黒い手1

黒い手1


目が覚める。

あの後所長はそそくさと窓から帰っていき、彼の能力何か分からないが涼しかった部屋から一変、空調の聞いていない部屋に残された私はただ暑さに耐えるしかなかった。

 

あの人は一体何がしたかったんだろうか?と思いながら家族の目を盗みながら風呂と食事を済ませる為に足音を殺しながら下の階へと降りていった。

 

長々と任務で時間を消費した為か風呂は冷え切っており、もし今が冬であったなら最悪だなと思いながら体を浸す。もし追い焚きなんてしうものならすぐさま父か母に怒鳴られるだろう。

ひんやりとした浴槽に浸かることで先程まであった熱が冷めていき、頭の中が静かになっていく。

 

これから一体どうなるのだろうかと思考を巡らすが、不安が増すばかりなのでこれ以上は考えない様に頭の中で音楽を流し思考をシャットアウトしさっさと体を洗い風呂を後にする。

 

明日から同期達と会う事になるが、友達では無くあくまでビジネスの関係である事を考えれば最悪話さなくても問題はないだろう。問題はどうやって迷惑を掛けずに連携を取るかだ。

もうどうにでもなれと半ばヤケクソ気味になりながら服を着替えるとそのまま布団に潜り眠る。

 

 

 

 

 

 

 

「それであんたが新入りって人?なんか暗くてパッとしないね」

「そう言うこと言わないほうがいいよ…」

 

学校に着くなり誰にも連絡先を教えたつもりの無い筈の携帯からメールの着信が鳴り、そこに指定された場所へ放課後向かうと2人の少女が待っていた。

 

「夢乃明です…よろしくお願いします…」

「私は水瀬 蒼よろしくね」

 

私の自己紹介に最初に名乗りを上げたのは私の事をパッとしないと言った子で身長は私より小さく小柄で髪が長いのが特徴、少し生意気そうな雰囲気を感じる。

 

「森斗 翠だよ。これから色々あると思うけど一緒に頑張ろうね」

 

次に蒼の後ろに隠れるようにいた子が挨拶をした。

髪は多分天然なのだろうウェーブがかかっており、身長は蒼より少し高めで中肉中背といったところだろうか。

 

「面倒な挨拶も終わった事だし、取り敢えず親睦会を兼ねてこの後遊びに行かない?」

「…別に無理しないで嫌だったら嫌っていってね、急だったし夢乃さんも用事が用事があったりしない?」

 

蒼は気怠そうに校門へ向かいながらそう言い、それをフォローするように翠は断る口実を私にくれる。

 

「大丈夫、今日は特に予定は無いから」

 

特に部活もやっていなし、家に帰るまでどう暇を潰そうか考える毎日だったので彼女からの提案はある意味願ったり叶ったりだった。

 

「そう?それじゃあ行こうか」

「本当に大丈夫?」

 

蒼はまるで私の返事がそうなると分かっていたかの様に先陣を切り進んでいき、翠は私を心配するように念を押してくる。

 

「それで、明の幻想は一体何の幻想なの?」

 

学校から少し歩いた所にあるファミレスに場所を移し、ドリンクバーで時間を稼ぎながら雑談を始める。

 

「それが全く分からなくて…基礎的な事は一通り出来るんだけど」

 

学校に侵入した時に使ったものは幻素を使った簡単なもので一般人に使用するものなど、蒼の言う幻想は簡単に言えば勉強の得意教科みたいなものでやろうとすれば真似する事は出来るが効率や精度が段違いな事や他の人には出来ない特性を付与することが出来るらしい。

 

「そうなんだ、明は名前が明るい割に性格が暗いから目潰しとか得意そうだね!あははははっ‼︎」

「コラ!あんまり酷いこと言わないの!ごめんね夢乃さん最初はみんな分からないよ、私も分かるまで時間が掛かったしゆっくりやっていけばきっとわかるよ」

 

