救済を与えるナニカ1

あれからしばらく時が経った。

経ったと言っても数ヶ月くらいしか経っていないので、周囲に何か大きな変化があるわけではないが蝕夢に侵されていた腕の痛みがようやく落ち着いてきた事は大きい。

 

「アカリ‼︎そんな所でボーとして何やってるんだ?」

 

中庭のベンチで座りながらボーと考え事をしていると私の事を見つけた蒼に声をかけられる。

そういえばプールでの事件以降、何故か蒼との距離が近くなっと様な気がするが翠との距離は遠慮されているのか以前として変わらない気がする。

 

「別に時にやる事がないからボーとしてるだけだよ。それでそっちは何やっているの?」

「あーこれから秋空パイセンの所に呼ばれてるんだよね」

 

何をしているのかと聞かれたので反対に聞き返すと蒼は少し嫌そうな雰囲気をしながらそう答えた。

 

「そうなんだ、新しい任務かな?」

「多分そう、そういえばアカリも呼ばれているんだった。これから一緒に行かない?」

「何それ⁉︎私聞いていないんだけど‼︎」

「ゴメン、昨日言う様に言われたの忘れてた」

 

彼女から明かされた言葉に驚愕としながら攻めようとするが、申し訳なさそうに謝る彼女をみてやめておく事にする。

 

「それで時間は何時何分に来てって言われたの?」

「それは…後五分後に屋上だね‼︎」

「ここ中庭だよ!ここから屋上まで全力疾走しても間に合うか分かんないよ!」

 

時間を確認すると彼女はバツが悪そうに腕時計を眺めてそう言い、何故か両手を挙げてやれやれとポーズをとり始めた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

「ん?ああ、遅かったなお前ら、まあ時間通りだから問題無いが」

 

あの後スポーツ漫画でよく見る様な階段走を全力で行い、まさか自分がやる羽目になるとはと蒼を心の中で恨みながら何とか時間ギリギリに屋上へ登り切る。

 

「遅いよ2人とも、先輩と2人っきりになって私すごく気まずかったんだよ‼︎」

「ゴメンって…」

 

私達が階段を登り切り疲れている所に少し怒りながら翠が近づいてくる。

そして目の前で言われてしまった秋空先輩は「俺目の前に居るんだけどな」と呆れた様に文句を言いながら手に持っている処理を確認している。

 

「それでだ、次の任務はちっとばかし長くなりそうだからその間に小さな任務を挟むかもしれねえ、覚悟しておけ」

「そうですか、それは構いませんがその内容はどの様なものなんでしょうか?」

 

「内容はそんなに難しいもんじゃねぇが、そうだな…今お前らの学年の欠席者が増えているのは把握しているか?」

「えぇ、まあ、ですがそれはインフルエンザが流行っているって聞いていますが?」

「ああ、表向きではそうなっているが、それはあくまで今回の事件の被害を誤魔化しているだけに過ぎない」

「そうですか」

 

やはり夏なのにインフルエンザがここまで流行するなんておかしいなとは思っていたが、やはり何かの事件を隠すカモフラージュ的な処置だったのだろう。

 

「その欠席者は全員じゃ無いが行方名不明になっている生徒がほとんどを占めている。これを調べてくれ」

「分かりました」

「何ですかそれ?他に情報がないと何も分からないんですけど?」

「はぁ…」

「蒼⁉︎いきなりやめてよ‼︎すいません先輩蒼には私の方から言っておきますから」

 

また前回のように調べないといけないのかと思いながら意気消沈していると、いつもは黙っている蒼が意見を言ってきた。

 

「あぁそうだな、流石に今回は情報が少なすぎるな…けど悪いな俺も別件で忙しんだ、何せ今回の被害者は組織のメンバーが多い」

「そう…ですか」

 

どうやら先輩は今回の件で被害を受けた仲間達の分の仕事を肩代わりしているようで、彼の持っているバインダーに挟まっている書類はいつもの倍くらいはあるように見える。

 

