黒い手3

朝になり目が覚めると、昨日考え事をしたまま寝てしまったようで目の前が眩しく思わず手で光を遮る。

そして周囲にはやろうと思っていた今日使う予定の道具が散らばっており、このままでは学校で恥をかいてしまう。

 

「…なんてこった」

 

恐る恐る鏡を見ると髪はボサボサ肌はガサガサ、正直現実逃避したかったが今更何をしようが結果は変えられないだろう。とりあえず誤魔化せるだけ誤魔化し急いで学校へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

…やられた。

 

朝教室に入ると私が来た事に反応してかクスクスと笑い声が聞こえ、何かあるだろうなと気になり早足で自分の席に向かうと、誰かがやったのだろう私の席の机がひっくり返り置き勉していた教科書やノート達が周囲に飛び散っていた。

 

「はぁ…」

 

溜息を吐きながら飛び散った教科書達を拾い上げる。

正直もう慣れた光景なので最初ほどショックは受けなくなったが、だからと言って傷つかないわけではないので出来れば辞めては欲しい。

 

「あら失礼!うっかり踏んでしまったみたい。ごめんなさいね」

 

教科書を集め終え次にプリントを拾おうと手を伸ばしたところで日和にそのプリントをワザとらしく踏まれ、適当な謝罪と共に彼女は足首を捻りプリントに大きな足跡とシワができる。

 

「…眼鏡かけた方が良いんじゃない?」

 

ボソッと嫌味を返してみたが、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべながら取り巻きの元へと向かいヒソヒソと何かを話し始めた。

 

相変わらず変わらないなと思いながら机を起こし、教科書をしまうとプリントを消しゴムで擦り皺と靴跡を擦り取った。

 

「おい、夢乃は居るか?」

「あっ、はい」

 

今度幻想でダミーを作っておくかと思いながらプリントの汚れを取っていると廊下から先輩に呼ばれる。

 

「少し話がある、ホームルームには間に合わせるから来てくれ」

「了解です」

 

彼に促され廊下に出ると何かの幻想なのか周囲の音が全て聞こえなくなり静かな空間になった。

 

「任務はどんな感じだ?」

「確定的なものはありませんが、仮説を立て本日検証をするところです」

「そうか…それでなんだが…いや」

 

秋空先輩は何かを伝えようかそれとも辞めておこうか迷っているのか歯切れが悪そうに言葉を詰まらせる。

 

「あの…何かあるのでしたら言って頂けると助かるのですが」

「そうだな、これはあくまで俺の直感と言うか違和感だがなお前達の報告をみている限り何処か今回の幻影から違和感を感じる」

「具体的にどんな感じですか?」

「それはだな…」

 

 

 

 

 

 

教室に戻り再び机がひっくり返っていない事に安堵しながら先輩からの話を脳内にまとめる。

幻影は基本的に周囲の負の感情がが凝縮した様なもので、大人数の事件があればその大人数の負の感情に沿った幻影が生まれるらしいが、基本的に人間関係が三年ごとにリッセットされる学校では指向性を持った幻影が生まれる事は殆どないらしい。

プールでの幻影もよくあるらしく急に生徒達の体調が悪くなったり水の温度が上がらなくなったりとするそうだが、今回の様に誰かを探す事は無いに等しい。

なので集団の負の感情の集合体ではないと仮定して、個人が幻影へと堕ちてしまった場合にしても時期が遅すぎるとの事だ。

 

「この問題は…夢乃‼︎お前が答えろ‼︎」

「あっ…はい‼︎」

 

考え事をしていると授業に集中していないと教員に判断されたのか黒板の問題に答えるように指名され、今度は顔に集中している表情の幻想でも貼り付けておくかと思いながら問題の答えを黒板に書き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ明?今日は随分とボロボロだね!」

「あははは…」

 