私の事をボロクソに言う蒼を嗜めながら翠が私をフォローする。

さっきの事と言いきっと今まで蒼のぶっきらぼうな発言で揉め事に至らないように立ち回ってきていたのだろう。

 

「2人はいつから仲良くなったの?」

「さぁ?よく覚えてないな、翠と私は家が隣だからね。私が私だと思った頃にはもう一緒にいたかな」

「そうだね〜最初のきっかけはもう覚えていないかな?」

 

どうやらと言うかどう見ても2人は幼馴染だったようで、この状態の2人の輪に加わるのは少しキツイかなと思う反面、会話に行き詰まった際は2人の思い出話を聞けば場を持たせられるのでそれはそれで安心ではある。

 

「へーそう言えば2人の能力って何とか聞いてもいい?」

「ん?別に構わないよ?私の能力はね…」

 

蒼は百聞は一見にしかずと言わんばかりにドリンクバーのグラスを一気に飲み干し、空になったコップを私の前に突き出す。

能力の情報は自身の弱点へと繋がるから絶対に他人には言ってはいけないみたいな話を漫画でよく見ていたので、彼女らは教えてくれまいと思ってダメ元で聞いてみたが、案外あっさりと教えてくれそうで内心びっくりする。

 

そして、突き出された彼女のコップがいきなり水で満たされ、水面をキャンパスに渦潮みたいな渦や水のアーチなど、側から見ればタネも仕掛けも何も無いコップから水が湧き出した様にしか見えずさらにその水が何かの機械を使ったからできる動きをし始めたのだ。

 

「これが私の幻想。水を生み出したりそれを操ったりする事くらいだな」

「へー凄いね!」

 

正直比べる対象が無いので何処まで凄いのか分からないが、彼女が自信満々でそう言うあたり凄いのだろう。

 

「それじゃあ次は私ね、私の能力はね…」

 

蒼がコップをテーブルに置くと幻想を解いたのか、先程までの水は無く空のコップに戻っていた。

そして、次は私だねと翠はテーブルに備え付けられた割り箸をとり少し念じると、その割り箸から新しい芽が生え成長し始める。

 

「ここでできるのはこれくらい、私もまだできる様になったばかりだから」

 

そう翠は謙遜しながら割り箸を元に戻す。

周囲にいる店員や客を見る限りこの幻想は私たちにしか見えていないようだ。

 

「2人とも凄いね、何か特訓したの?」

「特訓?あんまりそう言うのはした事ないかな?私は天才だからね気づいたらできる様になってたよ」

「あまり蒼の言うことを真に受けないほうがいいよ…私は基礎練習をしたら出来るようになったよ」

 

せっかくなので何かライフハック的なものがあれば良かったのだが、どうやら無いようだった。

 

 

 

「次は…そうだ、ダーツに行こうか‼︎」

「お金は大丈夫?報酬はもう入ってる?」

「そこらへんは大丈夫だよ」

 

一通り話をした後喋る事がなくなったのか蒼が次の店に行く事を提案する。

次の店はドリンクバーとは違いお金がそれなりにかかるので翠が私のお財布を杞憂してくれたが、両親からの夕食代のお釣りが結構残っているので特に気にならなかった。

 

「へーこの店ってダーツができるんだ…しかもビリヤードもあるし」

 

蒼が案内したのは漫画喫茶で大人が時間を潰す為の店だと思っていたが、中に入ってみると時間帯のせいもあるが意外にも学生が多く同じ制服を着ている学生もちらほらいた。

 

「翠〜あそこの席空いているから3人分取ってきてよ、私たちは先に行って準備しているからさ」

「はいはい…って夢乃さんは来たこと無いんだから会員証ないでしょ⁉︎」

「今回はゲストで行けば大丈夫だよ、はい私のカード」

 

蒼は受付の間待つのが嫌なのか翠に会員書を渡して空いているテーブルへと向かっていった。

 

