第2話 婚約破棄 後編 アレグリアの覚醒

アレグリアはふと気づいた。

もう我慢がまんする必要はないのではないか、ということに。


アレグリアが我慢してきたのは、未来の王妃おうひになるためだった。

アレグリアが王太子の婚約者になったのは、王家から要請ようせいがあったからだった。

ところが、王太子本人が婚約を破棄したいと言うのだ。

それならば、アレグリアが我慢を続ける必要など、ないではないか。


そのことに気づいたアレグリアは、思わず笑みをらした。

今までは未来の王妃として、感情を表に出すのはふさわしくないと教えられてきた。でも、もうそんなことを考える必要はない。

本当のアレグリアを曇らせてしまう王妃の冠など、アレグリアには必要ないのだ。

あの二人が自分勝手に生きるというのなら、わたくしだって好きに生きてやるわ。

そう思ったアレグリアは美しい微笑ほほえみを浮かべ、堂々と口を開いた。


「アルフォード殿下。あなたは、真実の愛を求めるために、わたくしとの婚約を破棄なさるのですね?」


 突然様子が変わったアレグリアを、アルフォードは怪訝けげんな顔で見つめる。


「…ああ。俺はリリーシェと共に生きる。たとえお前が何と言おうと…」


「ご心配には及びませんわ。わたくし、殿下の幸せを邪魔したりはいたしません。さようなら、殿下。殿下に負けないくらい、わたくしも幸せになって見せますわ」


アレグリアはドレスを広げ、完璧かんぺき所作しょさでお辞儀をする。

非の打ちどころがない淑女の礼に圧倒された会場は、次の瞬間もう一度息をのむことになる。

顔を上げたアレグリアが、満面の笑みを浮かべていたからだ。

王太子の完璧な婚約者として知られていたアレグリアは、社交辞令以上の笑顔を見せないことでも有名だった。

アルフォードは初めて婚約者の、いや、元婚約者の、心からの笑顔を見た。

こんな風に笑うなら存外悪くないじゃないか、とアルフォードは思う。

思わず手を伸ばしかけたアルフォードは、リリーシェに腕をつかまれ、少しよろけた。


痛みに顔をしかめるアルフォードも、不満げな顔のリリーシェも、アレグリアが翻したドレスのきらめきにかすんでいる。

この場の主役は、今やアレグリアだった。

呆気あっけにとられる貴族たちの視線も意に介さず、二人を振り返るそぶりもなく、アレグリアはまっすぐ出口に向かって歩く。



今宵こよいはアレグリアにとって最高の夜だ。

つい先刻まで憂鬱ゆううつな夜にすぎなかったが、たった今変わった。


彼女は悠々と歩く。

静かな興奮を表すように麗しい銀髪はきらめき、紫の瞳が鮮やかに輝いている。

彼女はアレグリア・ディアマンテ。

たった今取り戻した自由を握りしめ、彼女自身の人生を歩き始める。

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