悪役令嬢アレグリアの本望

望月燈

婚約破棄

第1話 婚約破棄 前編 絶望

今宵こよいはアレグリアにとって最悪な夜だ。

つい先刻せんこくまで退屈な夜にすぎなかったが、たった今変わった。



遠巻とおまきに見つめてくる貴族たちの表情は、同情なのか嘲笑ちょうしょうなのかわからない。

敵意をむき出しにする婚約者、婚約者にエスコートされている見知らぬ少女、そして貴族たちの視線がアレグリアを苦しめる。

侍女じじょの言葉を信じていないわけではなかったが、まさか本当に“婚約破棄いべんと”が起きるとは、思ってもいなかった。


貴族学園の大広間で開かれている、このきらびやかな卒業パーティーの主役、美麗びれいな服を着た王太子が、彼女に冷たく声をかける。


「聞いているのか、アレグリア」


「…なんでしょう、アルフォード殿下でんか


「私はお前との婚約こんやく破棄はきすると言ったのだから、何か答えたらどうなんだ。まさか、この私に捨てられて、何の未練みれんもないと言うのではあるまいな?」


アルフォード王太子は鋭い目つきでアレグリアを睨みつける。


「すがって見せれば少しは可愛かわいげもあるというというのに。思えばお前は始めから、可愛かわいげのない婚約者だったな」


見慣れた冷たい視線で息が詰まりそうになりながら、アレグリアは違うと言いたかった。

好きで澄ました顔をしているわけではない。

アレグリアはただ、今にもくずれそうな地面で必死に立っているだけだ。

本当は感情のままに泣きわめき、今すぐに逃げ出したかった。

しかし、令嬢としての矜持きょうじがそれを許さない。

アレグリアは震える喉で息を吸い、矜持きょうじだけで自分を支えて口を開いた。


「わたくしと殿下の婚約は、我がディアマンテ公爵家こうしゃくけと王家の結びつきを強めるため、国王陛下が提案なさったこと。陛下のご要望で婚約して差し上げただけですのに、わたくしが殿下にすがるはずないではありませんか。今なら婚約破棄こんやくはきするという愚かな発言を忘れて差し上げてもよろしくってよ。ただし、殿下が謝罪しゃざいなさるのであれば、ですけれど」


「ふん、謝罪などするはずがないだろう。たとえ父上の思いを無下むげにすることになっても…」

 アルフォードはかたわらにいる華奢きゃしゃな少女の肩を強く抱いて答える。

「真実の愛を諦めたくはないのだ」


真っすぐな瞳で青臭いことを言い放つアルフォードを、アレグリアはひどく憎らしく思った。


アルフォードの婚約者にされてからというもの、アレグリアはこの国の王妃としてふさわしく育つことを求められ、初恋も夢も諦めざるを得なかった。

多くの時間を王妃教育に捧げてきた。

それなのに、アルフォードは真実の愛を諦めたくないと無邪気むじゃきに言う。

少女と迎える明るい未来を信じていられる呑気のんきなアルフォードの姿は、アレグリアにとって理不尽りふじんでさえあった。


少女はと言えば、ほほを赤らめてアルフォードを見上げ、しがみついている。

少女の髪は特徴的なピンク色で、瞳は小動物のようにつぶらだ。

侍女の口からよく聞いていた“ひろいん”、リリーシェとやらは彼女なのだろう、とアレグリアは見当を付ける。

どうやら、彼女の眼中がんちゅうにはアルフォードしか入っていないらしい。

彼女は“王太子るーと”とやらを攻略中なのだろう、とアレグリアは思う。


身勝手なまでに自分に正直なアルフォードと、アレグリアが王妃になるためにしてきた努力を水の泡にしたリリーシェ。

二人を見つめるアレグリアの顔はいだように平然としているが、心の中は嵐のようだ。

この二人はわたくしの人生を踏みにじって笑っているのに、どうしてわたくしは我慢しなくてはいけないの?

アレグリアは心の中で叫んでいる。

初恋の人と描く未来も、なりたい夢も諦めて我慢したのに、わたくしの我慢はどうして報われないの?


そう思ったとき、アレグリアはあることに気づいた。

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