「せっかくだから私も会員登録していくよ」

「そうなの?まあいっか、私は先に言っているよ」

 

多分これから3人来なくても1人で暇つぶしに使えると思うので会員登録を済ませておこうと思い翠についていく。

 

「ごめんね、蒼は昔からああで悪気があるわけじゃないの」

「大丈夫だよ、むしろあれくらい正直でいてくれた方が私はいいかな」

「そうなんだ…良かった。蒼はああ言う性格だから私以外の人とペアで組むといつも喧嘩ばかりしちゃうの」

「へ、へぇ…」

 

結局何処へいっても色々と人間関係のいざこざはついて回るのだろうと思いながらタッチパネルを操作し会員登録を済ませる。

 

「遅いよ2人とも、何やってたのさ!」

 

会員登録に少し時間が掛かってしまった結果蒼を待たせる事になってしまい、急いで彼女のいたテーブルに向かうと予想通りご機嫌斜めな彼女の姿がそこにはあった。

 

「ごめんね、結構混んでて時間が掛かっちゃった」

「ふーんそうなんだ、大変だったね。とりあえずカウントアップから始めようか」

 

いつもの事なのか特に関係が悪化する事なく蒼の機嫌は元に戻り、翠が受付から受け取ったホームダーツを3本引っこ抜くと機材の設定をしに向かった。

 

「へーそれじゃあ明は一回しか任務した事ないんだ、しかも美術品が飛んでくるレベルで…これから大変だね」

「しょうがないよ、誰だって最初は上手く行かないもの。蒼だって最初は駄目だったじゃない」

「うげ…今それ言う?」

「自分で言ったんじゃない」

「ははは…」

 

ダーツを投げると共に言葉のキャッチボールを始める2人に愛想笑いを挟みながら何とか場を持たせようとする。

やはり完成した2人の仲に入ると言うのは中々に厳しいものを感じる。

 

「おらおら…おら‼︎」

 

会話はしょうがないので2人で回してもらい、その間2人のプレイスタイルを眺める。

蒼は常に中心を狙っており、たまに上にズレていることから最悪外しても20点は取ろうとしているのだろう

反対に翠は一番狙いにくいトリプルを狙いブルよりも高得点を狙っている。

 

意外にもギャンブラーなところがあるんだなと思いながら私も見よう見まねでブル目指して投擲するが、勢いが足りなかったのか3本とも下の3点へ沈んでいった。

 

「まあまあそんな時もあるよ、誰しも最初は下手くそさ」

 

あまりの才能のなさにショックを受けていると蒼が肩を組むように寄り掛かってきて私を慰め始める。

 

「ほら蒼、次の順番が来てるから早く投げてよ」

「はいはい…翠はせっかちだな」

「蒼が遅いからでしょ!」

 

翠が蒼を促しているのを聞き彼女の点数を見てみると、翠が最後の番で蒼の点数と接戦であるため早く決着をつけたかったのだろう。

蒼は勝つのは自分だと言いたげにやれやれと気怠そうにその重い腰を上げると、テーブルに置いていたダーツを取りまるで漫画のように投げる。

 

「やばっ…でもこれなら勝てるかな」

 

精神的な負担もあったのか彼女の矢は中心を少し外れたが、それでも点数は低くはなく翠が少しでも外せば彼女の勝ちは確定だろう。

 

「ていや!」

 

翠の投げたダーツの矢は綺麗な放物線を描きながらブルへと刺さり、今回の戦いは見事翠の勝利となった。

 

「やった‼︎」

「嘘…マジかよ」

 

方や喜び方や悲しみの空気の中最後の番である私が矢を投げる。

正直点数の差が大きすぎて20のトリプルを3回取ったところで勝てはしないだろう。

 

「おっ?」

 

それでも最後には一発だがブルに入ったので少しだが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…お前ら3人で班を組む事になったのか…マジか…」

 

