第17 sedecim
一刻も早くこの場を去りたい、その思いだけが今の天弥を支配していた。これ以上、斎の傍にいると、まだ名前のない想いがハッキリとした形になりそうで怖かったのだ。
「天弥」
名を呼ばれ、天弥の心臓は大きな音を立て、その足を止めた。
「俺も帰るから、送っていく」
思いがけない言葉に天弥は戸惑い、その場に立ち尽くす。
「天弥?」
もう一度名前を呼ばれ、振り返り斎を見る。自分の心臓の音がうるさいと思うが、鎮めることが出来ず少しでも治まるようにとワイシャツの胸元を強く握り締めた。目の前にいる相手は教師で、自分と同じ性別で、このような想いを持つのは間違っている事だと知っている。だが鼓動は一向に収まる気配を見せず、体温も上昇していく。
「すみません……」
斎から視線を逸らすように俯いた。
「一人で帰れます……」
呟くように、言葉を搾り出す。斎の言葉はとても嬉しいものであったが、それ以上に斎の傍に居ることは、胸の苦しみや痛みを増していくものであった。
昼休みまではこんな感情も想いも存在しておらず、斎に対して好感は持っていたが、それは教師と生徒という枠を超えるものではなかった。なのに、今は斎への想いで天弥の中がすべて埋め尽くされていた。
「玄関で待っているから、荷物を取って来い」
天弥の返事に構わず、斎は白衣を脱ぎ椅子の背に置くと、帰り支度を始めた。
「あの……、僕、一人で帰れます」
もう一度、斎に向かって言葉を発した。胸の痛みと鼓動が増し、それに連動するかのように、瞳に涙が滲んできた。このままでは、斎に対する想いに名前が付いてしまい、それ伝えてしまいそうになる。
「俺が、一緒に帰りたいんだ」
その言葉に、天弥の鼓動がさらに早く激しくなり痛みを訴えだした。だがそれは、先ほどまでのものとは違い、甘く切なく締め付けられるものであった。そして、それまで沈んでいた表情に嬉しそうな笑みが浮かんだ。斎が、自分と一緒に居たいと望んでくれたのが、これ以上ないほどに嬉しかったのだ。もしかしてと、思わず仄かな期待を胸に抱く。
「はい」
嬉しそうに返事をすると天弥は、荷物を取りに二階の教室へと向かう。斎はそれを見送ると、ゆっくりと教室を出ていった。
荷物を手に、急いで玄関へ向かうとすでに斎の姿があり、天弥は慌てて駆け寄る。
「すみません、お待たせしました」
息を切らしながら自分を見上げる天弥に、斎は素直に可愛いと思った。過ぎるほどの綺麗な顔ではあるが、今、目の前に居る天弥の印象は可愛い感じである。それは、性格がそのまま見た目に反映されているものであった。斎は天弥の頭に手を置き、軽くその髪を撫でる。斎にとっては、犬や猫を撫でるのとそう変わりはなかったが、天弥にとっては、まだ幾人か生徒がいる中でのその行為に戸惑い、頬が朱に染まる。
「行くか」
そう言い歩き出した斎の後を、天弥はまだ赤い顔を隠すかのように、俯きながら付いて行く。
「家、どの辺だ?」
駐車場へと向かう途中、斎が尋ねる。
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