朝頑張って色々やってはみたが寝癖だけは治らず、朝の件もありまるで無い事もないように振る舞えば皆気づかないだろうと思ったが出会って早々蒼に気づかれ翠はそんな蒼の反応をみて愛想笑いをしていた。

 

「昨日色々あってね、考え事をしていたらそのまま眠っちゃったんだよ」

「へー明も大変だったんだね、それで私が昨日何していたかと言うとね…」

 

蒼は自分のした事を褒めて欲しかったのか私との会話を切り上げ、昨日私と別行動していた際の成果を見て欲しいようでカバンを漁りながら何かを取り出す。

 

「じゃーん‼︎旧式の女子用の水着‼︎」

「あぁ…」

「おぉー‼︎」

 

自慢げに笑う蒼に呆れ顔の翠、そしてそのアプローチは思いつかなかったと思い感心する私の3人の声が屋上に響いた。

カバンから出てきたのは彼女が言った様に旧式の水着で、クリーニングにだされ綺麗にビニール袋に包まれている。

 

「私のお姉ちゃんのお友達がもしかしたら残してるって前に聞いていたから蒼に教えたの」

「そうなんだ、ナイスだね蒼」

 

全員新型の水着だった為、今まで再現する事が出来なかったが今回蒼が手に入れた旧式の水着があれば謎が多いこの事件を再現する事できる。

だが、今回の事件のトリガーがこの水着でないのなら彼女の苦労は泡になってしまう。

 

「それじゃあ人が居なくなったら翠が着て泳いでよ」

「え?私がそれを着るの?蒼が着ればいいじゃない!」

 

蒼が翠に水着を着るように促すが、人前で旧式を着るのが恥ずかしいのか彼女はそれを拒否し蒼に着る様に促し返した。

 

「私は…ちょっと…そうだ明が着てよ!」

「え?私⁉︎ちょっとそれは…」

 

正直旧式の水着は抵抗が強すぎるのでできる事なら着たくない。ここは何としても2人に押し付けなくては行けない。

 

「私の幻想はまだまだ未熟だから今回の幻影に襲われたらすぐ蝕夢になって廃人になっちゃうよ」

 

蝕夢は幻影の持つ瘴気に障られた者に生じる呪いの様なもので、軽いものなら専門の治療で何とかなるのだが重いものは精神が侵され廃人になるか幻影に堕ちてしまう場合がある。

もし組織の人間が幻影に堕ちた場合は速やかに殺処分をしないと行けないというルールがある。

 

「それを言うならみんな危ないじゃん!チームは実力が同じになるように組まれているから変わらないよ‼︎」

「そうよ‼︎ここは公平にじゃんけんで決めましょう!」

「えぇ!そんな」

 

どうやらみんな着たくないようで、意外ではあるが普段弱気な翠でさえ声を荒らげながら抵抗してくる。

 

「いやちょっと待って…その水着のサイズが一番ピッタリの人が着ればいいんじゃないのかな?」

「そうだね、それが一番いい。私は3人どころかクラスでも一番小さいからねブカブカで脱げてしまうよはっはっはっ‼︎」

「確かに…小さくても大きくてもサイズが合わないと着れなかったり脱げちゃうから駄目だよね…」

 

私がそう提案すると身長の小さい蒼は勝ち誇ったように私達を煽り始め、中肉中背でいかにも平均的な身長である翠は文句はあるが正論なので言い返す事が出来ず半ば諦めているようだ。

 

「それじゃあ袋から出してサイズを確に…え?」

「あっ!」

 

蒼は自信満々と袋を破り中に入っている水着を取り出すが、出てきた水着は私の予想とは裏腹に小さく遠目ではあるが到底私と翠が着れる様なサイズではなかった。

つまり多少無理をしてでも蒼に着てもらうしか無くなったのだ。

 

「そんな…あの人結構身長高くなかったっけ⁉︎」

「そう言えばお姉ちゃんのお友達は昔背が低くて、高校生に上がってか急に伸びたって言ってた気が…」

 