あの後解散し、ウキウキで学校へ行くと秋空先輩に呼び出され屋上へ行くと、私が最後だったのか既に昨日の2人が待っていた。

そして私達3人が集まったことでようやく現実を受け入れられたのか彼は項垂れながらぶつぶつと現実逃避を始めた。

 

「それで私達に一体何のようですか?連絡ならいつもの様にメールでいいじゃないですか?」

 

朝から呼び出された事に不満が溜まってるのか蒼が文句の様に質問を飛ばす。

 

「そうだな…いや、呼び出したのはお前達の状況を目で見たかっただけだ。別に好きでわざわざ呼び出しているわけじゃねぇんだよ」

「姿なら同じ学校にいるんだから好きに見れるじゃ無いですか?」

「いやまあ、そりゃあそうだけどよ…」

「それで話って何でしょうか?」

「ああ、そうだったな」

 

蒼が文句を言ったせいでその会話が始まってしまい話が逸れてしまったので、それを翠が元に正す。

 

「話を戻すぞ、プール開きで水泳の授業が始まっただろう?」

「そうですね」

 

プール開き、それは忌々しい水泳の授業の始まり。

元々運動神経の悪い私はプールで泳ぐ事は出来ずに毎回クラスの皆には笑われ、夏休みには必ず補修で呼び出されると言う最悪な思い出しかない。

 

「水泳の授業で毎回溺れる生徒がいるらしくてな、話を聞くと脚を何者かに引っ張られるらしいんだ」

「へーそれは随分と鈍臭い奴だな?あんな浅い所で溺れる普通?」

「蒼!何でも自分の尺で測るのはやめなよ、泳ぎたくても泳げない人もいるんだよ」

 

「言い方が悪かったな、特定の生徒1人が溺れるわけじゃなくて、授業を行う毎に必ず誰かが溺れるという訳だ」

「そう言う事ですか、何か学校の七不思議みたいですね」

「そう言う単純な奴だったら良いんだけどな…」

 

彼ははぁ…と溜息を吐きながら面倒臭そうに持っていた書類に目を落とす。

 

「今回の幻影は姿が見えない事から幻界に閉じ籠っている可能性が高い、分かってはいると思うがくれぐれも気をつけろよ」

「はい、承知しました」

 

幻界とは一体?と思っていると翠が返事をしたことで話を聞く機会を失ってしまい、後で確認する羽目になった。

 

「それで夢乃、お前は個人的に話があるから残れ、お前ら2人は帰っていいぞ」

「了解です、明何かやらかしたのかぁ?」

「さあ、分からないよ…」

「まあ何にしても頑張れよ!」

 

まるでイタズラが見つかった友人を笑う様に蒼は私の耳元でそう言うと、何の話をしたのか気になる翠を連れて自分の教室へと戻っていった。

 

「2人は行ったか…それでだ」

「はい」

 

2人が居なくなった事を確認した先輩は改まって

 

「こないだは悪かったな、あの人に何か言われたのか?」

「いえ、同じくらいの友人が出来るから仲良くしろとだけ」

「そうか…まあ何にせよこれからやっていかなくなった以上気をつけてやれよ」

 

先輩はまるで私を心配するような憐れむ様な何とも言えないような感情を私に向けながら肩に手を置く。

 

「…本当に気をつけろ、あの人のお前の扱いは何か嫌な匂いする」

「…え?」

「じゃあな、適当に頑張れよ」

 

ボソッと私にか聞こえない声で耳打ちすると、まるで何事もなかったかのように手をあげて校舎の中へ消えていった。

何か嫌な予感がすると思ったが、それを確かめるにはまだ実力不足だろうと思いこの不安から思考を遠ざける。

 

 

 

 

 

 

 

「それで幻界って何?」

「幻界?ああ」

 

放課後になり蒼が先行してどこかへ言ってしまったので、翠と2人で彼女を探している最中少し余裕がありそうな気がしたので確認する。

 

