第115話 救出

アレグリアは目を閉じて深呼吸した。

目を開けると、アレグリアは勢いよく斜面を滑り降りていく。

アレグリアを見守っていた男性たちは、見事な滑降を見て、おおーっと歓声を上げた。


アレグリアは少年のいる岩の上に立った。

少年は足を痛めたのか、足をおさえてぐったりとしている。

新緑の魔導書を持っていればよかったわ、とアレグリアは思った。

ネーレンディアで魔導書を持ち歩くのは危険なので、辺境伯邸に置いてきたのだった。


アレグリアは両手で少年を抱っこした。

そのとき、ラルカンスの兵がアレグリアに向けて炎の矢を放った。

アレグリアは右手をラルカンスの方向へ向け、

「精霊よ、護りの力を我に」

 と唱えた。


展開した魔力障壁が炎の矢を弾く。

撃って来た兵は、アレグリアが魔法を使ったことに動揺しているようだった。

ディアネルと特訓した甲斐があったわね、とアレグリアは思い、少し涙がにじんだ。


だが、悲しみにふけっている暇はなかった。

兵たちが気を取り直す前にと、アレグリアは子供を抱え直し、呪文を唱えた。


「さすらいの風よ、今しばし我と共にあれ」

 

途端に足元で風が渦巻き始め、アレグリアは宙に浮いた。

素早く宙を駆け、崖の上に向かう。

兵たちは慌てて炎の矢を撃って来たが、アレグリアは軽々と回避した。

ディアネルを抱えてドラゴンから逃げたときは、息吹で焼かれそうになったわね、とアレグリアは懐かしく思い出す。


崖の上からは、少年の母親が必死に下をのぞきこんでいる。

女性は憔悴した顔で目に涙をためていたが、少年を抱えたアレグリアが飛んでくるのを見て、目を見開いた。

男性たちも呆然とアレグリアを見ている。

女性は尻餅をついて後ずさり、アレグリアは女性の前にふわりと着地した。

アレグリアが少年をおろしてやると、女性は少年を力いっぱい抱き締めた。


「あ、ありがとうございます!でも、一体どうやって?飛んでいるように見えたのは…?」


「それは…。精霊のご加護で、奇蹟が起きたのです。あなたが子供の無事を一心に祈ったので、精霊がお助けくださったのですよ」


この口実は一か八かの賭けだった。

精霊の加護というのは、嘘ではないわよね、とアレグリアは自分に言い聞かせる。


「まぁ!あなた様は、精霊のご意思に沿って人々を助ける尊いお方…、聖女様なのですね。聖女様との出会いに、心から感謝いたします」

 

女性は感激の涙で顔を濡らし、アレグリアに向かって手を合わせた。

男性たちも女性に倣って跪く。


「まさか聖女様だったとは…」

「なんと恐れ多い…」

 

アレグリアは、まさか崇められるとは思っておらず、混乱した。

この国の人々は長い間魔法を目にしていないから、魔法だと気づけなかったのかしら、とアレグリアは考えた。


「みなさん、顔を上げてください。わたくしたちもこの子を連れて教会へ行きましょう」

 

アレグリアに言われて大人たちは立ち上がり、男性たちは防御結界を発動し、女性は子供を抱き上げて教会へ向かった。

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