第16話 旅立ち

翌朝よくあさ、アレグリアはローズとともに馬車へ乗り込んだ。


「この髪飾かみかざり、初めてつけるから気になるわ」

 アレグリアは、頭の高いところで髪をくくっている髪留かみどめに触れる。


「お嬢様はいつも髪をおろしていらっしゃいましたからね。違和感いわかんがあるかもしれませんが、慣れていただかないと」

「あちらでは、ずっとこれをつけるの?」

「そうですよ、髪の色を変える魔石具ですから。お嬢様のような銀髪ぎんぱつはとても珍しいですし、そのままでは目立ってしまいます」


アレグリアはひざの上のかばんから鏡を取り出し、中をのぞきこんでしきりに前髪を触る。


「この髪留かみどめをしていると、髪の色が茶色に変わるのよね。なんだか慣れないわ」

「もう、お嬢様。あんまり髪をいじってはいけません。お部屋で身支度みじたくをしたとき、髪型も確認なさったでしょう」


ローズに叱られ、アレグリアは鏡を鞄にしまった。

それでも、馬車の窓にかすかに映る自分の姿を気にしているようだった。




アレグリアとローズは、人気ひとけのない教会で馬車を降ろされた。

 

「やぁ、アレグリア。少し遅かったね」

 教会の前ではディアマンテ公爵こうしゃくが待ち構えていて、馬車を降りた二人に近づいて来た。


「お父様。ディアマンテ家の豪華ごうかな馬車がこのような場所に来ると、人目を引いてしまうのではありませんか?」


「はは、心配ないよ。ここはディアマンテ家が支援しえんしている教会だから、何もおかしなことはない。それに、万が一のために人払いは済ませてあるからね。護衛が見張っているから、人に見られることはないさ」


「それなら安心できますわ」


「…いいかい、アレグリア」

 公爵はアレグリアの肩に手を置き、真剣な顔をした。

「お前が公爵令嬢こうしゃくれいじょうとして過ごすのも、当面とうめんの間は今日が最後だ。正体を知られないよう、十分気を付けるのだよ」


「わかっております、お父様。家門かもん迷惑めいわくはかけませんわ」


「よろしい。…だがね、何かあったときは、必ず帰ってくるのだよ。この父はいつでもお前の味方だからね」


「…はい。ありがとうございます、お父様」

 公爵とアレグリアはじっくりと別れの抱擁ほうようを交わした。


「さぁ、別れの挨拶あいさつも済んだことですし、アレグリア様をラルカンスへお連れしましょうか」

 公爵と共にアレグリアを待っていたフィニース辺境伯へんきょうはくが、明るく言った。

「我がフィニース辺境伯家の者が、アレグリア様たちを馬車に乗せて、ラルカンスまでお連れします。我が家の者以外は、国境こっきょうを超えるのに面倒な手続きが必要ですからね」


 アレグリアとローズはフィニース辺境伯に導かれ、馬車に乗り込んだ。


「今度は随分ずいぶん質素しっそな馬車に乗るのね」


「何をおっしゃいます、アレグリア様。あなたは今から、正体を知られないよう、身分をいつわってラルカンスで生きるのですよ。地味じみな馬車くらいで驚いていてはいけません」


「あ…、そうだったわね。辺境伯の言う通りだわ。自覚が足りなかったようね」

 しゅんとしたアレグリアに、フィニース辺境伯はにこりと笑いかけた。


「賢いアレグリア様なら、きっと上手くやれますよ。でも、万が一助けが必要になったら、いつでもフィニース辺境伯家に来てくださいね」


「でも、わたくしはラルカンスへ行くのよ。助けを求めたくても、国境を超えるのは時間がかかるわ」


「大丈夫ですよ。これをお持ちであれば、ね」

 フィニース辺境伯はいたづらっぽく笑い、馬車のドアから手を差し入れた。フィニース辺境伯の手には、ペンダントがのっている。


「このペンダントは?」


「我が家の家紋かもんが入ったペンダントです。我が家の関係者だと証明できるので、それを見せればすぐに国境を通れますよ」


「まあ。それは心強いわね。ありがとう」


「私からのささやかな贈り物です。アレグリア様の旅路たびじが幸せなものでありますように」


馬車のドアをフィニース辺境伯が閉めると、馬車はすぐに動き出した。

アレグリアは窓に顔を寄せ、公爵や辺境伯が見えなくなるまで手を振った。


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