救済を与えるナニカ3

「蒼は?蒼を見ていない?昨日から姿を見ていないの‼︎」

「え?」

 

蒼の一件から1日が経ち、今日彼女に事情を話してもらおうと思うがどう話を切り出した方がいいか考えていると、翠が教室の前に立っており何事かと思い話を聞くと昨日の夜から蒼と連絡が取れないと言われる。

 

「そういえば昨日…」

 

ここで隠しても仕方ないなと思い昨日の一件を彼女に説明すると、彼女も蒼の家庭の事情については知っていた様でいつもあの様な事は起こるらしいが、学校を休むの事は今までなかったと言われる。

 

「蒼の家はそれなりに複雑でね、虐待をされることに限界を感じてお母さんが子供を置いて何処かに行っちゃったんだ」

「…そうなんだ、とりあえず今日は蒼の家に行って無事かどうか確認しよう」

 

昨日の一件で何処まで日常で幻想を使えるかの線引きが難しくなったが、これくらいなら大丈夫だろうと幻想に代わりの出席をさせ今日は学校をサボり蒼の家へ様子を見に行くことにした。

 

「翠は蒼が何でああなっているか知ってるの?」

「そこまでは私も分からないよ、ただ蒼の家の事に口を出そうとすると凄く怒って手がつけられなくなるの」

 

どうやら翠も彼女の境遇を知った時に何かをしようとしたみたいだが、彼女はそれを拒み今の生活を受け入れている様だった。

 

そういえば新しいゲーム機を買ってそれをやろうと思い私を呼んだが、突然帰ってきた父親にそれがバレて反感を買った様な会話が聞こえてきた事を思い出す。

もしかしてそれが原因で彼女が父親に幻想を使い手を出して昨日の女に殺されてしまったのでは無いだろうか?であればあの場に女が待機していた事も納得できる。

 

「もしかして蒼は父親に手を出して殺されてしまったんじゃ無いのか?」

「それはなくは無いけど、可能性はないと思う。蒼が本気を出せば幻想を使わなくても格闘技の経験がない大人1人くらいなら余裕に倒せるし、そうだったら警察に捕まって連絡が来ているはず」

「そうか…やっぱり何か親な予感がしてきたな」

「そうだね…今何を考えてもしょうがないと思うから早く蒼の家に向かいましょう」

 

頭の中で埋まりそうなピースをあえて埋めないようにしながら2人で彼女の家に向かう。

彼女の家へ道は昨日蒼と話しながら進んだ時は短い時間に感じられたが、急ぎながらだとかなり長く感じる様に錯覚する。

 

 

 

 

 

 

「着いたけど思ったより静かだな…」

 

蒼の家に着いたのはいいがインターホンを鳴らしても家から誰かが出てくる事はなく、ただチャイムの音が響いてくるだけだった。

もしかして普通に風邪を引いて学校を休んでいるだけかもしないと思ったが、翠より連絡は返ってこないと言われ何かがあった事は確かなようだ。

 

「そういえば、何もなかった時のことを考えてなかったね」

「…どうしようか」

 

とりあえず電話を掛けてみたがドラマの様に彼女の家からメロディーが流れてくる事は無く、ただ周囲の環境音が聞こえてくるだけだった。

 

「鍵も閉まっているし、これじゃあただの無駄足になっちゃうね」

「とりあえず学校に戻ろう、もしかしたら何かわかるかもしれない」

 

このままここにいても何も解決しないどころか周囲の人に変な目で見られるのでここは一度退散しておくことにする。

 

 

 

 

学校に戻り幻想と入れ替わり蒼について調べてみたが特に俺といった情報は無く、秋空先輩ですら何も知らないという答えが返ってきた。

体調が悪く病院に行っているのであれば午後には出席するか連絡がくるかある筈だが、翠曰く学校には何の連絡のない無断欠席だそうだ。

 

私自身蒼へ連絡してみたが返事が返ってくる事はなく電話を掛けて見れば電源が切れているか圏外にいるか、とアナウンスが返ってくるだけだった。

 

「そういえば弟が居るって言ってたよな?翠は弟の顔分かったりする?」

「顔だけなら何と無くだけど分かるよ。けど学校とクラスとかそう言うのはちょっと分からないかな」

「まあ、それくらいなら家の前で待ち伏せすれば大丈夫だろ…」

 

姉と連絡がつかず親とは接触できないとなると後は弟だけになる。私達は放課後再び集まることにしてその場を離れ残りの授業を受ける。

 

 

 

 

「この子よ蒼の弟は‼︎」

 

