第2話 来賓は強心臓

ソラは不思議な子だ。

ある日、魔導士ギルドの床に突然現れて、泣きじゃくっていた。

そう、気がついたらとかではない。忽然とそこに現れたのだ。


不可思議な事はそれだけではない。

僕は魔力過多症で、いずれ魔力が体内で暴発して死ぬはずだった。

強力な炎を操る代償。

最初は、朝起きた時にベッドに転がっていた見慣れぬ紅コイン。

僕は知らないコインを落とすようになり、自分で出せるようになり、魔力に圧迫されて苦しむ事は無くなった。

ソラと一緒にいると、魔力過多症の者はいつの間にか、コインを落とすようになる。

僕は商業神の祝福を受けたのだと言われたが、皆が本当の震源地はソラだと知っている。

不思議な子、ソラは僕にとても懐いてくれている。

僕が最前線を引き、教師となったのは、神様の使いかもしれないソラの怒りに触れるのを恐れたのもある。まあ、ソラは見目麗しいものを好むから、あっさり他の人に懐くかもしれないけど、それは他国人にも言えることだ。

なので、ソラをより深く取り込む為の特殊な人事。

学校が創設され、そのトップに僕が任命されたものの、僕らについては皆が扱いに困っているのを知っている。何せ、使い捨ての駒だった僕が、消耗品では無くなってしまったのだ。ひとまず、使い捨ての駒を寄せ集めてそのトップに僕がなるようにして、その後の扱いは要相談といった所。

そのうち、すりつぶすような命令も出るだろうと断言できる。


国の扱いには思うところもあるけれど、未来なんてなかったはずだから、正直戸惑っている。


それでも、ソラは真っ直ぐに僕を見て持て囃すから。せめて、ソラが大人になるまでは、頑張って生きたいと思う。





 僕は確信した。

 ソラは絶対に商業神の使いだ。もしくは本人かもしれない。

 ソラがしょっちゅう出かけるのは知っていた。

 ソラがわあわあ騒いで張り切っているのも知っていた。

 学校の事について根掘り葉掘り聞いて来るのにも答えていた。


 でも、これは想像してなかった。

 朝起きると、メイドを従えた布の塊が移動してきたので何かと思ったら、服を掲げたソラだったのだ。その服は、見た事のない材質、見た事のないデザインで、我が家で買えるはずもないものだった。しかもそれが複数。

 

「カイルしゃま! きて!」

「これは?」

「学校には制服!」

「制服?」

「カイルしゃまに似合うの、着る!」


 そうして、何着かを僕に提示して、ぐるぐると周囲を周り、僕を見る。

 どうやら決まったようだ。


「リリ! こえに決めた! 送って!」

「畏まりましてございます」

「あ、あの……? 何をしているのかな」

「カイル様。ソラ様は楽しみにしているようにと仰られてます。ええ。楽しみになさっていてください。カイル様は授業内容と教師の手配を頑張ってください」


 そうして、ソラはメイドを従えて行ってしまった。

 な、何か恐ろしい事が起きている気がする。

 しかし、時間は本当にない。

 色々頭を下げて回ったが、やはり使い捨ての駒に知識など必要ない、戦闘だけ教えていればいいという事のようで、頷いてくれる教師がいない。

 それでも、僕らは貴族の体裁を保つ最低限の事ができるので、僕らで回していくしかない。

 マナーなどは少し不安が残るけれど……。



 入学式。

 多くのお高めの馬車が、郊外に建てられたボロ屋に向かっていた。

 その理由は簡単だ。制服を汚したくなくて、徒歩で来る訳にはいかなかったのだ。

 突如として、仕立てたばかりの新品の、しかも持ち主の体格に合わせてサイズが変わる不可思議な服が制服として届いた生徒達の気持ちはいかばかりか。

 汚さぬようにということに全神経を集中しているのがわかる。

 その手には、時計を絶対にスリなどに奪われぬように抱えている。

 僕だってそうだ。

 その時計によれば、入学式の1時間前らしいが、全員が揃ったようだ。

 ボロ屋の前にはメイドが仁王立ちしていて入れない。少し早めに来ていた来賓がイライラしだす。

 馬車が帰り、戸惑う教師と生徒達。

 30分して、異変が起きた。

 突如として宙に浮かぶ、不可思議な、まるで魔物のような、でも美しい、そう、まるでドラゴンのような巨大な建物が現れた。

 それはゆっくりとボロ屋の上に着地。

 当然のようにボロ屋を押し潰した。

 建物にドアが現れ、中から出てくるソラ。


 一つ頷くソラ。そして頷き返すメイド達。


「それでは、ソラ様が中の式典室にご案内致します」


 僕達は、靴についた泥を気にしながら、震えながらついていくしかなかった。

 

「ちょっと、カイル! 商業神様めちゃくちゃ張り切っちゃってるみたいだけど、いいの?」

「そんなの僕にわかる訳ないだろ」


 奥に入ると、椅子の並んだ広い部屋に案内される。

 教師と生徒の椅子の上には、カードが置かれていた。

 全員が座ると、窓もないのに明るかった部屋が暗くなった。

 壁が光る。

 言葉を失うほど美しい光が壁の上で舞い、文字を作り出す。


『王立魔法学校入学式』


 神立だろうと文字の読める全員が思ったに違いない。

 とにかく、そこに絵が現れた。

 初めて見る技法の絵だ。生徒達の服を来た美男美女の大冒険が映し出された。

 なお、言葉は全て未知の言語である。

 一応、下に話しているらしき言葉が書かれているのだが、文字が読めるのなんてこの中の何割だろうか。三割くらい?


 美男美女は、空を飛び大地を割り、無から何かを取り出し、ドラゴンを駆り、失った腕は復活する。

 なんだこれ。

 そして僕がめちゃくちゃ美化されて大物風味に描かれているが、僕は使い捨ての駒に過ぎない。すぎないってば! 竜と人のハーフみたいな化け物だって飼ってない!!

 あと、何気ない動きなのに娼館の男娼よりもえっちな空気なのなんで?


 一瞬しか出なかったが、一応王族を一番大物風味に持ち上げている所でホッとした。

 物語が終わり、壁の光がなくなって、来賓の拍手だけが響く。

 何やらとてつもない事を要求されているのをひしひしと感じて、生徒達は戸惑いつつも、拍手をした。


「以上を持ちまして、カイル様の学校の説明と挨拶に返させていただきます」


 !?


 ざっと僕に視線が集まる。

 僕はぶんぶんと首を振った。

 

 ざわざわざわざわ。



「では、生徒達はカードに書かれていたのと同じ絵の書いてあるドアに行ってください。そこが貴方達の部屋です」


 僕らは、カードを手に、来賓に絡まれていたソラが話を終えて来るまで開け方のわからないドアを前にしばし途方に暮れた。

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