救済を与えるナニカ2
「遅くなってきたし、それじゃあ今日は帰ろうか」
「そうだね」
豪華な食事を済ませた私達はそのまま数時間話し込み、気づけば夕方になっていた為このままでは家に着く頃には空が真っ黒になってしまうと私達は解散する事になった。
「…」
一応普通の学生の様に遅くならない位時間で解散したは良いものの、家に帰るには少し時間が早く都合も悪いのでどこかで時間を潰そうと思い家の近場を漂いながら当てを探す。
最近は漫画喫茶で時間を潰していたが、こう何度も同じ場所に通っていると周囲の人間に顔を覚えられそうだし、読みたい漫画も大体読み終わってるので出来れば新しい所を見つけて暇つぶしのサイクルを作っておきたい。
「あれ夢乃さん?こんな遅くにどうしたの?」
「ん?あ、翠‼︎」
前回の任務の報酬が沢山残っている為、今回は奮発して少し敷居の高い店に行こうかと思い入口の前に来てみたのは良いが、流石にこの格好で入るのは場違いかなと立ち止まっていると、入り口からドレスコードに身を包んだ翠が店のドアを開けて出てきた。
「ちょっとやる事が無いから何処かで時間を潰そうかと思って」
「そうなんだ、それじゃあせっかくだし次のお店に着いてくる?」
「えっ?良いの?」
「いいよ、付き合いで行かなくちゃいけないお店だから誰かが居てくれるとすごく助かるかな」
「ありがとう翠、やっぱり持つべきは友だね」
「何言ってんのよ、車は少し遠くの駐車場に泊まっているからそこまで歩くけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
どうやらどこかのお店に連れて行ってくれる様で、これで時間を潰せると思い胸を躍らせながら駐車場へ向かう翠の後ろへ着いていく。
「そういえば今日は任務だったんだよね、蒼と2人で行ったの?」
「そうだよ、なんか人員削減で2人しか行けないらしくて大変だったよ。翠は休みの日は朝からこうして色々やってたの?」
正直彼女が何をやっていたのかは分からないが、先程付き合いで店に行くと言っていたので多分親の仕事関係に振り回されているのだろう。
「そうだけど、普段は習い事かな」
「そうなんだ、普段はって事は今回はまた別なんだ?」
「そう、蒼は知っているけど他のみんなには秘密にして欲しいんだけど私のお父さん社長なんだよね。だからこうしてお父さんの取引先の人やお店に行って挨拶するの」
「へー、翠は色々あるんだな。けどいろんな事ができて楽しそうだな」
「楽しくなんかないよ…」
「え?」
「何でもない!色々あるから大変で面倒なんだよね」
一瞬彼女が何かボソッと言いかけていたが聞き取れなかったので聞き返したところ、何も言ってないかのように振る舞われ聞き返せなかった。
「着いたよ、随分かかっちゃったね」
「え?これが翠の車?」
彼女に案内された駐車場には私の予想を超える大きさの車が停まっており、運転席には親御さんが居るのかと思ったが服装からして専用の運転手が着いているようだ。
これは私の偏見だが社長といっても私立にいない為小さい規模の会社の社長かと思っていたが、どうやら本当に金持ちの様だった。
彼女に案内されるがまま翠の座る後部座席に乗り彼女と隣り合わせになり、緊張感に精神がやられそうになった所で運転手が車を走らせる。
「私臭くないかな?」
「え?別に普通じゃない?」
車に入った事で匂いが篭る為か彼女は自身の匂いを嗅ぎながら不安げに尋ねてくるが、私の感覚ではそこまで匂いがするわけではなくむしろ高級車独特の匂いの方が気になってしまう。
「…そう、だったら良いんだけど」
「?」
よく分からないがそれを聞いた彼女は安心した様に胸を撫で下ろした。
「ごめんね、これから行くところ調べてみたらドレスコードじゃないと入れないらしいけど夢乃さんは何か持ってる?」
「えっ?ごめん、正装は何も持って無いかな…学生服で何とかなるって思って買ってなかった」
車に揺られながら彼女が携帯を弄っていると、何か嫌な予感が的中したようにバツの悪い顔をしながらそういった。
「そうだよね…流石に制服だと恥ずかしいから私の服を貸そうと思うんだけどそれで良いかな?」
「全然!私は何の問題もないけど翠は大丈夫なの?」
正直弟にすら自分の服を着られる事に抵抗があるので、赤の他人に着られるとなるとかなりの抵抗があるのではないのかと考えてしまう。
「それなら気にしないで、服だけは沢山あるから処分に困っていた所なんだ、もし気に入ったらそのまま貰ってもいいよ」
