序幕2
「ーーーはっ⁉︎」
気付けば何処かのベッドに寝かされていたのか、見知らぬ天井に見知らぬ壁紙が視界に映った。
結局、高さが足らずに死に切れなかったのだろう、人間が落下して死ぬ高さは7階が目安と何処かで聞いた事を思い出すが、打ち所が悪ければ3階でも亡くなるとも言っていた気もする。
まあ、結果としてこうして生きているのだから失敗したのだろう。死にたい人間ほど死ねないとはよく言った物だ。
とりあえず後遺症が無いか確認しないとと思い体を色々動かしながら動かなくなっている所が無いか確認するが特に何も無く、それどころか打撲のような痛みも無かった。
3階といえども高い所から受け身も取らずに叩き付けられれば何かしらの怪我をする筈なのだが、私の体はまるでそんな事などなかったと言うかの様に無傷だった。
「おや、目覚めた様ですね。おはようございます」
「はぁ…?おはようございます」
そんな筈はないだろうと体を動かしていると黒いスーの上に白衣で身を包んだ20代後半位の男性がノック後に部屋に入ってくる。
手には何かの資料が綴じられたバインダーの様なものが窺える。
「今自分が置かれている現状に疑問を抱いている様ですね、まあそれもその筈、私も目覚めていきなりこんな所にいたら流石に平常心を保てません。現状の説明も兼ねて先に質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、まあ、どうぞ」
彼はまるで何処かの百貨店の店員の様な張り付いた笑みを浮かべながら私に対応する。
正直胡散臭さしか無いが、何をするにも彼からここが一体どこなのかきいておいたほうがいいだろう。
「あなたは昨日XXXのアパート廃墟で飛び降り自殺を図りましたね?」
「…はい、そうです」
白衣の男は私の寝かされているベッドの隣に設置されている椅子に腰を降ろすと、手に持っていたバインダーを開きそこに書かれている資料の内容を確認するように私に質問を問いかけてくる。
「名前は夢乃 明、年齢は13歳で中学1年生、部活には所属していないみたいですね」
「そうですね、それでそれが何だって言うんですか?」
「いえ、これらの質問がどういった意味をもっているかはこのあと説明いたします。あなたは今私の質問に答えて下さい」
「…分かりました」
もし逆らえば何をされるか分からない以上ここは大人しく従った方がいいのだろう。そう思いながら彼の質問を待つ。
「家庭環境は…まあ複雑な様なので割愛致しましょうか、友好関係は皆無、成績は平均的、恐ろしいほど個性がありませんね」
「…」
何故馬鹿にされているのか分からなかったが、これ以上は無意味だと思いその旨を伝えようとすると彼はいやいや失礼と軽く謝罪を伝えながら資料のページをめくった。
多分これから本題に入るのだろう。
「飛び降りようとしたのは事故では無いですね?出なければ靴を屋上に残す筈はありません、それも綺麗に揃えてね。それは何故ですか?」
「そんなもの聞かなくても分かりませんか?」
「…ふむ、そうですね。つまり貴方は自殺しようとしたと」
「そうです、何なんですか?下らないことを聞くのでしたら早く帰らせて貰えませんか?」
「そうですね、早く帰りたい気持ちは私も痛いほど分かります。いきなりこんな部屋で私の様な人間と2人きりになれば私でも嫌です」
「だったら」
「貴方は自殺しようとアパートから飛び降りた。しかし、あなたの体には一切の怪我が存在しなかった、それは先程貴方も確認した筈です」
確かに彼の言った様に飛び降りたのにも関わらず私の体には骨折脱臼打撲どころかかすり傷すらなかった。
「ビックリしましたか?貴方は多分私達が何かしたのかと思っているかもしれませんが、我々はただ貴方をここに運んで来ただけですよ。まだ自覚は無いとは思いますが、そうですね…簡単に言ってしまえば貴方には我々と同じ超能力があると言うことです」
「はぁ?」
ズイっと彼は身を乗り出しながらそう言い、私はそれに対して意味が分からないと言う意味を込めて一言告げた。
中学生となればそういった妄想や思想に取り憑かれるのが定めだと言われているが、それを大の大人に言われれば意味不明の困惑しか無い。
まだ同級生に言われれば痛い人だなで済む物だけども。
「何を言っているのか意味が分からないのですが?」
