第14話 tredecim

 斎は、急に視線を逸らした先を追う。少しの間、机の上に置いた本をジッと見つめていた天弥は、ゆっくりと手を伸ばし本を掴んだ。

 特に天弥の様子を気にする事もなく、斎は二本目の煙草に火を点ける。そして、改めて視線を天弥へと向けた。手にした本を見つめ続ける様子に、斎は少し違和感を覚える。

「天弥」

 呼びかけに答えることもなく、天弥は変わらず本を見続けていた。

「天弥?」

 名前を呼びながら手を伸ばし、斎は天弥の肩へと触れる。それでも何の反応も示さないため、軽く揺さぶった。何度目かの呼びかけと揺さぶりで、天弥はゆっくりと視線を斎へと向けた。

「すみません、ボーっとしてました」

 そう言いながら、天弥は斎に笑みを向ける。

「大丈夫か?」

「はい」

 答えると天弥は、本を手にしたまま斎との距離を縮めた。

「先生……」

 触れ合わずともお互いの体温を感じる距離に近づき、天弥は不安そうに斎を見上げ、その端整な顔を見つめる。

「僕、不安なんです……」

 斎は、そう言いながら自分を見上げる天弥の佳麗な顔を見つめた。雰囲気も表情も、先ほどまでの天弥と何も変わらないのだが、何かが違う気がしてならない。

「助けてください」

 天弥の手が動き、斎の身体へと触れ二人の距離が無くなる。

「昼休みの時の天弥か」

 一瞬、天弥は驚きの表情を浮かべるが、それはすぐに妖艶な笑みへと変わった。

「どうして分かったんですか?」

 斎の身体に腕を回し、誘うようにその顔を見上げる。どれだけ隠そうとしても、目も心も惹き付けられる存在感は、隠しきれるものではなかった。

「どうしても何も、すぐに分かるだろ」

 返事を聞くと天弥は、その胸に顔を埋めた。自分に抱きついている天弥から体温が伝わり、斎の身体にも熱が広がっていく。

「そうですか。つまらないですね」

 残念だと主張するも少し嬉しそうに笑いながら、答える。その様子に斎は、自分の心がすべて見透かされているような気がし、平静を装う。

「なぜ、普段の天弥の振りをした?」

 斎の問いに、天弥は変わらず笑みを浮かべた。

「その方が好みなのかと思ったからです」

 顔を上げ、自分を見上げる美しい顔を見下ろしながら、同じ顔でも、ここまで違うのかと思うほど、今の天弥の美しさは凄絶なものであった。

「でも、助けて欲しいのは本当ですよ」

 手にした本を机の上に置き、ねだるような視線を斎へと向ける。

「俺に何をさせたいんだ?」

 斎の問いに、天弥の口元に笑みが浮かぶ。

「僕のものになってくれるのですか?」

「条件によるな」

 すぐに笑みが消え、天弥は少し考え込む。

「後は、何をするのかによっても違う」

 天弥の腕が、斎の身体から離れた。今の今まで感じていた熱が消え、斎は思わずそれを取り戻そうと腕を伸ばし、その細くて華奢な身体を抱き寄せる。その動作に、天弥の口元が意味ありげな表情を浮かべた。

「取引の条件は、僕とあの本でいかがですか?」

 そう言いながら天弥は両手を伸ばし、斎のメガネを取る。

「それで、俺は何をするんだ?」

 少しぼやける視界で、天弥を見つめながら答えを待つ。

「僕の傍にいてください」

 天弥の答えに、斎は拍子抜けする。

「それだけか?」

「はい」

 天弥は斎を見つめながら、折りたたんだメガネを片手で軽く握り締める。

「それでは、不服ですか?」

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