「そうだよね、夢乃さんは何も知らないんだったよね。幻界はそうだね…まず幻影って言う人の負の感情の集まりが命を持った奴がいるでしょ?夢乃さんが前に戦った奴なんだけど…あれが強くなると今度は自分特性を濃くした世界を作って閉じ籠ってしまうの、それが幻界」

「へぇ…それでそこに閉じ籠っちゃってるけど、何か引き摺り出す方法とかあるの?」

「それに関してはその幻影毎の個性になっちゃうんだけど、蒼はたまに別のグループと一緒に出ているからわからないけど、私達はまだ一度も出会って無いよ」

 

「そうなんだ…ありがとう」

「それよりも早く蒼を探さないと…」

 

翠と一緒に校舎の中を駆け回る。

こうして1人で勝手に突っ走る事は珍しく無く翠いわくいつも通りの事らしく、さらに本人が自称する様にセンスは良い様で大体何かしらの手掛かりには直ぐひっかるらしい。

 

「あっ居た‼︎校舎の端の壁際!注意深く見てみると蒼が居るわ‼︎」

「え?あれ?あんな自然に不自然な事できるの⁉︎」

「あれ2人とも何そんなに息を切らしているのさ?」

「あ、蒼…よかった」

 

幻視というまた新しい幻を見分ける技術を使い蒼を探していると翠が見つけたようで、彼女の指さす方向へ目を向けると校舎一階の隅の人気のない所に蒼は佇んでおり、近づいて見ると他の生徒がいるのか数人を壁に並べて眺めている彼女が居た。

 

「何これ?どう言う状況?」

「ああ、これ?」

 

彼女が並べた生徒は目が虚になって壁にもたれかかっており今にも倒れてしまいそうだった。

 

「そうか明は知らないんだっけ?これは…そうだな…なんて言ったら良いんだ?…うーん?催眠状態ってセンセが言っていたような気がするな?まあよくは分からないけど意識をふわふわにして情報を吐かせるって奴だよ」

「えぇ…なんか凄い催眠術みたいな奴だね」

「そうそう、これで相手の記憶に残らない様に情報を聞き出せるって奴だね」

「それで何か情報を聞き出せた?」

「それなんだけど、溺れた生徒の名前は分かったけど他にも沢山いるみたいで把握しきれないよ」

 

蒼はやれやれと現状把握している情報を伝えてくれたが、今まで捕まえた生徒の中に被害者の生徒は居らず結果あまり詳しくは分かっていないらしい。

 

「先に体育の先生とか主任の先生を捕まえて話を聞いた方が良いんじゃないの?」

 

まずは全ての情報が集まっている筈である上役を捕まえて、事情を把握しそれから細かいところを生徒や目撃者から聞き出した方が効率がいい気がする。

 

「さすが明!前に秋空の奴がそんな事言っていた気がするよ」

「えぇ…」

 

蒼は悪びれもぜずはははっと笑いながら私の提案に乗り、漫画の如く指を鳴らすと先程まで目が虚になっていた生徒達は何事もなかったかのように何処かへ行ってしまった。

 

「それじゃあ先生の所へ行ってみようか」

 

蒼は全員の催眠が解けた事を確認すると改めて行動に移すように宣言し職員室へと向い始め、私達2人はその後を追いかける様について行った。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…少し疲れたから後で情報を纏めておいて」

「え?ちょっと蒼?」

 

あの後私達3人は職員室へと向い、全ての体育教師(3人)に催眠をかけ事情を聞き出し被害にあった生徒とその友人関係に関する情報を手に入れることができたが、1日に大量の人間に催眠をかけた蒼の負担は計り知れず遂にダウンしてしまい、ふらふらになった彼女は疲れを癒すためか保健室へと行ってしまう。

 

流石に幻でバレないとしても職員室は居心地が悪く、先生達も部活動で何処かに行ってしまい職員室の空気が悪いので私達も蒼に続く様に保健室へと向かう。

彼女に続き保健室に入ると、保健室にいる女医はこちらの関係者なのか蒼は顔パスで備品であるベットへと向い、まるで自分のベッドの様に寝っ転がると寝息を立てながら眠ってしまった。