「え?それは流石に悪いからクリーニングに出して返すよ」
「いいのいいの、気にしないで」
「そうなんだ、それじゃあお言葉に甘えて」
せっかくなので頂けるものは頂くかと思いながら彼女の提案を了承し、車は一度彼女の実家へ戻ることとなった。
「うわ…翠の家大きすぎ」
彼女の家の大きさを見てビックリしながら中へ案内され、かなり歩いた所で服だけを集めた部屋に辿り着く。
そして彼女に言われた範囲の中から一番落ち着いたものを選びそれを試着する。
「それじゃあまだ時間はあるし私はシャワー浴びてくるからゆっくり選んでね」
「ありがとう!了解」
正直ドレスなんて恥ずかしくて着たくは無かったが、普段では絶対行けないであろう店に行けるという誘惑には抗えず被る様に身体に通す。
サイズが合わないから少し窮屈になるかなと思っていたが、伸縮性のある為か意外にもピッタリで動きに問題は無さそうだった。
「それにしたんだ、意外だね」
「そうなの?」
着替え終わり部屋から出ると翠も着替えていたのか、先程とは違った装いをして私の前に立っていた。
「そう言えばお父さんとかは居ないの?一応挨拶しておきたいんだけど」
高い服をいただき、食事まで奢って貰える以上何かしらお礼の一つでも言っておかないと、今後の私の印象に響いてしまいそうなので早急に紹介していただかなくてはいけない。
「ごめんね、お父さんもお母さんも今家に居ないの。今度機会があったら紹介するね」
「…そうなんだ、ごめんね」
彼女は少し寂しそうにそう言った。
確かに言われてみれば社長夫妻いでいる以上取引やら何やらで家にいる時間はないに等しいのだろう。
「それじゃあ気を取り直して行こうか」
「そうだね」
彼女に促されるまま再び大きな車に乗せられ、目的の場所へと向かう。
景色は少し栄えている田舎から栄えている都会のビル群へと移り変わり、一体どこに連れて行かれるのだろうかというワクワク感と。はたして自分は場違いではないのだろうかという不安の感情が入り乱れ不安定になる。
「それで蒼とは今日どんな事をしたの?」
「蒼?そうだった、今日の任務はね」
せっかく2人でいるのだから2人の話をしたかったが、翠が気になる以上話さざるを得ないので今日起こったことを全て彼女に説明した。
「そうだったんだ…いいな」
「そう?正直嫌な思い出にしかならない様な気がするけど」
そんなこんなで時間は過ぎ、気づけば目的地へと着いたのか車がバックを始めた。
「お待たせここが目的地だよ、少し進むとエレベーターがあるからそこまで行くからね」
車から降りると地下駐車場に居るのか周囲はコンクリートで囲まれ、明かりは電灯だけになっている。
「ちょっと待って今行くから」
慣れないパンプスに少し踵が痛くなりながらも何とか彼女の後をついていく。
「うわぁ!すごい景色だ。こんな景色をみたのは初めてだよ」
「ふふっここは夜景が綺麗ってことで有名な所なの」
彼女に案内され重苦しいエレベーターで階を上がり切った先にあったのは綺麗な夜景が見えるレストランの様な店だった、
壁を殆どガラスにし景色を広く見せ、店の中心にはステージのようなものがあり今日はジャズの演奏が流れており、それを囲むようにテーブルが配置されている。
「はい、お願いします」
景色を眺めていながら立ちすくんでいると翠がスタッフと話をしたのか、ここから見える席とは別の個室があるようでそこに案内される。
「ごめんね、ちょっとお話ししてくるからここで待っててね」
「あ、うん、オッケー」
彼女は謝りながら案内された席に私が座った事を確認した後席を外し店の奥まで行ってしまう。
そして席には私となぜか運転手お二人となってしまう。
「この様な爺と2人きりになってしまい申し訳ありませんな」
「いえ、私は別に気にしませんので」
気まずい空間を打ち破ったのは運転手の方で、どうやら気を使って話しかけてくれたようだ。
「お話を聞いていましたがお嬢様のご学友の方ですかな?」
「はいそうです」
何故だか知らないが運転手と話す事になり、どうやら運転手の方は運転だけではなく生活全般をサポートする執事の様な事をしているらしい。
「それでお嬢様は学校ではどの様に過ごされているのですか?」
「それは…」
流石に何も言えないとは言えず学校での事を説明する。
ただ外で遊んでいたのはもしかしたら幻想で分身に習い事をやらせていた可能性があるため、できる限り話せそうな所を掻い摘んで話した。
