第4話 転生侍女ローズ

ディアマンテ公爵家こうしゃくけにあるアレグリアの自室には、紅茶の香りがただよっている。

侍女じじょはアレグリアのために紅茶を注ぎながら、小言こごとを言い始めた。


「アレグリアお嬢様じょうさま婚約破棄こんやくはきされた令嬢れいじょうは気落ちした姿を見せたり、せめて皆の前では涙するまいと気丈きじょうな姿を見せたりするものですよ。心の底から嬉しさいっぱいで退場する令嬢がどこにいるのです」


「ここにいるわよ。もはや未来の王妃おうひでもなんでもないのですもの。猫をかぶる必要なんてなくってよ。そうでしょう、ローズ」


椅子いすの上でふんぞり返るアレグリアを見て、可愛かわいげのないお嬢様ですね、とローズはため息をつく。

アレグリアはカップを持ち、においたつ香りを味わって満足そうに微笑ほほえむ。

あれから一晩たち、二人は昨日の事件、婚約破棄こんやくはきについて話しているところだ。


「…やはり、シナリオ通りでしたか?」


「ええ、今思えば、あなたが時々話してくれた筋書きの通りだったわ。殿下でんかがエスコートにいらっしゃらなかった時点で、覚悟をしておくべきだったわね。まさかこのわたくしが本当に婚約破棄されるなんて思っていなくて、油断ゆだんしていたわ。殿下の言葉で動揺するなんて、わたくしもまだまだね」


「お嬢様、長年ながねん連れ添った婚約者から突然捨てられたら、動揺して当然ですよぉ」


「ちょっとローズ、捨てられたなんて、妙な言い方はよしてくれる?ローズが話していた“しなりお”の通り、殿下がリリーシェ・ファーレンにたぶらかされただけのことよ」

 アレグリアは腕を組み、強気に言う。


原作げんさくのヒロイン、リリーシェ・ファーレン子爵令嬢ししゃくれいじょうと、悪役令嬢あくやくれいじょうのお嬢様が対峙たいじする、アルフォード殿下の卒業パーティー…。くぅっ、ローズもこの目で見たかった…。…じゃなくて、原作通りにお嬢様が断罪だんざいされる展開は避けられたようで、よかったです。まぁ、婚約破棄の方は、しっかりきっぱりされちゃったんですけどねぇ」


「卒業パーティーで、悪役令嬢アレグリアは断罪と同時に婚約破棄され、処刑しょけいまぬがれるために逃亡する…。それがローズの言う原作だったわね?断罪される根拠こんきょは何だったかしら?」


「原作の悪役令嬢アレグリアは、禁忌きんきとされる魔法に傾倒けいとうしていることをヒロインに知られ、断罪されます。お嬢様も心当たりはおおいにあるでしょうが…。

ローズたちのいる現実が原作と違う点は二つ。証拠しょうこになるような魔導書を、奥様がずっと昔に燃やしてしまわれたこと。もう一つは、お嬢様の魔法好きをヒロインに知られないよう、お嬢様とヒロインが知り合う機会きかいをことごとく排除はいじょしたこと。

おかげで断罪はされずに済んだわけですが、どうして婚約破棄されてしまったのでしょう…」


 ローズは怪訝けげんそうに首をかしげたが、ハッと目を見開いた。


「まさかお嬢様、ヒロインと接触されていたとか!?実はヒロインはお嬢様の魔法好きを知っていて、アルフォード殿下にこっそり伝えているんじゃ…。お嬢様を断罪する準備が、実は裏で進められていたりして…。ダメじゃないですか、お嬢様ぁ。ローズがあれほど、リリーシェ・ファーレンをけるように申し上げたのにぃ」


「はぁ…。早とちりするのはやめてちょうだい。ローズがあまりに口うるさく言うから、貴族学園でリリーシェと鉢合はちあわせないよう、徹底的に避けていたわよ。彼女と対面したのは昨日の卒業パーティーが初めてだわ」


「そうなんですね…。ああ、よかった」

 ローズはほっと胸をなでおろす。

「それならなおさら、どうして婚約破棄されてしまったんでしょうか?お嬢様に明確なはないのに…」


「そうね…。アルフォード殿下は、リリーシェに夢中むちゅうになったのではないかしら?リリーシェが真っすぐ自分を見てくれている気がして。わたくしは全く興味がなかったもの。アルフォード殿下にも、王太子妃の座にも」


 あっさりと言い放ったアレグリアの顔をローズはまじまじと見つめ、

「たしかにそうですねぇ」

 と肩を落とした。


「原作通りで貴女は嬉しいのではなくて?悪役令嬢らしく婚約破棄されたのだもの」


「何をおっしゃいます。主の幸せを願うのは、侍女として当然ではありませんか」

 

ローズは真剣な表情を浮かべている。

そんなローズを見て、アレグリアは胸が温かくなる心地がした。

肝心かんじんなところで必ず味方でいてくれるローズの存在は、アレグリアにとって姉や母のようなものだ。

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