 

「本当は私が固有幻想以外の幻想が使えれば楽だったんだけど」

「それは私もそうだから仕方ないよ…」

 

幻想とは結構便利な力故に、使いこなすにはそれなりに器用さや努力が必要らしく私達3人の中で催眠等を使えるのは蒼だけらしい。

そんな反省会と言うか自己嫌悪会をさっさと終わらせ、蒼が聞き出した情報を纏める。

 

「取り敢えず情報を集めては見たけど、何か共通点はありそう?」

「そうだね…とりあえず全員女子生徒だと言うことは分かったけどそれいがいは何にも分からないね…」

 

学生証に使われた昔の写真を並べながら髪型、顔の輪郭、垂れ目吊り目、鼻、身長、胸のサイズなど生徒の特徴の共通点を探しているが、中々全員が一致するような生徒の特徴を見つける事は出来なかった。

 

「とりあえず明日私が水泳の授業あるからその時に何か分かったら伝えるよ」

「そうだね…蒼も今日は動けなそうだしそうしよっか」

 

これ以上考えても時間の無駄にしかならないと判断し今日はここで解散する事にし、保健室に蒼と翠を残し後にする。

 

 

 

 

 

「…」

 

2人を保健室に残し私は問題の要であるプールに向かう。

向かうと言っても直接向かうには危険なので、屋上から俯瞰するようにプールを幻視を使って眺めるが、相手である幻影は幻界へと籠っている為か何の姿も影も見る事は出来なかった。

遠くから見て大丈夫なら近くにいても大丈夫だろうと思いプールに近づくが遠くから見た時と同じで何も起こる気配は無く、ただ消毒されて綺麗な水面が見えるだけだった。

 

 

 

 

 

まあ、そんなこんなで気付けば次の日になり目的の水泳の時間になる。

この学校は流行り物が好きらしく、水着はよく漫画で見るものでは無く全身を覆うラッシュガード見たいなジェンダーフリーの物を採用しているが、今は移行期間の為か旧式のよく漫画で見る様な水着を着ている生徒もちらほら見える。

私の水着も親が適当に決めたのかそれとも誰かのお下がりなのかその流行の水着になっている。

正直他人の着た水着だったら嫌だが、生地がへたれていない事から多分新品だろう。まあ旧式の水着を着るくらいだったらお下がりでも共用の方がまだいい。

 

正直水泳の授業は参加したくないので、よく例の日と偽ってサボって逃げていたが今日は流石に逃げるわけもなく、下手くそなクロールという醜態を大衆に見せびらかし屈辱にながらも周囲の様子を観察する。

 

「…はぁ…ん?」

 

流石に私が居る前では事件が起きるはずも無いかと思いながら半ば諦めるしか無いと思い溜息を吐くと、近くで誰かの悲鳴が聞こえそれに連なる様に周囲から慌ただしい声がたち始めた。

 

声の発生源は直ぐ分かりその方向へと視線を向けるとクラスメイトの誰かが溺れており、今まさに教員が助けにプールに飛び込む最中だった。

 

「…」

 

ぱっと見生徒が足を攣った様にしか見えなかったが、幻視を使いその生徒を見るとその足元が何かの黒い手に掴まれ根元である黒いモヤに引き摺り込まれそうになっていた。

流石にこのままではまずいとその黒い手を破壊すべく近づくが、悔しいがそれよりも早く教員が救助に入り見事にその女子生徒を救出した。

 

(…違う…この人も違う…)

 

違う?

女子生徒が教員に救われたタイミングで黒い手は女子生徒から手を離すが、その際に何か悔しそうな声で誰かがそう言った。

その声は人が言った声にしてはハッキリしており、水泳中に聞こえる声にしては恐ろしく精度の高い声だった。

 

…やはり誰かを探しているのだろうか?