「ほう…そうでしたか…」
どうやら昔から翠は1人でいる事が多く、親の方針で習い事やこうして挨拶回りなどをしていて、友達はアウトドア中心の蒼くらいだった為中々学校での話を聞けずに心配だったらしい。
「お待たせ、ごめんね話していたら長引いちゃった」
「いや全然、むしろ急がせちゃったみたいでごめんね」
付き人と話をしていると翠が現れ、急いできたのか少し汗ばみながら申し訳なさそうに彼女は謝罪した。
「ってあれ?何も注文してないの?」
「話していたら注文するの忘れてたよ」
どうやら勝手に注文して良かったようで気を使って注文しなかったのが裏目に出た様だった。
「まあしょうがないよね、それじゃあ私がおすすめなのを注文するから一緒に食べよう」
「お願いします‼︎」
彼女と入れ替わるように付き人は車に戻りますと席を立った。
そして彼女の開いたメニュー表をチラリと見るととてもじゃないが学生が手を出せる値段ではなく、迂闊に下手なを注文して常識がないみたいに思われずに済んで良かったと先ほどの自分を褒め称えた。
いつもの様に彼女は注文をし、いつか自分も1人で来るんじゃないかと希望を抱きながら彼女の仕草を覚える。
そして注文からすぐ料理が運ばれてきて流石は高級店だと感心する。
「それで新しい任務の方はどうなっているのかな?夢乃さんのことだから調べているんでしょう?」
「それが全くなんだ。一応資料を読んではみたんだけどそれ以上のことは分からずしまい」
「そうだよね、今日も別の任務をしてきたみたいだし、すぐわかるわけないよね」
フォークとナイフってどう使うんだけっけなんて考えながら四苦八苦していると、翠が思い出したように任務のことを確認の為か聞いてくる。
「逆に翠は今回の件どう思ってる?」
昨日読んだ報告書の内容を簡潔に彼女に説明し、反対に意見を求める。
「そうだね…名前を書くだけで人が居なくなるなんてどこかの漫画みたいだけど、その媒体が現れる条件はまだ分かっていないんだよね、だったらそこを何とかして見つけるしかないよ」
「そうだよね…まずは失踪者が出ているクラスの人に聞き込みかな」
正直翠が言うように媒体が出現する条件が分かれば楽なのだが、もし不定期かつ無差別に出現するのであれば学校中を探し回らなくては行けない。
今日が休校日だった事もあり現場の再現が出来ない事が足を引っ張ってはいるが、こうして落ち着いて翠と話せることは僥倖だ。
「そう言えば学校外に行方不明とかが多くなったとかある?」
「それは分からないと思うよ、幻影関係なく行方不明者は多いって聞くし」
「だよね」
学校内だけではなく学校外にも影響はあるのか確認したかったが、どうやら行方不明者は常にいるようで1人2人居なくなったところで誰も気にしないのだろう。
「何にせよ現地での捜査が一番かな」
「そうだね…ってそろそろ時間だ、帰らないと明日の学校に間に合わなくなっちゃう」
どうしようかと翠は視線を下に移し腕時計が目に入ったのか慌てた様にそう言いながらバックを掬い上げ私を入り口へと案内する。
私も今何時なんだとコッソリ携帯の時計を見ると時間は10時を超えており、このままでは母にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないと、最後に食べようと思っていたケーキに別れを惜しみつつ彼女を追いかける様に駐車場へと向かった。
その後もう一度翠の家に戻り置いておいた私服に着替えるとそのままタクシーを呼ばれ、先払いで家まで送ってもらう形となった。
「昨日翠の家に行ったんだって?どう?すごく広かったでしょ‼︎」
その日の朝、すごく苦労しながら目を覚まし寝癖そのまま学校に向かい何とか4時間耐え昼休みになると、翠から聞いたのか隣のクラスからわざわざ蒼がやってきて面白そうに聞いてくる。
「そうだけど…今すごい眠いから眠らせて…」
結局あの後色々あり眠りについたのは12時を回ったあたりだった為、只今絶賛睡眠不足で任務の前に眠っておきたいのだ。
「あら、やけに今日は煩いと思っていたら友達が居たのね…あなた、そんな辛気臭いのと付き合っていると碌な目に遭わないわよ」
「何言ってんだお前?頭沸いてるんじゃねーのか?」
どうやら蒼と話している光景を見るのは初めてだったようで、気に食わないのか日和が食いついてくる。
たらればだが幻想で隠しておけば良かったと少し後悔したがこの眠気で果たして出来ただろうか?
