第15話 quattuordecim

 そう言いながら艶やかな笑みを浮かべ、天弥は両腕を斎の首に絡めた。

「いや……」

 斎は戸惑い考え込む。交換条件としては悪くはない。寧ろ、良すぎると言っても過言ではない。何か裏があるのではと疑ってしまうほどである。

 考えを巡らせながらも斎は、天弥と自ら唇を重ねた。柔らかな唇の感触に、女性とさして変わらないものなのだと思う。唇に限らず、腕の中の細くて華奢な身体や美貌など、何もかも男だとは思えないものばかりだ。

 斎は軽く合わせた唇を離すと、手に持った煙草を机の灰皿に押し付けた。斎を見上げる天弥の瞳がゆっくりと閉じると、今度は深く激しく唇を重ねあう。先ほどとは違う激しい口付けに、天弥の手が思わず斎の白衣を掴み、強く握り締めた。

 自分の求めにぎこちなく答える様子に、その妖艶さとは不似合いな感じを覚える。それは初めてか、殆ど経験がないのだと思えるものであった。笑み一つで、難なく心を奪うほどの色香にそぐわないその様子に、斎はさらに唆られる。

 斎の求めに天弥は為す術もなく、白衣を掴んだ手に力が入り、ただそれを受け入れるだけであった。初めて知る悦楽に、意識は白濁とした中に引きずり込まれそうになり、斎の唇から逃れようとした。だが、すぐにそれは阻まれ、さらに斎の求めは激しさを増す。

 意識を手放しそうになる瞬間、唇が解放された。少し荒い息遣いに潤んだ瞳、快楽の余韻を残す表情で天弥は斎を見上げる。その様子が、天弥の艶麗さをさらに際立たせた。

「露骨に誘惑する割には、不慣れなんだな」

 斎の声音が少し意地の悪いものになり、天弥は表情を隠すかのようにその胸に顔を埋めた。

「先生が初めてなんです」

 そう答え、天弥は斎の首に絡めた腕に少し力を込める。

「初めては嫌ですか?」

 再び顔を上げ、誘うような視線を斎に向けた。

「いや、その方が好みだ」

 斎は天弥に誘われるまま、再度唇を重ねる。先ほどは、不慣れな感じがしたので、かなり手加減をしてみたが、今度は構わずに自分の欲望のまま唇を貪る。

 いきなり激しく唇を合わせられ、天弥はそれに応えることも出来ず、口内を蹂躙されるがままであった。なんとか意識を保とうとするもそれは空しい抵抗であり、簡単に快楽に飲み込まれ混ざり合い溶け合う。

 斎の手が動き、天弥のワイシャツのボタンを一つ外した。

 意識が戻ると、斎と抱き合い唇を重ねあっていた。本を手に取ったところまでは記憶にあるが、そこからどうやってこの状況になったのかは分からない。思い出そうにも、考える余裕などなく、飲み込まれ、消えそうな意識を必死に保ちながら、与えられる快楽を受け入れることしか出来なかった。

 斎の唇が天弥の唇から離れると、すぐにその首筋へと移動する。

「あ……」

 解放された天弥の口から、思わず声が漏れる。そして、自分の身体が崩れ落ちていく感覚に逆らうように、斎の首に回されている腕に力を込めしがみ付いた。

 天弥の首元に、一つ赤い痕を残すと斎はその身体を強く抱きしめた。

「天弥」

 耳元で甘く囁かれる声が、天弥の身体に享楽を刻む。早鐘を打つ鼓動と、熱く火照る身体に戸惑いながらも、静かに目を閉じると斎にその身体を預けた。

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