そう思いながら今回溺れた生徒の特徴を見ておかなくてはと思い一歩を踏み出した瞬間

 

「…あっ⁉︎」

 

足が攣ってしまい本日2人目の被害者へとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

「あはははーーっ‼︎明も溺れたんだって‼︎実際に体験してみてどうだった?」

「やめなよ、夢乃さんは別に襲われたわけじゃないんだから」

 

保健室で目が覚めると、ベッドに寝かされており周囲には蒼と翠が囲むように座っており。目が覚めた瞬間に蒼に大爆笑される。

お陰で最悪な目覚めだったが、幸いな事に意識がハッキリしたので自分が見た情報を2人に伝える。

 

「そうか黒い手が…」

「何か分かりそうなの?」

「いや、何にも分からない…」

「えぇ…」

「しょうがないでしょ!私だって何でも分かる訳じゃないよ‼︎」

 

私の話を聞いて唸りながら何かを考える蒼を見て翠が聞き出そうとしたところ、案外何も分かっていないことが判明しそれを責めると蒼が逆ギレをし始める。

確かにというか、蒼も翠よりも幻想を上手く扱えるだけで知識に関しては同じくらいなのだろう。それを責めるのは酷な事だろう。

 

「そうだね、こういう時は先輩に頼もう」

「え?何を?」

「他の班の人に協力を申請する」

 

 

 

 

 

「と言うわけで霞流さんに協力をお願いしたいんですが」

「おいおい…まだ始めてから2日しか経ってねえのにもう協力を要請するのか…」

 

善は急げと上級生の教室へ向かうと、私達の気配を察してか既に秋空先輩が待ち構えており幻想で周囲を覆いながら経緯を説明すると、彼は呆れた様にそう言った。

 

「被害者生徒と教師の話を纏めてみましたが、そこから被害者の共通点が見出せませんでした。そのため霞流さんにお願いし当時の状況を確認したいと思います」

 

呆れる先輩に対し翠がかしこまった様に状況を説明し、霞流さんと言う新たな人員の協力を申請する。

 

「あのな…あいつの能力はそうポンポン使えるわけじゃなくてな、色々制限があるんだよ」

 

そう言いながら持っている携帯で何かを調べるのか確認しているのか操作を始める。きっと彼がこの周辺の人事などを全て監督しているのだろう。

 

「…マジか。よかったなお前達、あいつしばらく休暇に入るからその前なら協力できそうだな」

 

端末を操作し、連絡を取ったのかそれとも予定を確認したのか、何にせよその霞流さんとやらの協力が得られる事になり安堵する。

正直このまま3人で頑張っても何の進展もなく進み、何も出来ない奴らとの烙印を押され別のチームへと引き継がれるという最悪の結末を迎えそうな気がしてならなかった。

 

「明後日から休暇らしいからチャンスは明日だけだな、まあ明日能力使ったらしばらくは無理だと思うが。何にせよ有効に使ってくれや」

 

手配はこっちでやっておくから明日よろしくしてやってくれやと彼は言いながら教室へと戻っていった。

 

「それで霞流さんの幻想って何ですか?」

 

先輩が居なくなった事を確認し2人に向けて質問する。

これから会う以上何も知らないで対応するのは、流石に失礼に当たるだろうと思うので確認しておく。

 

「そうだね…簡単に言えば指定した場所の過去の状況を再現する能力かな?」

「へーそんな便利な能力もあるんだ」

「そうだよ、けど強すぎる能力にはそれなりに代償があって霞流さんがその幻想を使うと暫く幻想が使えなくなっちゃうんだよ」

 

幻想にもいろいろ種類があり、それぞれに合った状況で呼び出されることが度々起こるらしく、蒼も水回りの幻想が事件を起こした際によく呼ばれるそうだ。

こんな組織でも人事があるのかと思いながら私にも固有の幻想があればなと思わずには居られない。

 

 

 

 

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