「なっ⁉︎なんて非常識な‼︎そもそも他クラスの生徒は出入り禁止でしょう、早く自分の教室に帰ったら?」
「あ?うるさい奴だな、お前はいつから教師になったんだ?偉そうに命令してくんじゃねえぞ‼︎」
完全にガラの悪いヤンキーじゃないかと思ったが、いつも付き纏ってうるさかったので少し泣きをみても良いんじゃないかと内心蒼を応援する。
その後、2人の会話はまるでヤンキー漫画の喧嘩の売り合いで面白かったが、授業の準備に来た教師により止められ終わりとなった。
「全く何で私まで怒られなくちゃいけないんだよ‼︎」
「それは蒼が悪いよ…」
放課後屋上へ集合すると蒼が不満げに文句を垂れ、それを翠が宥めるといったいつもの光景が繰り広げられたいた。
「おかえりアカリ‼︎あの後どうだった?私は最悪だった‼︎」
「えぇ…何誇ってるの?あの後私も怒られて大変だったよ」
実際私と日和は担任に呼び出され今回の件について説明させられ、なぜか私が悪い事になりお叱りを受けたのだった。
まあ、日和の涙目を見れたのは大きな収穫だったのでありがたかったが。
「それにしてもあいつは一体何なんだ?随分な嫌われようじゃないか?」
「そうだね、話を聞く限り相当嫌われている様にしか感じないけど」
「さあ、私も分からない…気づいたらあんな感じになっていたかな」
あまり2人には日和に関わってほしくないので、彼女に関してあまり話をしない様にする。
「まあでもぱっと見少し似てる所はあるよな?同族嫌悪ってやつ?」
「へー」
「少し鼻に付くところとかソックリだよ」
「何でだよ⁉︎」
どうやら蒼から見ても似ている様で、彼女の私を嫌う気持ちも分からなくはない。
「それよりも今日私の家に来ない?親は帰って来ないし弟がアカリに会いたがっているんだ」
「へーせっかくだからお邪魔しようかな、翠は今日暇?」
「ごめんね、今日も用事があるの…他の日だったら合わせられるよ」
「そうだね今度にしようかな…」
「いやいや、こんな機会そうそうないからきなよ!今日迷惑かけたお詫びに高いお菓子出すからさ」
「そう?じゃいこうかな」
何かお菓子に釣られたみたいで卑しい気がしなくもないが、せっかく誘ってもらったのでここは遠慮せずにいこうと思う。
「まあ、とりあえず調査してからだね」
任務を忘れて遊んでましたなんて事が秋空先輩にバレでもしたらとんでもない目に合いそうで怖い。
まずは先日決めた様に周囲の聞き込みを始める。
始めると言っても幻想で判断力をなくし聞き出すだけなのでそう難しいものではない。
失踪者の出たクラスの数人を捕まえて聞き込みをするが、正直皆知らないと無関係な人が多く報告書に書いてあるように加害者も救済されて失踪してしまったのだろう。
ひとクラス、またひとクラスの他人を恨みそうな生徒を捕まえては尋問を行う。
「またダメだ、もう被害者も加害者もいないんじゃないのか?」
「そんなことはないと思うけど、流石に疲れてきたね」
「後2人で今日は終わりにしよう…流石に疲れてきた」
正直幻想をかけ続けているため皆の疲労が溜まってきており、そろそろ明日にしても良いかと思い最後の1人に差し掛かったところで関係者にヒットした。
やはり噂で救済システムのことを知っており、ある日その生徒と喧嘩をしてしまい、その帰り道ふざけて検索したところ救済サイトに繋がり、噂が本当にあった興奮と勢いでどうしても許せなかった生徒の名前を書き込んでしまったらしい。
そして次の日教室に来てみるとその生徒は帰りに姿を消してから誰も見ていなかったとの事だった。
「すまない…本当に悪いことをしたと思っている…」
「別に私たちに謝らなくてもいいよ」
疲れて幻想が綻んでしまったのかそいつはまるで赦しを乞うように私達に謝り出した。
流石に不気味に思ったので幻想を解除し先ほどのやりとりを記憶から消した。
「やっぱりサイトが出る条件は強い恨み…つまりあれは復讐サイトってことかな?」
「そうだよね、それにしても疲れたよ…この後用事もあるし今日は先に帰ってもいい?」
一番幻想を掛け操作するのが上手かった翠に負担が寄ってしまっていた為か、彼女は疲れたような顔をしながら用事を済ませに向かって行った。
「大丈夫かな翠…」
「大丈夫でしょ、ああ見えて翠はしぶといから何があっても平気平気」