どうやら蒼があそこまで勝ち誇っていたのは水着を受け取った時に話をしたお姉さんの身長が高かったので、中学生の頃も背が高かったのだろうと踏んでいたからだろう。

しかし、いざ箱を開けて仕舞えばお姉さんも中学生の頃は蒼の様に背が小さく、それに合わせて水着のサイズも小さかったのだ。

 

「とりあえずサイズを確認しよう、もしかしたら蒼も小さくて着れないかもしれないし」

「そ、そうだね。これだけ小さかったら流石の私も着れな…」

「ぴ…ピッタリそうだね」

 

虚勢を張る彼女に助け舟を出してはみたが、いざ服の上から合わせてみるとまるで合わせてきたかの様に水着のサイズは彼女にピッタリだった。

 

「な…何でだよ⁉︎」

 

幻想で屋上いったいに結界を張っているから大丈夫かもしれないが、この世の理不尽を受けた彼女は全力で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「誠に不服だけど仕方ない…行こうかな」

 

あれから若干の抵抗を受けたが、私たちの必死の説得により彼女は水着を着てプールサイドへ立っている。そして私達いざと言う場合に対応できるように水着を着て周囲に認識阻害の幻想を張っている。

時間は事件の起きた曜日と時間を平均したものかつプールの使用されない時を選び、授業は以前2人が補修を抜け出した時のように幻想で代理をたて誤魔化している。

 

「本当に大丈夫かな…」

 

脚を掴まれて引き摺り込まれても抵抗できる様に順位体操している蒼をよそ目に翠が心配をしている。

 

「まあ…蒼の幻想的に相性は良さそうだから大丈夫だとは思うよ」

「だ…だよね‼︎蒼なら心配ないよね!」

 

幻影とは言っても所詮は幻、出来たとしても精々私達の認識を変える事くらいしか出来ないだろうとは思うが、つい最近知ったばかりの私達に一体何がわかるだろうか。

 

「よし‼︎準備完了!2人とも今から入るから何かあったら助けてね!」

 

準備体操及びストレッチを終えた蒼はキャップを被りゴーグルをかけると、自棄になったのかさっきの不貞腐れた態度とは打って変わっていつものテンションへと戻った。

 

「とおぉぉぉぉぉーーっ‼︎」

 

まるで某巨人の如く叫びながら彼女はプールへと飛び込んだ。

 

「これで何も起きなかったらもう手詰まりだな…」

「そうだねぇ…」

「おーい!何も起きないんだけど‼︎ずっと泳いでいても疲れるから戻ってもいい⁉︎」

「えぇ…」

 

嫌な予感というものは的中するようで、翠と2人でもしもの事を話そうとしたところで蒼がシンクロスイミングばりの足捌きで水中で静止しながら指示を煽ってくる。

 

「とりあえず何でもいいからしばらく泳いでいて‼︎」

「あいよー」

 

再現はまだ始まったばかりなのでとりあえず彼女にはしばらく泳いでもらい様子を見ておきたい。

 

「何か雲行きが危なくなってきたね」

「うん…でも蒼が無事だったらそれでもいいかなって」

「そうだね、もし任務が失敗したらどうなる流れになるの?」

「今まで任務を失敗した事は無かったけど、聞いた話だと内容を聞いて他の部隊が引き継ぐって」

「そうなんだ」

 

どうやら失敗したらそのままというわけではなく、秋空先輩あたりが再び人員配置をしてやり直すのだろう。

このままこの現象が学校の七不思議として語り継がれる事になって終わる事は無さそうで良かったが、その代償として私達の評価は地の底へと落ちてしまう。

 

「…」

 

プールサイドで泳いでいる蒼を見て、この光景を見ながら霞流の能力で過去の状況を見て見比べてみたいと思ったが、彼女はしばらく休みのためを呼ぶ事は出来ない事を思い出す。

