第3話 幕間 原作が生まれる世界の物語1

「クラブで『異世界転生いせかいてんせい先になりそうな乙女ゲームのシナリオ』を書くことになっちゃった」

 たきなはみつるの前の席を勝手に拝借はいしゃくし、勢いよく座りながら嘆く。


「小説クラブで?そういう設定、最近流行はやっているからね」


「そうそう。部長がミーハーで困っちゃう。…ちょっと、幼馴染おさななじみが話しかけてるんだから、顔くらい上げたらどうなの?」

 たきなは不満げにコーヒー牛乳を飲む。


放課後の教室からは、だんだんと喧騒けんそうが遠ざかっていく。

やわらかな西日の中で、睡魔すいまを感じることもなく、みつるは淡々と問題集を解いている。


「返事はしているでしょ」


「まったく、いつもそうなんだから」


「学生の本分ほんぶんは勉強だよ。テストも近いしね。たきなもクラブはほどほどにして、ちゃんと勉強しなよ」


「わたしにとっては小説クラブが本分なの」


「『異世界転生先になりそうな乙女ゲームのシナリオ』を書くクラブが?ひかに言って、めちゃくちゃだよ。異世界転生ものを書くならまだしも、小説ですらないじゃない」


「文化祭のときはまともな小説を書いてるもの。新入生向けの作品はトレンドを取り入れた方がいいっていう意見が通っちゃったのよ」


「不満そうだね」


悪役令嬢あくやくれいじょうに転生しました、とか、乙女ゲームに転生しました、みたいな異世界転生ものって、あんまり好きじゃないのよね」


「どうして?ファンタジーは嫌いじゃないはずだけど」


「ファンタジーは好き。でも、死んだ人間が創作物の登場人物に生まれ変わるっていう設定が、しっくりこないの」


「異世界に行くのが気に入らないの?本の世界に入ったり、ひょっこり違う世界に行っちゃう話は昔からあるよね。そういう話、嫌いだっけ?」


「むしろ大好きよ。でも乙女ゲームとかの異世界転生ものは、転生して来た人間が本来の登場人物に成り代わることが多いでしょ?そこが納得いかないの」


「たしかに昔からある話だと、登場人物に成り代わるんじゃなくて、外部からきた存在として異世界を体験するよね。きょうだい四人が異世界に行って、王様になる話とか」


「そうなの。まるで本来の登場人物像がないがしろにされているみたいで、あまり好きになれないのよね」


「小説家を目指すなら、自分の好みに関係なく需要がある作品を仕上げる経験も役に立つと思うけどな」


 満に言われ、

「わかってるわよ」

 と唇を尖らせるたきなは、まるで子供のようだ。


「『異世界転生先になりそうな乙女ゲームのシナリオ』だと、おおまかな話の流れは決まっているよね。ただ、登場人物の名前を考えるのが大変そうだけど」


「悪役令嬢の名前なら、もう決めてあるわ」


「どんな名前なの?」


「アレグリアよ。意味は喜び。皮肉がきいてるでしょ?」


 満はすらすらと動かしていたシャープペンシルを初めて止め、たきなの顔を見る。


「な、なに?」


「素敵な名前だね。いいんじゃないかな」


 頬杖ほおづえをついて微笑ほほえむ満が、美しい黒い瞳で優しくたきなを見つめていて、たきなは思わず引き込まれずにはいられない。

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