第111話 思わぬ再会

精霊祭当日、アレグリアは久しぶりに髪色を変える魔石具をつけた。


「ネーレンディアでも銀髪は珍しいですから。お嬢様だとばれないように、帰ってくるまでは取らないでくださいね」


「わかっているわ。心配をかけたくないから、辺境伯様にも知られないように外出したいのだけれど」


「そうですか…?騎士の方には同行していただこうと思っていましたけど、お嬢様がそうおっしゃるなら…」


二人は辺境伯邸を守っている護衛たちの目を盗んで、精霊祭に来た。

広場には多くの出店が並び、美味しそうな匂いと人々のにぎやかな声で溢れている。


「とてもにぎやかね」

「年に一度の楽しみですからね!お嬢様、食べたいものを見つけたらおっしゃってくださいね」


「ローズ、食べたいものがあるのね?」

「えへへ、実は…」

 ローズはもじもじしながらある屋台を指さす。


「あそこで売ってるりんご飴が、どうにも美味しそうでして…」

 アレグリアも目を向けると、シロップやシナモンをまぶしたりんご飴が売られている。


「わたくし、食べたことがないわ」

「せっかくですし、召し上がってみますか?」


「そうね。買ってきてくれる?」

「わかりました!待っていてくださいね」


ローズははしゃいだ様子で出店に走って行った。

ローズったら、本当にお祭りが楽しみだったのね、と少し呆れながら、アレグリアは噴水の縁に腰かけた。

街の人たちもローズのように浮かれていて、明るい声が響いている。

たしかにこの場にいるだけでも、心が明るくなる気がするわ、とアレグリアは思った。


その時、子供がよそ見をしながらふらふらと近づいてきて、アレグリアの足につまずいて転んだ。

子供は、転んで打った足が痛いのか、持っていた串刺しの肉を落としたのが悲しいのか、大きい声で泣き出した。

アレグリアは子供との接し方など知らない。


「大丈夫?」

 と声をかけてみたものの、子供は聞く耳も持たず泣きじゃくっている。


周りの人たちも子供の泣き声に気づき、アレグリアたちの方を見ている。

アレグリアがおろおろしていると、保護者らしき人物が駆け寄ってきた。


「ちょっとライアン!あたしから離れちゃダメって言ったじゃない!」

 

子供をライアンと呼んで頭をなででいる女性は、黒い服を着て、頭には白い頭巾と黒いベールをかぶり、髪の毛を隠している。

どうやら修道女のようだ。

ライアンが泣き止むと、修道女は立ち上がり、アレグリアに頭を下げた。


「この子がご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

「いえ、どうかお気になさらないで」


アレグリアは何故か修道女の顔に見覚えがある気がして、修道女の顔をじっと見た。

修道女が顔を上げて、二人の目がしっかり合った。


「ア、アレグリア!?」

「リリーシェ…さん?」

 二人は衝撃のあまり、見つめ合ったまま固まった。


「…あんた、ちょっとやつれたんじゃない?まるで処刑前の悪役令嬢みたいじゃない。よっぽどつらいことでもあったみたいね」

 先に口を開いたのはリリーシェだった。


「あなたは、わたくしが“しなりお”通りに振る舞うことをお望みでしたわね。打ちひしがれたわたくしを見て、満足かしら?」

 アレグリアは自嘲も込めて皮肉に言い返す。


「いいえ、不愉快だわ。シナリオが運命だなんて思わない、って言ってたあんたはどこに行ったの?」

 

アレグリアは困惑した。

リリーシェなら高笑いの一つもするだろうと思っていたのに、きっぱりと否定されてしまったからだ。


「あたしは勘違いしてた。ヒロインに転生したから、シナリオ通りに色んな男子に好かれるはずだって思ってた。あたしはヒロインに生まれ変わったからってあぐらをかいて、シナリオ通りにしてれば勝手に幸せになれるもんだと思って、努力なんてしなかった。でも、あんたは違った。」


リリーシェは俯いて拳を握りしめる。


「外国にまで行ったりして、好き勝手して。ほんと、やりたい放題よね。最初はムカついたけど、あんたはより良い未来を求めて努力していたんだって気づいた。あんたを憎む筋合いなんてなかったわ。まぁ、今更気づいても遅いんだけど。

…ここまでシナリオを変えたんだから、あんたはちゃんと幸せになりなさいよね」


「…あなたにそのようなことを言われるなんて、思っていませんでしたわ」

 

アレグリアはどんな顔でリリーシェと向き合うべきかわからない。

リリーシェはフンと鼻を鳴らし、腕を組みながら言う。


「ここで会ったのも何かの縁だし、最後に一つ忠告してあげる。あんた、なるべく早くフィニース辺境伯領を離れた方がいいわよ」


「辺境伯領を離れる…?なぜですか?」


「あんた、シナリオを知ってるんじゃなかったの?結構鈍いわね。シナリオの悪役令嬢アレグリアは、ネーレンディアとラルカンスの戦争に巻き込まれて死ぬの。このままここにいたら、シナリオ通りになっちゃうわよ」


「ですが、今はラルカンスとの戦争など、起こりそうにないでしょう?」

「…あんた、何も知らないの?」

 

リリーシェが怪訝そうに顔をしかめたとき、年配の修道女が他の子供たちを連れて近づいて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る