…まあ仮に休暇でなくとも私達に優先で来てくれるとは考え辛いが。

 

「ねえ、そろそろ蒼に戻って来てもらってもいいんじゃないかな?五時間目にプールがあるから疲れちゃうと思うんだ」

「そうだよね」

 

いくら組織の一員とはいえ体力に限界はある。

このまま彼女を泳がせておいても疲れるだけで、この後の授業に支障が出てしまえば彼女に恨まれてしまう。

 

「おーい蒼‼︎そろそろ戻っ…えっ?」

 

蒼を呼び戻そうと声をかけた瞬間彼女の足元に黒い影が伸びている事に気づく。

それは霞流の再現映像及び前回の水泳の授業で目視した光景と酷似しており、今回のそれはそれらを再現したかの様に目の前で発生した。

 

「うわっ‼︎急に何だ…うっごぼぼぼぼぼぼーっ‼︎」

「夢乃さん蒼がっ!蒼が‼︎」

「分かってる‼︎」

 

蒼の足元に伸びた黒い影は彼女の足首を掴み発生源である黒いモヤの方へと引っ張り始め、脚を取られた彼女は水中でのバランスを維持できなくなり手でもがきながら抵抗する。

 

「なっ何だ⁉︎」

 

幻想で作られたナイフ片手に幻影へと立ち向かうためにプールに飛び込もうとしたところ周囲の違和感に気づく。

 

「私を…ゴボっ舐めるなぁ‼︎」

「蒼‼︎これに捕まって‼︎」

 

蒼の幻想だろうか、周囲の水が彼女を中心に渦を描きながら幻影の腕を飛ばそうと圧力をかけると彼女の作戦通り幻影の腕による牽引の力が弱まり、その隙に翠の作り出したツルの様なロープが彼女の胴体に巻きつき水中での彼女の位置を固定する。

 

「明‼︎今のうちにやってくれ‼︎」

「分かった‼︎」

 

蒼に促されるままプールの中に入ると、彼女の操作なのか彼女を中心に巻き起こる渦の回転にそって一周しながら幻影の出現する根元の方へと流される。

 

「夢乃さん‼︎なるべく急いで!私達の力じゃこの状況をあまり長く維持できない‼︎」

 

翠の言葉に返事が出来ないまま幻影の発生源であるモヤに近づき、幻纏を維持した状態でモヤへと手を伸ばす。

 

「ーーっ⁉︎」

 

バキっと現実のヒビが入る様な音が脳内に響いた後、先程まで見ていた水中の景色から一変し気づけば真っ暗な空間へと移動していた。

 

「…」

 

そこは水の中とは違い浮遊感がなく、代わりに地に足をつけた様な安定感が存在し、周囲が暗闇なのに対して自身の手や体はハッキリと目視する事ができる。

これが皆の言っている幻影の持つ幻界なのだろう、不思議な感覚が暗闇に閉じ込められた恐怖へと変わらない内に周囲を見渡し何か無いかを確認する。

 

周囲に何も無いことを確認すると言っても何も見えないので、広範囲を照らせる様にランプを作り出し明かりを灯すと周囲はただ何も無い空間が広がっていた。

 

いったいどうやって脱出すれば良いのかと考えていると、前方に何かがいる気配を感じその方向にランプの灯りを向けると1人の女の子が地面に座り何かをブツブツ呟いていた。

正直ホラー映画みたいな光景に恐怖しか感じないが、蒼が溺れかけている以上これを処理しなくてはいけない。

 

「あの、ちょっと良いですか?」

「…違う…また違う…違う違う違う違う違う‼︎」

 

所詮は幻影、何かを探してる以上意識があるかと思って期待していたが、どうやら私から何を言っても彼女へは通じないようだった。

ならば仕方ない殺すしかないと、彼女の首にナイフを突きつけるとそのナイフを通して何かがナイフを持っている右手から流れ込んでくる。

 

「うっ…」

 