「ははは、これは手厳しい。そうですね確かにいきなりそんな事を言われては私は変なペテン師に見えるかもしれませんね。まあ、百聞は一見にしかずとも言いますし簡単にお見せしましょうか」
そう言い彼は指を立てると何も無い空間に小さな水の球体が浮かび上がり、それを眺めているとその水の球体はいきなり凍り始め氷へと変化したと思ったらヒビが入り砕けて消えた。
「これが我々の言っている能力…幻想です。これは貴方の様に素質を持った人にしか見る事が出来ません、他の方が見たら私がただ指を立てただけの光景に見える筈です」
「…そうですか」
まあ見せようと思えば一般人にも見えますけどね、と彼は付け加える。
正直プロジェクションマッピングを3Dにしたみたいな感じにも見えなくはないが、周辺に何の機械がないことや電子機械の出す独特の音も聞こえないことから多分本当なのだろう。
「それでその力が私にあったとして貴方は私に一体何をさせたいんでしょうか?」
「そうですね、話を進めましょう。私はこの力を使ってやりたい事がありましてね」
「何ですか?」
「人助けですよ」
「……はぁ?」
「どうです面白いでしょう、協力してくれますね?」
まるで悪戯が成功した子供の様に彼は無邪気に笑いながら協力する様に勧めてくる。
正直何が何なのか分からないのと結局この人が何を考えているのか分からなかったが、これは人生の転換期なのかもしれないと、この狂った人生が変わるなもしれないと言う期待が私の背中を押す。
「いいですよ、何か面白そうなので」
「いい返事です。詳しくはちゃんとした部屋で話しましょうか」
例え変な宗教やテレビにドッキリ企画だとしてもそれはそれで面白そうだと思いながら彼の後をついていく。
どうせ自殺するのだ、それまでの暇潰しだと思えば例えどんなヘンテコな事だって楽しめるだろう。
チャイムが鳴り響き昼休みが始まる。
あのあと彼…名前は結局分からなかったのだが他の職員が所長と呼んでいたので所長と呼ぶ事にしたその彼だが、応接室のような豪華な部屋で説明を受けた。
内容はシンプルでこの力を使ってこの地域に出現する怪奇現象や事件を解決して欲しいと言った、どこの漫画でも使われる初期設定みたいな話だった。
まあ、漫画であるならこの後同じ力を持った敵勢力が現れたりして正義とはなんてありふれた議題に対して解釈をぶつけ合うみたいな展開もあるのかもしれない。そしたら私は馬鹿だから分からないけど…何て事でも行ってみようかななんて思ったりもしたが、多分そんな事は無いのだろう。
「チッ、昨日来なかったのでてっきりもう来なくなったのかと思ったのだけれども何で来るのかしら」
「悪かったね、私にも色々あるんだ」
ドンと机を蹴られる。その犯人は同じクラスメイトの日和で顔を見ると心の底から嫌そうな表情を浮かべながらイラついた感情を私にぶつけていた。
「そう…昨日は物凄く気分が良かったのよ、本当に、今までの人生で一番かもしれない程体が軽かったかしら、何でかしらね?」
「さあ?生理でも終わったからじゃないの?」
「チッ!本当にクソなのね貴方は」
話し方そのまま分かるかもしれないが、日和の家は誰もが知るほどの金持ちの家の子供だそうだ。よくある地主の子供とかなら性格も良さそうなのだが貧乏な家庭から父親の事業が成功したとかで急に金持ちになった為か性格が歪み、私の様な小汚い人間が許せないのだろう。
「何?言いたい事が済んだなら早く何処かに行ったら?」
「そうね」
彼女は半笑いでそう言うと持っていたミネラルウォーターを私に向かって浴びせる。
「はぁ?」
「あなた少し臭いのよ、これで少しはマシになったのではなくて?」
突然水を浴びせられ呆気に取られている私を横目に彼女は満足したのか空になったペットボトルを私にぶつけると何処かへと行ってしまう。
「…」
周囲から聞こえてくる笑い声をよそにポタポタと髪から滴る水をハンカチで拭き取りながら机にしまっている教科書に染み込んでいないか確認するとどうやら染み込んではいなかったようで安心する。
一度濡れた教科書やノートはバキバキになってしまう為、濡らしたくは無いのだ。
「はぁ…」
作業を終えると思わず溜息が出てしまう。
なるべく好きな様にされまいと口では反抗を続けてはいるが、これが何度も続くと言うのは中々精神的に辛い。一体何をしたのだろうか、昔はあんな事をする様な人では無かったと思う。