放課後翠と再び翠と再開し蒼の家に着いたが、小学生と中学生では下校時刻に差がある為先に帰り遊びに行ってしまったのか、再び彼女の家はもぬけの殻だった。

なので仕方なく蒼の家の前で張り込みをしていると忘れ物か何かをしたのか小さな男の子が現れ、その姿を見た翠はこいつだと言わんばかりにその子を指を差して言った。

 

「翠お姉ちゃん久しぶり!」

「久しぶりだね…突然なんだけどお姉ちゃん知らない?今日学校に来てないみたいなんだけど?」

「え?姉ちゃんなら学校に行ったんじゃないの?朝から姿見てないけど」

「え?」

 

どうやら弟も私たちと同じで朝から姿を見ていないようだ。

と、言う事は昨日以降彼女の姿を誰も見ていないことになる。

 

「そうなんだ、どこかに行くとか言ってなかった?」

「言ってないと思うな?お姉ちゃんいつもどこかに行く時はいつも紙に書いてあるからすぐ分かるもん」

「へーそうんだねありがとう」

 

またね、と翠は弟とお別れをし、彼の背中が見えなくなった事を確認すると私に向かってやれやれとジェスチャーする。

 

「こうなるともう一つしかないね」

「…やっぱりそうなるよね…他に何か考えつかない?蒼のお父さんがどこかに連れて行ったとか?」

「それもあるかもしれないけど、多分幻界に引き込まれた可能性が高いな…」

「そんな…嘘だよね。蒼に限ってそんな事って」

「可能性の話だけど姿を消して連絡が取れないならそう考えた方がいいかもしれない」

「…そんな」

 

ガクッと膝から崩れ落ちる翠を見下ろす。

よりによって一番戦力になっている彼女が抜けるのはキツイが、もしかしたらこれが彼女の作戦で実は自分から今回の原因となっている幻界の中に入り、幻影と戦っているかもしれない可能性もなくはない。

 

「ひとまず場所を変えよう、こんなところで立ち止まっていたら変な人だと思われそう」

「そう…だよね」

 

蒼が姿を消した事がよほどショックだったのか今までの彼女とは思えないほどに落ち込んでいる。

 

「まず蒼が幻界に引き摺り込まれたことを想定した可能性の話をしよう」

「…うん」

 

長時間滞在しても問題なく何かあった時に対応できるであろう喫茶店に場所を移し、翠と話を整理する。

 

「今回の幻影は媒体に書かれた名前の人間を自身の幻界の中へ引き摺り込んでいくと言うものになっている」

「…」

「だから蒼の名前が誰かに書かれた可能性が高く、次に連鎖して書いた人が消える可能性が高い」

「…それで蒼を描いた人を特定してその恨みを持っていそうな人を見つけ出してその媒体を回収しろって事かな?」

「現状それしか考えられないな」

「その蒼の名前を書きそうな人を夢乃さんは分かる?」

「…正直分からないかな。蒼は性格的に相性の合う合わないがあると思うから」

「そうだよね…あ、そうだ私この後用があるから今日は帰るね」

「えっ?そうなんだ分かったよ、蒼がああなってしまった以上翠も気をつけてね」

「うん、じゃあまたね」

 

翠は何かを思い出したようにそう言うと自分の分の料金をテーブルに乗せてそそくさと帰っていってしまった。

 

「…はあ」

 

せっかく翠と2人っきりになれたと言うのに帰ってしまったので少し残念だったが、蒼の件を真剣に考えないと帰ってこれなくなってしまうかもしれないと自身に喝を入れる。

とりあえず1人でいてもしょうがないので会計を済ませて店を後にする。

 

 

 

 

 

 

蒼の名前を書いた犯人は時期から見ておおよそ分かってはいるが、果たしてその犯人が認めるかどうかが微妙なところだ。

幻想で吐かせてしまっても良いがそれ以外の行為をしてしまいそうで怖いので後日翠にやってもらった方がいいだろう。

 

「はぁ…」

 

溜息を吐く。

もし蒼が今幻界に居るのであればどの様な状態にあるのだろうか?

幻界の中では幻纏を使わないとその幻影の世界に引き摺り込まれ蝕夢に侵される事になると言われているが、幻影はその蝕夢で何がしたいのだろうか?

 

秋空先輩曰く例外が一つあるが基本的に幻影に進化するか精神が崩れ廃人になってしまうかの二つのケースになる事が多いらしい。

奴らは仲間を増やす為に選別を兼ねて幻界に引き摺り込んでいるのだろうか?だったら幻界を作らないタイプは何のために人を襲うのだろうか?

