第118話 二人の本当の結末

新入生の部活動体験会が終わり、構内からぞろぞろと生徒が出ていく。

部室の後片付けを終えたたきなは教室に戻り、大きなため息をついた。


「お疲れ様」


「ありがとう、みつる。きっちり授業を受けた後に、部室に行って、机を動かして、飾りつけをして、見に来てくれた新入生をお迎えして…。流石に疲れちゃった」


「読者の反応はどうだった?」


「小説クラブをわざわざ見に来る人も少ないから、そもそもそんなに読まれてないのよ」

 たきなは鞄に教科書やノートを詰めながら言う。


「今の部員も四人しかいないもんね」


「そうなの。でも、やけに一生懸命呼んでくれた、二人組の女の子がいたっけ。その子たちは、印刷してあったシナリオを嬉しそうに持ち帰ってくれたわ」


「よかったね。入部してくれるといいけど」


「入部しなくても、桜と二人で同好会を続けるだけだから、問題ないわ」


桜の話題が出て、満は少し悲しそうな顔になった。


「高島さん、元気そうだった?」


「元気そうに振る舞ってはいたけど、すぐに帰っちゃったわ。わたしたちとわいわい帰る気分には、まだなってないみたいね」


たきなも顔を曇らせる。

さとしが満を殴りつけた件で、慧は停学処分になった。

その腹いせか、慧は自分で退学してしまったらしい。

桜もショックを受けて、しばらく学校を休んでいた。

今は元気が出てきたように見えるが、まだ慧のことが気にかかっているのだろう。


「慧くんも退学して、これからどうするんだろうね。悪い噂は時々聞くけれど…」


「満は慧くんのことを心配してあげてるのね。怒ってるのかと思ったけど」


「怒っていたのはたきなでしょ?」

 満は慧に殴られた頬をなでる。


殴られたあと、満は先生たちによってすぐに病院に連れて行かれた。

傷も綺麗に治って、本当に良かったとたきなは思っている。

そして、満にあんなことをして許せないと、今でも慧を憎々しく思っている。


「怒るに決まってるじゃない。ボロボロになった満が目に焼き付いているもの」

 たきなは鞄を肩にかけ、満と一緒に教室を後にした。



 

下駄箱で靴に履き替えたたきなは、空を見ている。

空は灰色の雲に覆われ、しとしとと雨を降らせている。

たきなは鞄から折り畳み傘を出し、満が来るのを待った。


満は靴でトントンと床を叩き、たきなのところへ来た。


「たきな、お待たせ。…ああ、雨が降ってるのか、ちょっと待ってね」

 満は玄関から一歩外に出ると、

「風よ」

 とつぶやいた。


途端に強い風が吹き、たきなはとっさに目を閉じて髪を抑えた。

目を開けると、さっきまで頭上にあった灰色の雲が追いやられ、薄い雲の隙間から太陽がほんのりと見えている。


「これで傘がなくても大丈夫だよ、たきな」

 すごいでしょ、と言わんばかりの満に、たきなは呆れた顔をする。


「相変わらず、規格外の魔法を使うわね」


「この世界にも精霊がいるとわかったときは驚いたよね。この世界の人たちは魔力を持っていないのに」


「魔法が当たり前の世界から転生してきた、わたしたちがイレギュラーなのよ。くれぐれも、その力を間違ったことに使わないでよね」


「今のところ不満はないでしょ?こうして、たきなのために使っているからね」


「たしかに、雨が止んだのは嬉しいけど…。これじゃあ相合傘ができないわよ。せっかくいい口実になると思ったのに」

 

頬をふくらませるたきなを見て、満は一瞬目を丸くし、小さく吹き出した。


「その発想はなかったなぁ。たきなにいいところを見せることしか、頭になかったよ」


「もう、そうやってすぐ上手いこと言うんだから」

 たきなは顔を少し赤らめながら、折り畳み傘を鞄に戻した。




「今日展示したシナリオは、また文化祭でも出すの?」

 帰り道を歩きながら、満がたきなに尋ねる。


「うーん。それは桜と話し合って決めないとね。部長たちも、もう受験のために引退したし、自分たち次第よ」


「そうか。じゃあ、これまでたきなのシナリオを読んだ人の中に、ローズやリリーシェとして転生する人がいるのかもしれないね」


「そうなのかしら。その人たちの来世とわたしたちの前世が、同じ時間軸だということ?なんだか頭がこんがらがってくるわね」


「前にも言ったでしょ、人の生き死には人智を超えた問題だって。僕たちが転生して来たことだって、十分理解しがたいことだよ」


「そうよね。わたしたち、なんで再会できたのかしら」


「なんでだろうね」

 満は何故か、意味ありげに微笑んでいる。


「ちょっと、なんで笑ってるの?」

「いや、なんでもないよ。それにしても、どうしてアレグリアを悪役令嬢にしたの?」


「あら、不満なの?」

 たきなは満を煽るように見上げる。


「もしヒロインにしたら、わたしが色んな男たちに言い寄られるのよ。それでいいの?」


「僕だって、攻略対象の一人になっているじゃないか。ヒロインに言い寄られていいの?」

 満は少し不満げな顔をする。


「前世で結ばれなかった分、作品の中でくらいは結ばれたいのに」

「満ったら、何言ってるのよ」

 たきなはくすぐったそうに笑った。


「こうして再会できたんだから、いいじゃない」

 たきなはするりと満の手に指を絡める。


「そうでしょう、ディアネル?」

「そうだね、アレグリア」

 満はたきなの手をギュッと握り返し、満足そうに笑った。

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悪役令嬢アレグリアの本望 望月燈 @mochizuki1217

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