昼休みになり、また彼女に変な因縁をつけられない様に場所を移動する。
一体いつからあんな感じになってしまったのだろうか、確か誰かに私達が似てるとか言われた時だったか…まあ私みたいに薄汚い奴に似てると言われれば嫌いにもなるだろう。
「おい、お前が新しく入った新入りか?」
「あ、はいそうです」
ボーとしながら景色を眺めて考えているといつの間に後ろに誰かがいたのか話しかけられる。
この学校では世間では珍しく給食は無く、各生徒たちが個人で弁当を持ち寄り好きな所で食べて良いというという事になっており、私は誰とも関わりたくは無いので敷地の端に何故か設置されているベンチでコンビニで買ったパンを食べて時間を潰している。
「俺の名前は秋空だ、よろしくな」
やや細身に男子にしては長めの髪型をした彼から、ぶっきらぼうに差し出されたその手を見た後に目線を逸らす。
制服に刺繍されているワッペンの色から判断するに一学年上の先輩なのだろう
「夢乃です、よろしくお願いします秋空先輩」
ここは無難に対応したほうがいいだろうと差し出された手を握り返して挨拶を済ませる。
すると彼はまるで友人かのように突然隣に座り、もう片方の手で持っていた袋から購買で売っているであろう惣菜パンを取り出して食べ始めた。
「え?」
正直何が起こったのか分からない恐怖に心を支配されたが、このままでは気まずい沈黙が続くので勇気を出して声をかける。
「あの…」
「何だ?」
「…いえ、何でも無いです」
「そうか」
まるでかなり久しぶりに会った親戚の不器用なおじさんの対応をしている様な気まずさに焦るが、ここで話を止めれば場の流れは再び振り出しに戻ってしまう。
「秋空さんは他に何か用があったりするんですか?」
「…はぁ?」
秋空先輩はまるで何言ってんだコイツと言わんばかりに呆れられる。
「上からお前の面倒を見る様に頼まれたんだよ」
「…そうですか」
「…まあ要するにお前がどの役割が向いているかとか、その能力が何の役に立つかとかの見極めだな」
まるで部活に入って間も無い頃に行われるポジション決めみたいな奴かと思い納得する。
何の理由もなく異性に側に居られること程ストレスになる事は無いのだ。
「それで私は一体何をやれば良いんですか?」
「そうだったな、この仕事は初めてだから簡単な仕事を振ってくれとのことだ」
どうやらここの学生を取り締まっているのはこのあきぞらせんぱいで
秋空先輩は食事が終わると手持ち無沙汰になったのか携帯を弄り始めながら話を進め始め、何か嫌の事があったのか『うげっ』と言葉を漏らした。
「百聞は一見にしかずだ、今日の夜暇だろ?顔出せよ」
「え?あ、はい」
そして何かを思い出したかのように携帯をしまうとそそくさとどこかへ行ってしまった。
「…」
待ちに待…てはいなかったがようやく話が進むぞと思い頬を叩いて気合いを入れる。
しかし集合時間が夜なんて嫌な予感しかしない。そう思いながら夜まで過ごすことにした。
「…ただいま」
放課後いくつかの部屋を見ておけと言われたのでそれらを確認していたら遅くなってしまい気がつけば日が暮れそうになっている。
玄関の扉には鍵がかかっており、周囲に隠されている弟が忘れた時に使用するであろう予備の鍵を見つけ解錠する。
中に入り今に出るとテーブルの上に少額のお金が置かれている。
なんて事は無いいつもの日常、私の家族は私を置いて何処かの外食屋に出かけたのだろう。
「…」
テーブルに置かれた金を拾い上げて財布にしまう。
いつからだっただろうか、多分弟が産まれてからだった様な気がする。
弟が生まれる前はもっと優しかった事を覚えている。
弟が産まれて私はただの空気となったのだ。
「時間通りだな、少し体調が悪いのか?」
「いえ、緊張しているだけです」
適当に夕食を済ませ、古本屋で時間を潰し時間が来たので学校へ向かうと秋空先輩がすでに待機していたのか校門前で立っていた。
「まあ最初はそんなもんだよな、行くか」
「はい」
先輩はそう言うと校門の横にある勝手口の様な扉を開き中へ入っていく。
学校側へは何かしらの連絡が入っているのだろうか、本来であれば警備会社に何かしらの反応がありそうだが。
「念の為、幻纏しておけよ」
「はい」
幻纏、幻を纏って周囲の人達から認識されない様にする技術で、関係者以外に見つかり大騒ぎにならない様にする事を目的としている。
「それで今回の目的は何処で何をするんでしょうか?」