 

謎が謎を呼ぶが、これ以上考えると眠れなくなりそうなので一度考えを中断して眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

「え?翠?」

 

朝登校すると校舎裏の人気が無くよく事情聴取などで使う場所に翠と誰かが居る光景が目に入る。

最初は秋空先輩と何か話しているのかと思っていたが、どうやら一緒にいる生徒は女子生徒で私にも面識ある生徒だった。

 

「この‼︎よくも蒼の名前を書いてくれたわね‼︎」

「なにを言っているのかしら、救済してあげたんだから感謝してほしいくらいだわ‼︎」

 

状況を確認するため近づくと翠と日和が取っ組み合いをしながら喧嘩をしていた。

周囲に幻想が敷かれているため周囲への問題は無さそうだが、日和に関しては部外者のため意識があるままの関与は問題と言われれば問題だろう。

 

「何やってるんだ翠‼︎一般人に手を出したら駄目だろ‼︎」

「え?夢乃さん?」

 

流石に戦闘経験があるためか2人の取っ組み合いは翠の一方的なもので終わり、私は目の前で日和が伸びている事を確認してから翠に声を掛ける。

 

「夢乃さん。私見つけたよ、この人が蒼をの名前をサイトに記入したんだ」

「そうなんだ…ならしょうがないや。やっぱり原因はあの時の喧嘩だったの?」

「そうみたい、本当は夢乃さんの名前を書こうとしたみたいだけど、あの時の事が許せなくなって書いたって言ってたよ」

「うぇ…それ本当?」

 

どうやら私の名前を書かされそうになったところ代わりに蒼の名前を書かれた様だった。

 

「それでこいつはどうするの?」

「そうだね…眠っているから催眠で記憶を消す事も出来ないし、とりあえず私の幻想で縛って休み時間には起きるだろうからその時に回収するね」

「それはいいかもね、クラスが一緒だし何かあって授業中に戻ってきたら私が対応しておくよ」

「ありがとう、お願いね」

 

彼女は私にお礼を言うと幻想で植物を生やし日和を閉じ込める。

日和は目が覚めて暗闇に恐怖し暴れ回るが、はたからみればその光景は謎の壁があるパントマイムにしか見えないため周囲の人間が変に干渉しない為認識阻害の幻想をかける。

 

普段は無関係者への行為として罰則を受けそうだが、今回は加害者への行為となるので問題は無く心置きなく普段の仕返しが出来て内心スカッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あのな、いくら事件の関係者だからって幻想の中に閉じ込めてんじゃあねえぞ」

「すいません…」

 

授業が終わり休み時間になると、先程閉じ込めておいた日和を回収しようと思い廊下に出ると、額に青筋を浮かべた秋空先輩が立っており説教を受けるハメになった。

 

「…まったく、あの後処理が大変だったんだぞ」

「言い返す言葉もございません」

 

どうやら私達が去った後秋空先輩が幻想で作られた箱を見つけ解除すると、日和が半泣きで携帯を握りしめていたらしくその後色々認識操作や学校関係者への記憶の調整など大変だったようだ。

少しやり過ぎた罪悪感もあるが、秋空先輩の主張にぐうの音も出ないので素直に謝罪に徹する。

 

「それでだ」

「…まだ何かあるんですか?」

「ああ、先に言っておく。今回の件にカタがつくまで日和っていう生徒には接触禁止だ、そいつには接触できないように幻想を掛けておくからあっちから近づく事は無いだろうから安心しろ」

「分かりました」

「それで次だ、お前と同じチームの翠が姿を消した」

「え?」

 

突然の事に思わず変な声が出てしまう。

さっきまで一緒の日和をどうこうしていた彼女がたった一コマの授業の間で姿を消すなんて考えられただろうか。

 

「これはもうクラス全員の記憶を改竄してあるから確認は取れないが、授業中急に姿が見えなくなったみたいだな」

「…っ‼︎」

 

このタイミングで翠の姿が消えたという事は犯人は1人しか考える事はできない、犯人は十中八九日和できっと閉じ込められている間に携帯で名前を打ち込んだのだろう。

携帯でいう救済サイトの存在を忘れていたなんて間抜けな話だが、植物で閉じ込めておくのではなく少し後遺症が残ってもいいから手足を縛っておく様に頼んだ方が良かったと後悔する。

 

「どこに行くつもりだ?言っただろうあいつとの接触はしばらく禁止だって」

「離してください‼︎あの女を…むぐっ⁉︎」

 

彼女が居そうな保健室目掛けて走ろうとしたところ、あらかじめ予想していたのか秋空先輩に腕を掴まれ阻止され文句を言おうとした瞬間空気の塊の様なもので口を塞がれる。

 

「これ以上変な事を言うんじゃねえ、何でかわかんねえがお前は目をつけられてんだから気をつけろ」

「…分かりました」

 

多分だが蒼の家の前であったあの女の事で、きっと今回の件で無関係な一般人に手を出さないか見張っているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