「前任…今は被害に遭ったメンバーが最後に提出した定期報告書を渡しておくから目を通しておけ、具体的な事は分からないが何を調べれば良いかは分かるだろう」

「ありがとうございます」

 

先輩から差し出された書類を受け取る。

中間テストが近いと言うのにこの書類に記載されている情報を全て頭に入れないといけないのかと思うと泣けてくるが、一応報酬としてお金が出ている以上仕方ないのだろう。

 

「他に何か気になる事はあるか?しばらく戻らねぇから何か気になる事があったら言えよ」

「いえ、今の所は大丈夫です」

 

「まあ戻らないとは言っても授業は出ているから何かあったらその時間にメッセージを送ってくれ」

「分かりました」

 

話しておく事を全て言い終わり、先輩は疲れているのか目に隈を浮かべながらフラフラと教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで?その資料には何て書いてあるんだ?」

「ちょっと待って、今読んでる途中だから」

 

放課後2人を誘って何時ものダーツを飛ばしている漫画喫茶へと移動する流れになったが、家族から連絡があったのか翠は先に帰り私たち2人で作戦会議をする流れになった。

 

「えー、せっかくだから少し投げてから読もうよ?」

「いやいや、それ絶対楽しくなって時間が終わっちゃうやつじゃん」

「そうだねー」

 

蒼からの誘惑を躱しながら書類に目を通す、先に楽しい事をしてそのテンションのまま面倒な事をする事何て出来はしないのだ。

まあ、それはさておき書類に目を通す。

 

本現象に関して名前はまだ定まってはおらず、ある人は救済サイトと言い、もう1人は救済名簿等、救済は同じだが末尾の言葉は同じ物もあれば違うものがある。

それはある日突然日常の中に現れると言われ、その媒体は限定されている訳ではなく携帯のサイト、投票箱、黒板など文字を表現できるものに見られる、媒体ごとにある程度の差はあるが共通してそこには救済したい人の名前を書いて下さいと表示されその下の欄の空欄にその人の名前を書き込むとその名前の人物が救済されると言ったものだ。

実際にそのサイトに知人の名前を記入した生徒と接触し、名前の書かれた生徒の名前を確認したところ推測通り行方不明となっており、その数日後その生徒も誰かに名前を書かれたのかそれとも代償なのか同じ様に姿を消している。

 

「…」

 

内容はシンプルだが、その救済を選別するであろう媒体を見つけられないと言う事が今回の悩みだろう。

現象に関しての記述は少なく、多くの書類は行方不明になった生徒の情報纏められている為、プールの事件同様被害者の共通点を探し出そうとしたが軽く見ただけでは分からないほどに被害に遭った生徒の共通点はバラバラに違って見つからなかった。

 

「今回の任務は難しくなりそうだな…仕方ない今日はとことん遊ぶぞ‼︎」

「おぉ?いつになくやる気だなアカリ‼︎それなら私も負けないぞ‼︎」

 

置いておいたダーツの矢を持ち蒼の行っているゲームを勝手に終わらせ、カウントダウンの2人プレイを設定するとすでに飽き始めていた蒼が再びやる気を出し始める。

難しい事を考えてもよく分からないので、今は目の前のダーツを楽しんで後で払う利用料金分の元を取る事に専念する事にした。

 

「それで、今回の任務は何だって?」

「行方不明になる生徒の原因を探ってその先にいる幻影を倒せって」

「へーそれは大変そうだな、パイセンからもらった資料には何か情報はあったりするのか?」

「おおよその失踪する原因とその被害者の情報かな」

 

ダーツを投げながら蒼に書類の内容を説明する。

 

「なるほどな、今回のは大変そうだ」

「前に同じ様な任務を担当とかしなかった?似たようなパターンがあれば参考にしたいんだけど」

「いやー特にないかな?、私のやってきたのは基本的に指示された場所に行って幻影を狩るだけだったし、隠れている奴を探したりするのはアカリと組み始めてからだね」

 