幻素を元に生成した物なのでたかを括って纏わせていた幻想を少なくしたのがいけなかったのか、右手が侵食されていくのを感じると共に頭に何かが流れ込んでくる。

 

 

 

 

それは昔の景色。

校舎の形態が少し違う事から多分彼女の時代の学校だろうか、気づけば何処かの教室の一室の中で立っていた。

時計は三時を超えていた。なんて事は無い、何処にでもある放課後、ほとんどの生徒は自身の所属している部活へと向かい教室に残るのは部活が休みの生徒と帰宅部の生徒のみとなる。

 

「私将来美容師を目指しているんだよね(笑)」

「…やめて…下さい…」

 

教室の端っこで大人しめの子を虐める同級生達。

なんて事は無いいつもの虐め。

 

私と言う存在はこの映像の中には存在しておらず何もする事は出来ない。

 

「あっ…あぁ…」

「ヤバー私才能あんじゃね?(笑)」

「本当だ(笑)◯◯マジで可愛くなったじゃん‼︎」

 

将来美容師を目指しているであろう猿山の大将は大人しい子の髪をそこら辺の安いハサミで見様見真似に切り、明らかに不揃いになったその子の髪を見て嘲笑うかの様にはしゃぐ取り巻き。

そこはもう地獄だった。

 

「ほら、せっかく切ってもらったんだから感謝しなきゃ‼︎お礼は?」

「そんな…」

「あぁ?何ボソボソ言ってんだよ?言いたい事があるならハッキリ言いなよ‼︎」

「あっ…ありがとうございます」

「ははっ泣いてるよこいつ‼︎泣くほど嬉しかったんかよ‼︎」

「そうかそうか、また明日も切ってやんよ」

「それじゃな、切った髪の毛は片付けておけよ?明日一本でも残ってたら全剃りだからな?」

 

ギャハハっー!

と虐めグループは教室を後にし、大人しめの少女は嗚咽を押し殺しながら切られた髪の毛を片付け始める。

 

「…」

 

もたついた手付きで片付ける彼女を眺めていると、同じ様な虐めの光景が続きやがてはプールサイドの事件へと続いた。

 

「あいつ泳ぐの下手だから自由時間潜って足首引っ張ってやろうぜ!」

「いいねぇ、あいつ鈍臭いからいい経験になるじゃねえか?」

 

授業の待機時間にコソコソと話し出す虐めグループの2人その作戦は他の仲間達にも伝わり、当の本人は離れているので自分がどう狙われているのか気づく事はない。

そのままグループは機会を伺い、行動は授業後半のレクリエーションという名の自由時間に起きる。

 

当時の体育教師は男性で、グループの中で一番体の発育が良い生徒が教師にマンツーマンでの教えを乞い、その教員は鼻の下を伸ばしながらその生徒に文字通り手取り足取り教え始める。

そしてその大人しい子が不器用ながらも補修にならない為に必死に泳ぐ練習をしており、そこ狙うように1人が彼女の下に潜りバタ足をしているその足を華麗に掴み下へと引っ張った。

 

急に引っ張られたその子は突然のことにビックリし、さらに衝撃でその脚が攣ってしまい普段から運動をしなかった事が祟ったのか蒼の様に暴れる間もなく肺に水が入り溺れてしまう。

 

「ヤバ(笑)水死体みたいになったんだけど」

「これってあれだろ?土左衛門ってやつか」

 

虐めグループは彼女が死に近付いているのにも関わらずそれを笑い、他の生徒はいつもの様に先生に告げ口して反感を買い自分が標的にされないように見て見ぬふり、そして救出すべき教員は女子生徒に鼻の下を伸ばしているだけで周囲の生徒の状況など確認しない。

こうして彼女は命を落としたのだった。

めでたくなし、めでたくなし。

 

 

 

 

