第113話 戦端

「上を見ろ!」

 という誰かの声が聞こえ、アレグリアもわけがわからないままに上を見上げた。


上空から広場に向かって炎の矢が降り注いでいる。

炎の矢は、広場や周りの建物をあっという間に瓦礫に変えていく。

人々は一斉に広場から逃げ出した。

アレグリアは立ちすくんだまま、矢が降って来る方向はラルカンスの方だわ、と思った。


「お嬢様、早く逃げましょう!」

 

リリーシェと話していたローズは慌ててアレグリアの所に来た。

リリーシェは子供たちを連れて既に走り出している。


「私たちの教会へ逃げましょう。あそこは魔石具で結界が張ってあります。アレグリア様もこちらへ!」

 アレグリアは急かされるがまま、マリアの後を追って走った。


「これは一体、どういう、状況なのですか?」

 アレグリアは走りながらマリアに尋ねる。


「恐らく、ラルカンス軍が攻撃してきたのでしょう。ラルカンスの軍が国境近くに集まっているという情報があり、私たちも警戒していたのですが、まさか精霊祭の日を狙ってくるとは…。精霊祭は、春をもたらしてくれた精霊に感謝の祈りを捧げる大切な祭り。ラルカンスも精霊を信仰しているはずなのに、一体どうして…」


マリアの言葉を聞き、アレグリアとローズは顔を見合わせた。

精霊を信仰している人間なら、この日に攻撃をしかけようとは思わない。

軍を動かすことができ、信仰心もないであろう人間に、二人は心当たりがある。


「慧…。なんでこんなひどいことを…」

 

ローズは理解できないというように首を振り、暗い顔をする。

だが、アレグリアは慧が攻撃してくる理由がわかる気がした。


アレグリアは、夜の湖で言われた言葉を、よく覚えている。

慧はネーレンディアを手に入れるつもりでいるのだろう、とアレグリアは考えた。

だが、ディアネルのものだった体で、民を守れる王になりたいと願っていたディアネルの体で、そんなことをするのは冒涜に等しい。

アレグリアは唇をかみしめた。


街から教会へ続く坂道を何とか登りきり、アレグリアは膝に両手をついて息を整える。

ローズに背中をさすってもらい、立って教会を眺めると、公爵に別れを告げてラルカンスに旅立ったときのまま、何も変わっていない。

数カ月しか経っていないから当たり前なのだが、またここに来たことが感慨深く感じられた。


教会の建物の中に入ろうとしたとき、街とは違う方向、ラルカンスとの国境の方角から、悲鳴のような声が聞こえて来た。

アレグリアはとっさに声がした方へ走りだした。


「あ、お嬢様!どこに行くんですか!?」

 

ローズが混乱して叫んだが、アレグリアの足は止まらなかった。


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