長年の付き合いなのか少しドライめな蒼に少し羨ましさを感じ、案内されるがまま彼女の家へと向かう。
「蒼の兄妹は何人くらいいるの?」
「何人って言っても弟が2人いるくらいかな?2人とも低学年で可愛んだ!最近はちょっと生意気だけど」
「へー仲がいいんだね」
家族と仲がいい蒼の話を聞き自分の家庭環境と比べ少し羨ましいなと思いながら住宅街の中へと入って行く。
「そういえばこないだの報酬でテレビゲームを買ったんだ、翠はゲーム苦手だから相手してくれないから全然物足りなんだよね」
「へー面白そうだね、タイトルは何があるのさ」
「それはね…もうそろそろ着くからついてからのお楽し……え?」
その後取り留めのない話をしながら歩き進んでいると何か怒鳴るような声が聞こえ、蒼がそれに反応して言葉を止めた。
「嘘…今日は新台が出るから夜まで帰って来ないって…」
「急にどうした?何かあったの?」
「ごめん今日は帰って‼︎この埋め合わせは任務が終わったらするからさ‼︎」
先程の怒鳴り声の後に続くように子供の甲高い泣き声が響き、それを聞いた蒼の顔色が徐々に青ざめ彼女は急いでその声のした家へ走って向かっていった。
多分あの家が彼女の家だったのだろう。
「止めてよお父さん‼︎弟は何も悪くないじゃん‼︎」
「うるせぇクソガキが‼︎お前らは何様だ?1人じゃ生きていけねぇくせに俺に逆らってんじゃね‼︎」
「あぅ……うぅ…」
泣き叫ぶ声の後に蒼が割って入ったのか彼女の叫び声が聞こえ、何かを殴打する音と激突する音が聞こえた後呻き声が聞こえた。
周囲に居る人たちはまるでそれが日常茶飯事かのように見て見ぬふり、きっと昔からそうだったのだろう。
「まったくよ‼︎どいつもこいつも馬鹿にしやがって!一体俺が何しやがったんだてんだよ‼︎」
「うぐっ…やめて…おとう…」
「だったら早くこのクソガキを泣き止ませやがれ‼︎」
「うぅ…大丈夫、お姉ちゃんは…大丈夫だから…」
「ったくよ…こっちは…ん?何だよこれ?最近の高いゲーム機じゃねえか?あぁ?何処にこんな高い物買う金があったんだよ⁉︎そんな余裕があったんなら俺に渡すのが通りだろ‼︎」
「ぐっ…あがっ…うぅ…」
まるで映画でも見ているかのような虐待行為に一瞬自分を忘れ掛けていたが、心の奥底から怒りが沸々と湧き出し殺すまではしないもの立ち直れないまでにしてやろうと残った幻素を絞り出す。
「え?」
しかし足を踏み出したはいいもののそこから動くことが出来なくなった。
一体どういうことなのかと思い体に視線を降ろすと、薄らだが細い糸の様な幻想が体に纏わりついていた。
「これは…」
正直何が起きているのか分からずに混乱していると後ろから気配が現れる。
「そこまで。任務に関係ないのに幻想を使って他人に危害をあたえようとするのはルール違反だよ。君も死にたくないでしょ?」
後ろから聞いたことの無い女性の声が聞こえてくる。
どうやら知らない間に別の誰かに幻想を掛けられた様で、この巻き付いている糸は彼女の固有幻想だろう。
「くっ‼︎」
このままでは蒼が危ないと全力で抜け出そうと力を入れるが、どうやって抜け出せる気がしない。
「はいはーい暴れないで、気持ちは分かるけどルールはルールだからね。今回は私だったら良かったけど他の子だったら死んでたよ?」
彼女の言葉に嘘はないと判断し抵抗を緩めると、彼女も安心したのか糸を緩め拘束を解かれ自由になる。
せめて姿だけでもと後ろを振り向くと、そこに居たのは私と同じくらいの少女だった。
「せっかく力があるのに見ているだけしか出来ないなんて…」
「そうだね」
改めて冷静に考えると蒼が何故幻想で父親を止めなかったのかが理解できた。
そう、糸女が言った様に他者に危害を加えたり犯罪に利用するのはルール違反で罰の対象になってしまうのだ。
「とりあえず注意1ってことで報告されて、会報誌に載るからそこだけは覚悟しておいてね」
「…すいませんでした」
彼女に謝るといいって事よ、手をヒラヒラしながら何処かへえ行ってしまった。
再び蒼の家に意識を戻すと騒動が落ち着いたのか、先程までの騒動はまるで何もなかったかの様に静かになっていた。
…私は悔しさを噛み締めながら帰路へついた。
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