か難しい表情をしている斎を見つめ、声をかけた。

「僕、そろそろ帰らないと……」

 その言葉に、斎は慌てて天弥を抱きしめる腕を緩める。名残惜しそうに、天弥も斎の首に絡められている腕を下ろした。自分の気持ちも、斎の気持ちも、はっきりと確認するのが怖くなり、天弥は今の状況から逃げることにしたのだ。

 下ろした手に握られているメガネの存在に気がつき、天弥はそれを見つめる。斎のメガネだというのはすぐに分かった。これを手にしているということは、自分で斎から外したということになるのだろうかと考える。手の中のメガネの存在と、自ら斎の首に絡めたと思われる腕のことから、あのキスと抱擁も自分が斎にねだったのではと思えてならない。

 途端、羞恥と不安が天弥を襲い、記憶のない自分が何をしているのか知るのが怖くなり、すぐにでも斎の前から消えたくなった。

 手にしたメガネを、斎に向かって差し出した。天弥の少し震えている手から黙ってそれを受け取り、斎はメガネをかける。その一連の動作は、天弥の目と心を惹き付け、先ほどまでの羞恥と不安を忘れ見惚れてしまう。すぐに互いの視線が合い、天弥はまともにその顔を見ることが出来ず、思わず俯いてしまった。

「あの……、僕、失礼します」

 少し距離を取ると斎へ丁寧に頭を下げ、その姿を視界に納めないように背を向けた。

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