蒼の話を聞いていると入りたてのメンバーに与えられる任務で扱う幻影は基本的に幻界に閉じ籠り姿を隠すことは無いらしいのですぐに見つかるらしいが、今回や前回みたいに事件の全貌を探る事から始めものはもう少し経験を積んだメンバーに任されるらしい。

 

「ピンチはチャンス!多分人手不足で回ってきた任務だから上手くやれば私たちの扱いも良くなるかもな!」

 

蒼はハットトリックを決めガッツポーズをとりながら社会人になりたての意識高い系みたいなセリフを吐き出した。

 

「それにはまず全貌を把握しないと…とりあえず翠の意見も聞いてみて何から始めるか決めないと」

「そうだねーせっかくだし今日はこのまま遊ぼうよ!とりあえず後2時間は料金が変わらないしさ」

「…そうだね」

 

帰ったところでやる事は無く虚しいだけなのでここは彼女の意見を汲み終わりが来るまで遊ぶ事にした。

 

 

 

 

 

 

「じゃあまた来週!」

「またね」

 

夜も遅くなり流石に家に帰らないといけないであろう時間になった為仕方なく家に帰る事にした。

 

「あんたいつまで外でほっつき歩いてるの!まさか男でも作って遊んでるんじゃ無いでしょうね‼︎」

「…ごめんなさい」

 

家に帰ると珍しくドアが開いており、中に入ると機嫌の悪い母が現れ目があった途端に怒り始める。

何事かと思い足元を確認すると弟の靴がない事に気づき、多分弟が帰ってこない事に対して不安とイライラが混在し丁度帰って来た私に八つ当たりして発散しているのだろう。

 

「最近だらしくなっているんじゃ無いの‼︎あんたも女なんだから少しは…」

「ただいま」

 

私が玄関で説教を受けていると途中で弟が帰宅し母の説教が一度中断された。

 

「遅かったじゃない心配したのよ?今日は大好きなハンバーグだから早く手を洗いなさい」

 

先程までの低い声とは一転、優しい声で弟を甘やかす母の声に吐き気を催しそうになったので母が弟にかまけている隙に自分の部屋へと駆け上がった。

 

いつだって両親は弟優先だ。

誕生日もクリスマスも私だけにはプレゼントは無く、弟には必ず用意されている。

なぜかと聞けばあなたはお姉ちゃんだから我慢しなさいと言われるだけ。

 

まあもう慣れたし、高校を卒業して就職するまでの辛抱だと考えれば残り6年程度、残り人生の10分の1くらいの我慢どうと言う事はない。

 

「…?」

 

そんな事を考えながら自分に言い聞かせていると携帯にメッセージが届いたのか音楽が鳴り響く。

発信者は秋空先輩で内容は前に言っていた小さな依頼で、予算の都合で2人分しか報酬を渡せないからもう1人仲間を誘って明日幻影を退治してくれと言うものだった。

社会に隠れた組織なので大金を持っていそうだったが、意外と金銭に関しては世知辛いんだなと思いながら了解と返信を返す。

 

この時間に通じるかなと翠に今日の任務の件を含めて相談したいとメールを送ると、すぐさま家の用事で行けないと返信が返ってくる。

仕方ないので蒼に連絡し明日会う約束をし、溜まりに溜まった宿題と課題に手をつける。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、待った?」

「いやそんなに待ってないよ」

 

次の日早く任務を終わらせて家でゴロゴロしたかったので集合時間を朝早くに設定し待ち合わせ場所で待っていたところ、スロースターターだったのか蒼が5分遅れてやってきた。

 

「流石に休みの日に早起きするのは厳しかったよ」

「確かにこの時間は早かったね」

 

ごめんごめんと謝る彼女に少し罪悪感を覚えながらも彼女を任務の現場へと案内する。

現場は駅から少し離れてはいるが徒歩でも充分いけるくらいの距離だったので今回は歩いて向かう事になった。

 