全ての情報を見終わったのか気づけば元の暗い空間に戻っており、咄嗟に彼女からナイフを引いて確認すると私の右手は前腕の半分くらいまで藍染職人の様に黒ずんでいた。

 

「…今のはいったい」

 

多分だが幻影として彼女が持っているイメージ、信念か何かだろう。

彼女のその人生は私の進むべき道を示している様な気がして恐怖を感じ、心臓の拍動は今までに無い程に亢進している。

 

「…違う、違う」

 

彼女の目には私ではなく蒼が映っているのだろう。

結局彼女はこの世界で自分を死に追い込んだ生徒達を探しているのだろう。既にみんな手を下すまでも無く死んでいるというのに。

 

「もう眠りなよ、おやすみ」

 

どう足掻いても救われる事は無いだろう彼女の首にナイフを突き立てる、今度は纏わせる幻想をケチったりせず全力を出し彼女の首にナイフを刺す。

纏わせる量を増やした為か先ほどの様な侵食は無く、幻想で作られたナイフはまるで魚に包丁を突き刺したような手応えと共に彼女の首へと潜っていく。

 

「…」

 

漫画であればこのままスパッと行きたかったが、現実…いや幻想ではそうならないようで突き刺さったナイフはどうやってもそれ以上進まず、一度引き抜き何度も突き刺してを繰り返した。

その間彼女は一切抵抗する事はなかった。

 

そして、彼女の首から漏れ出てくる黒い液体がなくなった頃、私の意識と共に世界がボヤけて綻んでいった。

 

 

 

 

 

「目が覚めた様だな、調子はどうだ?」

「え…痛っ⁉︎」

 

気がつくと保健室だろうかベッドの上で寝かされており、様子を見ていたのか秋空先輩備え付けの椅子に座りながら参考書を読んでいた。その光景にビックリして思わず体を動かそうとすると右腕に激痛が走り、再びベッドに横になった。

 

「あまり動かない方がいいぞ、お前の右腕は蝕夢になっているからな」

「そうですか…」

 

パタンと彼は参考書を閉じると私の右腕を指差し、その方向へと目を向けると私の腕は指先まで包帯で巻かれており、お経のような達筆な何かがビッシリと書かれていた。

 

「これはいったい?」

「これは何だっけな、まあ毒抜きみたいなもんだ。幻想で作られているから他のみんなには見えないから安心しろ」

 

皆には見えないから安心だそうだが、普通に見えて何も出来ないとなると周囲から仮病を疑われるので包帯だけでも本物を巻いて欲しいものだ。

 

「それで2人はどうなったんですか?プールで溺れていたりしませんでしたか?」

「ああ、あの2人か?少し疲れているみたいだったけど今は授業に出ているな」

「そうですか」

 

どうやら蒼と翠は無事だったようで胸を撫でおろす。

 

「それでお前は幻界の中で何を見た」

「真っ暗な空間に、多分ですがあの事件の被害者の女の人が居ました」

「そうか、不運の中では幸運だったな。普通の幻界はもっと奇抜でインフルエンザの様な高熱の時に見る悪夢みたいで頭がおかしくなりそうになるからな」

「そうですか…」

 

どうやら今回の幻影は最初の相手に相応しい易しい相手だったようだ。

 

「これから色々な幻影の相手をする事になる。それらと今回の幻影で見たもので違いがあったら教えてくれ」

「そんなに今回の幻影はおかしかったんですか?」

「そうだな、こればかりは説明するよりも経験した方が早い。今回の件でお前ら3人での評価が上がる事になる、次の任務は少しい難しくなるから覚悟しておけ」

「わ、分かりました」

 

どうやら今回の件を解決した事により組織での評価が上がり、一緒に任務の難易度も上がるようだ。

 

「処置は済んだし、お前も少ししたら授業に戻れ、お前の幻想を代理で作ってやってるから疲れんだよ」

「ありがとうございます」

 

彼は疲れたようにそう言うと後ろ手に手を振りながら保健室を後にした。

 

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