「そうだな、多分…今日は美術室だな」
秋空先輩はそう言いながら指を合わせて四角を作り、その空間をレンズの様に見立て校舎を一通り覗いている。
どうやら何かしらの技術で私には分からない何かを探っている様だった。
「美術室ですか?そこに居るんですか?」
「ああ、この反応は間違いないな。嫌な匂いがぷんぷんするぜ」
視覚情報から居場所を特定したのに匂いがするのは一体どう言う事なのだろうかと思ったが、ここでそれを聞いてしまうと先輩の不評を買ってしまいそうなのでやめておく。
「この規模なら2人で大丈夫だろう」
「そうですか、それなら安心ですね」
今回の目的は幻影…人々の悪意が命を取得したと言われている者の退治らしい。
世間では悪霊や怨霊等と言われているそれらの正体は幻影と言われるエネミーでしたなんてまるで御伽話の様な話を聞いた時は正直笑ってしまいそうになったが、それの被害者がいる以上放ってはおけないらしい。
秋空先輩はそのまま校舎入り口へと進み、ポケットから謎のスティックを取り出すと入り口隣の機械へと差し込む。
そして機械音と共に鍵が外れるような音がすると
「おら急げ、空いてる時間は短いぞ」
ガチャリと扉を開け先輩に入る様に促され微妙な罪悪感と共に中へと入る。
「電気はつけないんですね」
校舎の中に入ると当たり前と言うか何というかあたり一面が真っ暗になっており、唯一の灯りは非常口等々の誘導灯だけだったので不気味に思えてくる。
「あたり前だろ?ここで明かりなんか点けたら近隣住民にバレるだろうが。まあ大規模になりゃ学校全体を幻で埋めちまうんだけどな」
「へーそうだったんですか、もっとこう便利だと思っていたんのですが…」
「俺達の力は所詮は幻、例外を除いてこの現実には殆ど関与できねぇのさ」
はっ!と皮肉のように鼻で笑いながら先輩はそう言いながら美術室へと向かう。
「ここだな、準備はいいか?」
「はい私は大丈夫です」
幻素…幻のエネルギー源の様なものを集めてナイフを形取りそれを先輩へと見せる。
「それがお前の幻想かよ…思ったよりも随分とショボいな…」
「…すいません」
十人十色、人それぞれに個性があるように幻想にも個性があり、私の場合は想像した物を作り出すものらしいがまだ未熟なのかそれともこれが私という個体の限界か精々ナイフなどの小物を作るだけで精一杯なのだ。
「…まあ幻具を使って補うのもあるからな、気を取り直してそれじゃあ開けるぞ」
「…お気遣いありがとうございます」
先輩はそう言いながら扉を開き幻素で動く懐中電灯を取り出して中を照らしていく。
美術室の中は放課後見た時と殆ど同じで何も変わらない様な光景だったが、先輩には何か違いが感じられるようで端から端まで光で照らしていく。
「先輩明かりがあるなら来る時に使って欲しかったです」
「…何言ってやがる。エネルギーの節約だ、一何処で何があるか分からねえだろうが」
途中で襲われる危険を考慮して点けて欲しかったが、周囲に分からない明かり灯すのにかなりのエネルギーを消費するらしい。
「コイツらか…一気に来るから構えておけ」
「はい!」
先輩の言葉と手を振る動作と共に轟音が鳴り、一枚の肖像画が吹き飛ぶ。
「この絵が本体でしょうか?」
「間違っちゃいないが、そうだな、正確には親玉と言ったほうが正しいか?」
「え?」
どうやら複数いるようで、先輩がライトを当てていると観念したのかカタカタと震え出しそれに共鳴するように周囲の絵画や作品達も震え出すとそのまま宙へと浮かび上がった。
「そういえば学校の七不思議で昔聞いたな、何故か増えていく作品、作者は不明って奴をよ」
「聞いたならその場で対応してくださいよ‼︎」
「命令も無いのに仕事する奴がいるか」
どうやら先輩はしなくてもいい事は最大限やらない派の人間なのだろう。
「くだらねえ事言ってないで来るから準備しろ!」
「はっはい‼︎」
宙へと浮かび上がった作品達は先程先輩が本体だと言った作品を中心に円運動をしながら私たちの元へと飛来し始める。
「俺が本体をやるからお前は周囲の子分みたいな奴を頼む」
「分かりました!」
飛来する作品群をオーバー気味に躱わしながら幻素で生成したナイフで突き刺す。
「…っ⁉︎」
漫画であればそこでコイツの動きは止まりそこから次の敵の相手をする流れになるのだが、私の突き出したナイフは飛来する作品に見事突き刺ささりはしたが、それにより作品の動きが止まる事はなく勢いそのまま私の腹部へと突き刺さった。
