第116話 決意

教会は避難してきた街の人々でごった返している。

入口のところにはマリアとローズが心配そうな顔で立っていた。

坂を登って来るアレグリアをローズがいち早く見つけ、駆け寄ってきた。


「お嬢様!突然どこかへ行かないでください!心配したんですよ」


「あの…。こちらのお方は、うちの子を助けてくださったんです」

 女性がローズの前に割って入り、アレグリアをかばうように言った。


「そうだぜ!見事なもんだったよなぁ」

「おうよ。勇敢で素晴らしい聖女様だ」

 男性たちも口をそろえてアレグリアを讃える。


「せ、聖女様…?あの、お嬢様、こちらの皆さんはどなたです?」

 ローズは戸惑ったようにアレグリアを見る。

そのとき、蹄の音が近づいてきて、教会の前に騎士たちが現れた。


「お嬢様、ご無事ですか?」

 馬を降りた騎士が、アレグリアの前に跪く。


「ええ、わたくしは無事よ。お前たちはどうしてここに?」


「お嬢様がこちらにいらっしゃると聞き、急ぎお迎えに上がりました。防御結界が壊されないうちに、辺境伯邸へお戻りください」


「私が魔石具を使ってご連絡したんですよ」

 横で話を聞いていたマリアが、穏やかに言った。

「私たちの教会よりも、辺境伯邸の方が輪をかけて安全でしょう。お早く帰られて、できることなら辺境伯領をお離れください」


マリアに促され、アレグリアは騎士たちが連れて来た馬に乗った。

ローズは騎士の馬に一緒に乗らせてもらっている。

マリアたちに別れを告げて辺境伯邸へ向かおうとしたとき、アレグリアは子供の声に呼び止められた。


「まって!」

 

アレグリアが振り返ると、先ほど助けた黒髪の少年が、アレグリアを見上げている。

教会の魔石具で治療を受けたのか、顔色がすっかり良くなっている。


「せいじょさま、助けてくれてありがとう!」

 

少年はにっこりと笑ってアレグリアに手を振っている。

アレグリアも手を振り返し、騎士たちと共に教会を離れた。



辺境伯邸に向かって馬を走らせながら、アレグリアはさっき助けた少年の笑顔を思い出した。

ディアネルに魔法を習って本当によかった、とアレグリアは思う。

ディアネルに習った魔法を正しく使うことができて、アレグリアは嬉しい。

ディアネルも、きっとこういう風に力を使いたかったのだろうと思った。


そのディアネルの体を手に入れた慧は、ネーレンディアとの戦争を始めようとしている。事情を知らない人には、ディアネルが異母弟と王妃を殺して実権を握り、ネーレンディアと戦争をしたがっているように見えているのだ。

到底許せることではない。

わたくしはディアネルのように上手く魔法を使えるわけではないけれど、とアレグリアは思う。

ディアネルのおかげで身に付いた力だから、ディアネルが喜ぶ使い方をしたい。

アレグリアは向かい風に頬を叩かれながら決意した。



その晩、アレグリアは辺境伯邸でローズに頼み事をした。


「ローズ、お願いがあるの」

「どうしたんですか、お嬢様。急に改まって…」

 ローズはアレグリアが寝巻に着替えるのをてきぱきと手伝っている。


「わたくしのために、魔法を防げる防具を用意して」

「防具、ですか…?何に使われるおつもりです?」

 ローズは手を止め、姿見の中のアレグリアの目を訝しげに見る。


「あなたの幼馴染を、止めに行くのよ」

 鏡を通してアレグリアに見つめられ、ローズは息をのんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る