第114話 板挟み

声がした方に向かう道は、ラルカンスへ向かうアレグリアが馬車で通った道だった。

この道は、教会からラルカンスに向かう方向に続き、途中から、ラルカンスとの国境にあたる谷川に沿った道に合流する。


谷川沿いの道に入ると、ラルカンス側の崖に兵士が並び、炎の矢を撃ってきているのが確認できた。

マリアが言っていた通り、ラルカンスからの攻撃だったのね、とアレグリアは思う。


いくつかの矢は谷川沿いの道に落ちて来るので、アレグリアは走りながら避けた。

残りの矢は広場の方角へ飛んでいき、建物を次々に破壊している。


アレグリアは、以前渡ったラルカンスへ続く橋のあるところに差し掛かった。

だが、橋はラルカンス側の崖にだらんと垂れ下がっている。

ラルカンスの兵が渡って来ないように、ネーレンディアの人間が橋を落としたのね、とアレグリアは思った。

風属性の魔法使いが飛んでこないといいけれど、とアレグリアは不安に思う。


谷川沿いの道をさらに下ると、数人が大きな声で話しているのが見えた。

その中には女性が一人うずくまっていて、高い声で叫んでいるようだ。


「お願い待って!子供が崖の下に足を滑らせたの!あの子が戻ってくるまで待って!」

 近づいたアレグリアは、ようやく女性の声を聞き取ることができた。


「そうは言っても、子供の足でここを登ってくるのは無理だ。大人が助けに行かないと…」


「そんな時間はない!この簡易結界の魔石具が壊れる前に防御結界の魔石具を発動させないと、あっという間に攻め込まれるぜ!」


「だが、防御結界の魔石具が発動したら、人は入って来られなくなる。この女性の子供は結界の外に取り残されるじゃないか」


「じゃあ誰が助けに行くんだ!お前が行くって言うのか!?」

 

他の男性たちは緊迫した様子で言い争いをしている。



「あの、どうされたのですか」

 アレグリアは息を切らしながら尋ねた。


「お嬢さん、こんなところへ来てどうしたんだ!?簡易結界に入らないと危ないぞ」

 

一人の男性がアレグリアの手を引いた。

男性は、先端に魔法石がついた長い棒を持っており、魔法石を頂点とするように半球状の結界が展開している。

半球状の結界は、時々命中する炎の矢を弾いてくれている。

アレグリアは、男性たちと女性と共に、半球状の結界の下で身を寄せ合った。


「お嬢さん、どうして教会に逃げなかったんだ」


「こちらから悲鳴が聞こえて、教会から走って来たのですわ。皆さんはここで何をされているのです?」


「俺たちは、ラルカンスの兵がこっちに来ないように、防御結界の魔石具を展開させるために来たんだ。そうしたらこの女性がいて…」


「子供が崖の下に足を滑らせたので、防御結界を張るのを待ってほしいんです!」

 

アレグリアはそっと崖の下を覗き込んだ。

たしかに、崖の中ほどの岩が張り出したところに、ぐったりとした黒髪の少年がいるのが見える。

だが、子供の足で崖を登って戻って来るのは不可能に思えた。


ディアネルならどうするだろうか、とアレグリアは考えた。

ディアネルは身を挺してアレグリアをドラゴンから守ろうとするほど、優しい人だった。

あの子供を見捨てることはしないように思えた。


「あんたの気持ちはわかるが、早く防御結界を張らないと俺たちの身が危ない。教会の防御魔法も、ずっと攻撃にさらされていたら、壊れてしまう。この崖に沿った大きな防御結界を発動させるのが一番安全なんだ」


「結界が発動したら、誰も外から入って来られません!うちの子供を見捨てるんですか!?」


「じゃあ、あんたが崖を降りて助けに行けるのか?敵から攻撃されるかもしれない危険を冒して?」


問い詰められた女性はぐっと言葉に詰まったが、涙で濡らした目をキッと吊り上げた。

「行けます!戻ってくるまで結界を張らずに待っていてください!」


「待ってください。この急な斜面をどうやって登って来るおつもりですか?」

 

アレグリアは冷静に女性を制止した。

女性に、少年を抱えて崖をよじ登る体力があるようには、とても見えなかった。


「それは…。でも、子供が…!」


「わたくしが連れて参ります」

 静かに言ったアレグリアを、皆が呆気に取られて見つめた。

「あの子を連れて来ることができれば、心置きなく防御結界を張ることができるのですよね?」


「あ、ああ…。だが、あんたこそどうやってここを登って来るんだ?」

「それに、この簡易結界を出たら、敵の攻撃が当たるかもしれないぞ」

 

困惑した男性たちが尋ねたが、アレグリアは答えなかった。

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