「…はぁ、もういいから下がってろ」
「…すいません」
見事鳩尾へと一撃を貰った私は呼吸困難及び激痛により動けなくなりそのまま地面にうずくまってしまう。
そして、それを見た先輩は呆れた様に溜息をつき私の周囲に浮遊している作品を引飛ばしながら下がるように伝えた。
「…あんまりこ言う事は言いたくねえんだけどよ」
「…はい」
「お前向いてねえよ」
先輩はボリボリと頭を描きながらなるべく私を傷つけない様にそういった。
私が動けなくなった後先輩は今まで手を抜いていたのだろう、一瞬にして全ての作品を吹き飛ばしあっという間に本体を破壊してしまった。
一瞬にして片付く仕事にわざわざ時間をかけていた理由はきっと今回の仕事は通常のものではなく、私がこの仕事に関してどこまで対応できるかどうかなどの適性試験の様なものだったのだろう。
「…」
「今まで何人もの新人を見てきたけどあのレベルに手も足も出ない奴は初めてだよ」
「そうですか…」
作品を全て一瞬で吹き飛ばしたにもかかわらず本体を倒した瞬間、あんなにも荒れていた美術室はまるで何もなかったかの様に修正されていた。
「あんまり言いたくはねえけどよ、このレベルの任務を楽々こなすやつでも廃人になる事がしょっちゅうあるんだぜ」
「…」
「悪い事は言わねえから辞めておけ、あの人には俺から言っておくからよ」
「…すいませんでした」
「いや別に謝って欲しいわけじゃ無いんだけどよ、まあなんだ、記憶は無くなっちまうけど元の生活で頑張れや」
先輩はまるで私を宥めるかの様にそう言い踵を返すとそのまま何処かへ消えてしまった。
この後先輩が正式な手続きかなんかを済ませた後に私の処分が始まるのだろう。
「…はぁ」
結局いつもこれだ、何を始めようにも才能がない、向いていない、センスがない、頑張った所で怪我をするだけだから辞めて別の事を始めたほうがいい。それを何かを始める度に先人に言われ続けている。
なら一体私は何をすればいいのだろうか?何なら向いているのだろうか、一体何をすれば私は認められるのだろうか。
能力に目覚めて何かが変わるのかと思ったが、結局のところ何も変わらないただいつもと同じ様に向いていないと言われ否定されるだけだ。
だったら最初からこんな能力に目が覚めなければよかった。
「…」
自己嫌悪に囚われながら考え事をしているといつの間にか家へ着いてしまう。
夕方と同じ様に鍵を探し開け、気配を殺しながら自分の部屋へと向かう。
「おや、遅かったですね。貴女には力がありますが、かといって夜遅くまで出歩くのは関心致しません」
部屋に入ると所長が私の机に備え付けられた椅子に座っている。
部屋の窓が開いておりカーテンが揺れているところを見るに窓から入ってきたのだろうか?
「私の記憶を消しにきたのでしょうか?」
明日あたりに組織の人間が現れるとは思っていたが、まさかこんなにも早くそして所長自ら現れるとは流石の私にも予想できなかった。
「え?ああそうでしたね今日何が起きたかは彼から聞きましたよ。危険性の低い個体を相手にダウンを取られて何もできなかったとね」
「そうですよね…それで」
「ですが安心してください、私が貴女に求めているのは戦闘要員ではありませんからね」
「…はぁ?そうですか」
まるで最初からこうなる事が分かっていたの様に所長はそう言った。
「それに今回の任務で失敗した事を気に病む必要はありません、最初からできる人間などこの世にはそうそういませんからね」
「…はい」
「彼には私の方から言っておきますので貴女は安心して続けてください」
「そうですか、ありがとうございます」
「そうだ、ちょうど貴女と同じくらいの時期に入った仲間が居ますので一緒に過ごされてはいかがですか?」
「え?それはちょっと…」
「ま、まあ最初は戸惑うと思いますが同じ学校の生徒なので一緒に任務をする機会も少なくありませんので明日辺り会ってみては?」
「わ、分かりました」
どうやら私の同期にあたる人達が居る様で、もしかしたらその人達とペアを組んで任務をこなす事になりそうだ。
正直仲良くなれるか不安でしか無いが、一緒にやれと言われたらやるしか無いのだろう。
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