「それで今日はどこで何するんだ?」

「交通事故を引き起こす幻影がいるから退治してくれってメッセージが来たけど詳しくは書いてなかったよ」

「あぁ…やっぱりそうなんだ、あのヒトいつも説明を省いたりするか何が言いたいか分からない時があるんだよね」

「そうなんだ…」

 

どうやらあえて情報を減らしてこちらの力量を測っているものだと思っていた先輩の言動が、実は単に言葉足らずだと言うことが判明し困惑する。

 

「自分が出来るからみんなもできるだろうって言う、頭が良い人あるあるだよね」

「えぇ…そこはあまり知りたくなかったな」

 

だからあの時先輩に噛み付いたのかと過去の点と点が線で繋がりパズルを完成させた時のように少し気分が良くなる。

 

「それよりもアカリの服ってメンズの?最初見た時アカリだと思わなくて何処に居るのか分からなかったよ」

「あぁ、これは弟のお下がりだよ。サイズが丁度同じだから着るように言われているんだ」

「へーそうなんだ」

 

最初は弟が着られる様に女でも着れるデザインの男物の服を着させられ、弟がそのサイズに行くと持ってかれるという感じだったが、弟が私より大きくなってっからは私の服は全て弟のお下がりになった。

まあ頼めば世間体を気にする母の事なので流石に買ってくれるだろうし男物の服は動きやすくていいので問題ない、弟のお下がりであるなら周りも家庭の事情という事で突っ込んで来ないので都合が良かった。

 

「それじゃあ今度一緒に服を買いに行こうよ!この任務が終わればお金も入るし私が選んであげるよ!」

「ええ、いいよ悪いし、それに蒼の服子供っぽいから私には似合わないよ」

 

女物の服を買いに行けば洗濯の時に母にバレ何を言われるか分からないし、何より一人暮らし用にお金の使用は抑えておきたい。

 

「私の着たい服はサイズがないから仕方なくこんな服を着ているだけで、本当はもっとおしゃれなんだぞ‼︎」

「そ、そうなんだ」

 

どうやら蒼の着たい服はどれもサイズが大きかったらしく、仕方なく着れる服を探したら少し子供っぽい服しか無くほんと仕方なく今の服を着ているらしい。

 

「そうだね、機会があったらお願いしようかな」

「任せて!」

 

とりあえず話を先に伸ばしておいて無かった事にするかと一度話を切る。

 

 

 

「それでここが例の事件現場?随分とごちゃごちゃしているんだな、これじゃあ幻影がなくても事故が多発しそうだ」

 

そんなこんなで気づけば連絡のあった事件現場へと辿り着く。

そこはまるでテレビで特集が組まれてもいいほどに道が入り組み、上には歩道橋まで作られているが自転車とかは多分面倒だから車道を走りそうでそれが事故の原因じゃないのかななんて考えが浮かぶ。

 

「とりあえず幻纏で姿を隠そう、これだと車に轢かれそうになるから気をつけてね」

「わかった、蒼も気をつけて」

 

道路の周りで意味もなくウロウロしていては周囲の人間に変な目で見られ厄介な事になるので、ここは幻で姿を隠して穏便に行う事にした。

 

「それで?幻影は何処にいるの、また幻界に隠れている感じ?」

 

周囲をキョロキョロと見回している蒼に声をかける。

 

「いやそれは多分無いと思うな、今回の幻影は残滓を残しすぎていて幻界に入っているならこうはならないよ」

「へーそうなんだ、ちなみにその残滓ってどうやって見るの?」

「それは…何だろうな?何となく景色がぶれている感じかな?こればっかりは感覚だからよくわかんないや」

 

感覚方の人間の言う事はどうにもよく分からないと思い、今度翠に聞けばいいやと話を終わらせ私も周囲を見渡す。

 