学校から帰宅し自分の部屋のベットに寝そべる。

 

あの後日和は授業に復帰し、彼女はまるで何事もなかったかの様に授業を受け周りは彼女が一限に参加しなかった事は知らないと言わんばかりに彼女を迎えた。

蒼を失い続いて翠まで失った、正確に言えばまだ分からないが私の胸にはぽっかりと穴が空いたままだ。

 

「…これからどうしようか」

 

誰も部屋に居ない事をいい事にポツリと呟く。

もちろん返事が返ってくる事はなくいつもの様に何処かの室外機の様な音が薄らと響いてくるだけだった。

 

取り敢えず傾向としては加害者が次の被害者になる可能性が高い以上、関与できないとしても彼女の周囲の人間関係を観察するしかない。

日和はリーダ気質がある為周囲を引っ張っていく上で誰かに不満を抱かれる事が多いので、誰かが彼女の名前を書く事があるかもしれない。

 

いくら接触禁止だからと言っても幻影に飲み込まれる瞬間であれば流石に誰も咎めることは無いだろう。

しかも都合がいいことに同じクラスなので何かあった時はすぐ対応できるだろう。

 

「…」

 

後は彼女の家を調べて張り込みをすれば問題は無いだろうと思ったが、どうにもやる気が起きない。

映画でよく見る恋人の仇を護衛するガードマンの気分ってこんな感じかと思いベッドから体を起き上がらせる。

 

起き上がったところでふと疑問が浮かび上がる。

1人の人間が複数人の名前をこんなに短い期間で書き込む事ができるのであれば次に狙われるのは私じゃ無いのだろうか。

 

(本当は夢乃さんの名前を書こうとした…)

 

翠の言葉が頭に響き反芻する。

秋空先輩が何か幻想で操作してくれていれば助かるが、私からの被害を警戒するあまり彼女から私に対する被害を警戒をしていない可能性を考えるとこうしてここに居るだけでも危ない。

 

今回の任務に関しての定期報告書の提出期限はまだ遠いため、現状としては翠が日和に対して尋問し証拠隠滅をする前に翠に手を出して私からの報復を阻止するために組織が動いた流れだけを把握しており、最初の被害者である蒼が日和によって被害を受けた事と日和と私との確執については把握していない可能性がある。

 

つまり私の名前が日和によって書かれる可能性があり、組織はその可能性について把握していない可能性があるってことだ。

 

…非常にまずい事になった。

 

ここから彼女の家に向かって監視することは出来るが、幻影に襲われている時ならともかく何もなしに彼女に干渉する事はできないだろう。

仮に今回の事を説明しても私が彼女に報復する際の言い訳をしている様にしか聞こえないため、彼等に私の要望が聞き入れられる事はないだろう。

 

携帯をひらき助言を頼もうとするが、困った時に連絡する翠も蒼も今は何処にも居ない為そこで思考停止し固まってしまう。

 

いったい私はどうすれば…

 

私にできる事と言えば日和が幻影に関わる事がないように組織に監視されていることを願うだけしかない。

そんな状況で生きていくのは流石の私も気が気ではない。

 

何かできる事は…

 

ただでさえ要領の悪い頭をフル回転し思考を巡らすが良い解決策なんてものは一向に思い浮かぶ事はない。

 

「…?」

 

再び携帯に目を落とすと画面はメッセージアプリでは無く見たことのないサイトに繋がっていた。

 

それは

 

「…救済サイト」

 

思わず画面に書かれた文字を読み上げてしまう。

そう幻影は日和ではなく私を加害者に選んだようだ。

 

まるで昔流行った個人サイトを彷彿させるレイアウトに思わずイタズラを疑ってしまうが、何もしていないのにこのサイトが表示されると言うことは本物なのだろう。

 

やられる前にやれ

 

私の携帯に表示されている画面に語り掛けられてる様な気がし、気づけば文字を打ち込もうとしている事に気づく。

 

…もしここで私が名前を入力すれば間違えなく日和の姿は消えるだろう、そしてここで打ち込まなかったら反対に私の名前が彼女に書かれるだろう。

 

正直加害者にはなりたくない自分が居るが、それでもこのまま権利が彼女に移り名前を書かれるのも非常にきつい。

組織の人に連絡して解析して貰うのが一番いいのだが、その間にサイトが消えてしまう可能性もある。私はまだ組織のために命を張れるほどできた人間じゃないのだ。

 

だから最善はこうするしか無く…私はサイトに名前を書き込んだ。

 

 

 

 

…そう、私の名前を。

 

 

 

 

 

 

「ーーっ‼︎」

 

名前を打ち込み決定ボタンを押すと後方から何かに引き摺り込まれ、私の視界は真っ暗に覆われた。

 

 

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