「ダメだ、何処にも居ない…別の場所へ移動したんじゃないの?」

「いや、これだけ残滓があるならまだこの辺に居るはずだよ。…そういえばアカリは任務何回目だっけ?」

「これで4回目かな?」

「と言うと美術室のやつとプールと失踪と今回のか…それじゃあ分からないのも納得だね」

「え?」

「アカリ、相手は幻影当然相手も幻纏を使うんだから普通に探したら見つからないよ」

「そうなの?てっきりプールの時みたいにモヤか何か見えるんだと思った」

「あれは幻界を使えるから姿を隠さなかっただけだよ、まあ、こればっかりは認識の問題だから経験がものを言うんだけど…」

 

彼女曰く、普通の幻影は姿を幻纏で隠し、実際に人に何かしらの干渉をしている時に姿を表したり隠す必要がないほどに力の強い固体かなどある程度差はあるが、私達に見えても一般人には見えないので厄介らしい。

ならどうやって探そうかと言う事になるが、姿を隠す原理は認識阻害でこれは携帯を手に持っているのにかかわらず何処にやったか必死に探しているみたいなものに近く、そこにあるのにある事に気づかないつまり認識できなみたいな話になる。

なのでかどうかは分からないが、そうやって色々なケースをこなす事で無意識で奴らの姿を捉えることができる様になるらしい。

 

「つまり、視点を変えながら探せってこと?」

「そうそう、一度見つければ間違い探しのようにそれにしか目がいかなくなるから、とにかく今は何度も同じ景色を…あ⁉︎」

 

彼女キョロキョロと周囲を眺めながらそういうと何かを見つけたのか道路の方へと指を差す。そこには一台の車が走っておりその天井部分に黒いモヤを纏った何かが張り付いていた。

 

「あれが幻影だ‼︎早く何とかしないと事故が起きる‼︎」

「え?」

 

彼女に促されるままナイフを作り投擲するが、動き続ける物に当ていると言うのは中々に至難の業で私の投げたナイフは無慈悲にも虚空へと飛び消滅した。

そして同時に蒼が放った水の弾丸もその黒いモヤを掠めはしたが動きを止めるには至らなかった。

 

「チッ‼︎これだから幻は‼︎」

 

飛び道具でどうすることができなかった以上直接叩くしか無いと蒼は車へと走り出し、それを追うように私も走る。

そしてトラックは幻影の影響を受けたのか急にふらつき制御を失ったのか急激に加速し、信号無視し車道を走り抜けている自転車へ激突した。

 

「なっ…」

 

初めて聞く大きな衝突音にビックリしながらも幻影を追いかけるため車へ向かい、追いつきそうになった辺りで目の前に何かが落下する。

それは車に轢かれた人の体の一部で断端部から血液が流れ出しており、何故か少し動いていることが確認できる。

 

正直人の死体を見たところで何も感じないだろうと今まで思っていたが、いざ実際に死体を見てみると強烈な違和感と不快感が込み上げ思わず吐きそうになるが、今は自分の仕事をこなさなくてはと死体を見て見ぬふりをして無かった事にする。

 

「アカリ早く!また隠れられたら厄介だ!」

「ごめん今行く‼︎」

 

視線をあげ車体の上を見ると、手を爪の形をした水で覆いクローの様にしてそれで黒いモヤを殴っている蒼の姿が見える。

それを見てすぐさまナイフを作り加勢しようと車の上に飛び乗る。

 

黒いモヤは人の様な形をして物に纏わりついており、サイズは私達よりも少し小さいくらいではあるが中の人間みたいな生物は痩せ細った老人ベースで映画に出てくる化け物の様な気持ち悪い姿をしている。

 

「たぁっ‼︎」

 

蒼は飛び掛かってくるモヤに水の粒を飛ばし、怯んだところを水のクローで突き刺したり横に薙いだりしている。

目の前で起こる漫画のような戦闘に慄きながら戸惑っていると、黒いモヤが蒼の水の武器を掴み彼女の動きを止める。

 

「あぁぁぁぁぁーーっ‼︎」

 

あまりの不快感に思わず首にナイフを突き立てると、黒い化け物は人とは思えない叫び声を発しながら纏っていたモヤを周囲に伸ばし目の前に居た蒼を吹き飛ばした。

 

「蒼‼︎」

「大丈夫だから早くそいつを‼︎」

 

吹き飛んだ蒼は上手く受け身を取れた様で無傷とまでは行かなくても大きな怪我はなかったようだ。

 

「早く終わって‼︎」

 

黒い幻影の背中を踏みつけ天井に叩き伏せると幻影の顔が半回転し私の方へと顔を向け口を大きく開く。

黒いモヤに覆われているが、その隙間から見える表情はまるで薬でおかしくなってしまった人を彷彿とさせる程狂気的で見ているだけで私までおかしくなる様な恐ろしさを孕んでいる。

 

「アカリに手を出すな‼︎」

 

幻影の口から何かが射出されそうになったところで蒼が幻想で作った水の球体が現れそれがやつの顔を覆い、不発になった棘の様なものが水球の中を漂っている。

 

「ありがとう‼︎今終わらせる‼︎」

 

もがいている幻影の首にナイフを突き立て軽く刺したところで体重を乗せ、全身の力で奴の首を刺し潰す。

幻影の癖に刺したところから血液の様な生臭い黒い液体が噴出し、これに何か呪いの様な効果があったら嫌なので車から飛び降りる力を利用して首を引き千切り蒼の元へ向かう。

 

「よくやったアカリ‼︎後は任せて」

 

首を半分切られたことで大きな損傷を受けたのか、幻影は痙攣しながら蠢き喉は潰したはずなのに奇声をあげ暴れる。

そして蒼が手を挙げるとそれに連動し顔を覆っていた水が広がり奴の全身を包み、まるで無重力空間にいるように宙に浮かび上がると、彼女がそう念じたのか球体の中の水圧が一気に上がり、中にいる幻影は断末魔をあげる事なく押しつぶされ消滅した。

 

「さすが蒼…どうなるかと思ったけど何とかなったね」

 

簡単な仕事かと思っていたが、想像以上に危険で恐ろしい事をしていたんだという事に気づき悪寒が走る。

 

「流石に今回はヒヤヒヤしたよ。やっぱり任務は3人じゃないと厳しいな」

 

車から転がり落ちた事で出来たのか、腕と膝が擦り傷だらけになった彼女は笑いながらも安堵した表情でそういった。

 

「それよりも早く撤退しないと‼︎」

「あっそうだね」

 

周囲を見渡すと先程まで散らばっていた死体は片付けられ、車は私達が乗っかった事でボコボコになり、事故を聞きつけてか野次馬が集まり始めていた。

これ以上ここに居ても良い事は無いだろうと蒼は私の手を引いて近くの喫茶店へと翔ける様に案内した。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、一件落着!最初はどうなるかと思ったけど何とかなったね」

「本当…2人だけでやるには少し厳しかったね」

 

汗まみれで駆け込むように入った時は周囲の他の客に変な目で見られたが、学生だった事もありそう言う時期かと決めつけられてからはあっという間に馴染むことができた。

そして祝勝会というわけでは無いが普段頼まないようなデザートとカフェラテを頼む。

 

「それで今回の幻影はどんな幻影だったの?」

「ん?そんなの私には分からないけど多分前に事故で死んだ人の恨みか、運転手の恨みかどっちかの恨みを核にして周囲の負の感情を集めて出来たって感じかな?前にパイセンから幻影が産まれた背景を知り再発を防ぐようにとは言われたけど、あれは道路を壊さないと無理だよ」

 

「色々大変なんだね、こないだの任務みたいに簡単に終わると思ったよ」

「そう?幻界に1人で突っ込むなんて普通のメンバーはしないよ?」

「え、そうなの?」

 

どうやら仕方がないと飛び込んだあれは通常ではあり得なかった事らしい。

 

「この後何か用事ある?この辺りに有名なケーキ屋さんがあるんだ」

「ひ、暇だよ」

 

早く終わらせて寝ようと思っていたが、蒼は終わったとどこかに遊びに行こうと思っていたらしい。

それから何やかんや話しをし運ばれてきたデザートに舌鼓を打ち休日は終わりを迎えた。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る