第10話 フィニース辺境伯

 

公爵こうしゃくから許可を得てすぐ、アレグリアはみずからネーレンディアの王城おうじょうへ向かい、婚約破棄こんやくはきの書面に署名しょめいをした。

一方、公爵はアレグリアをラルカンスの魔法学校まほうがっこうに通わせる準備に取り掛かった。


「アレグリアが行くことになる魔法学校を見繕みつくろったよ」

 公爵はアレグリアを書斎しょさいに呼び出して言った。


「まあ、どちらの学校なのですか?」

 アレグリアは目をかがやかせ、公爵の机に身を乗り出す。


「ラルカンスの王都おうとにある、王立魔法学園おうりつまほうがくえんだ」


「わたくしも聞いたことがありますわ。ラルカンスにある魔法学校の中でも、最も古く格式かくしき高いのだとか…」


「その通りだ。王都は国境からも比較的ひかくてき近いから、私としても安心だよ」


編入へんにゅうに当たって、試験などはないのでしょうか?」


「王立魔法学校は多くの者に門戸もんこを開いていて、貴族以外に平民や魔力のない者も受け入れている。ただし、高額こうがく授業料じゅぎょうりょうを支払える者に限るがね」


「それなら、わたくしは問題ありませんわね。早くラルカンスへ行きたいですわ」


「焦ってはいけないよ、アレグリア。腹立たしいことだが、お前は世間の注目を集めてしまっているからね」

 公爵はおだやかにアレグリアをさとした。

「お前が馬車に乗ってディアマンテ公爵家から出たのがわかったら、詮索せんさくするやからがいてもおかしくない。だから、直接ラルカンスへ入るのは危険だ。まずはフィニース辺境伯領へんきょうはくりょうへ行きなさい。血縁けつえんを頼って田舎で休息をとる、というていにすれば、世間の目を欺けるだろう」


そういうわけで、アレグリアは今、辺境伯領にいる。




辺境伯邸へんきょうはくていの庭には、小さいが管理の行き届いた池があり、池のほとりにある東屋あずまやには紅茶の良い香りがただよっている。

椅子に腰かけたアレグリアは紅茶のカップを持っており、侍女じじょのローズがポットを持って後ろに控えている。


「退屈そうですねぇ、お嬢様」

 とローズが声をかけるが、アレグリアは遠くをながめたまま微動びどうだにしない。

「カップを手にしたままでは冷めてしまいます。せっかく美味しくれたのに」


「退屈なのよ、あまりにも」

 アレグリアは紅茶を口に運ぶそぶりもなく、投げやりに答えた。


「あるのは山がつらなる雄大ゆうだいな景色だけ。することはお茶を飲むことだけ。初めはあの立派な山々を見て、自然豊かな風景を楽しみながらお茶を飲むのも新鮮しんせんだったわ。でも、流石に飽きてしまったの。だって、毎日同じ場所でお茶をしているのよ?」


「仕方ありませんよぉ。いくら敏腕びんわんな旦那様でも、お嬢様が魔法学園に編入する手筈てはずを整えるのは、時間がかかりますって」


「そうなのかしら。辺境伯家への根回しをすぐに終わらせたときは、流石さすがお父様だわと思ったのに」

 アレグリアがため息をついたとき、東屋あずまやへの階段を上がる足音が聞こえてきた。


辣腕らつわん宰相としておそれられるディアマンテ公爵閣下こうしゃくかっかも、アレグリア様の前では一人の父親なのでしょうね」


すずやかな声がした方を見ると、長身ですらりとした男性が立っている。

アレグリアはカップを置いて立ち上がり、お辞儀をした。


「フィニース辺境伯様。わたくしをこちらへ置いていただき、ありがとうございます」


「なに、アレグリア様ならば、いつでも歓迎いたしますよ。フィニース家はディアマンテ家の分家ぶんけ。アレグリア様は本家ほんけのお嬢様なのですから、どうぞ気楽になさってください」

 フィニース辺境伯はさわやかな笑顔を浮かべて腰を折る。


洗練せんれんされた服装と身のこなしを見て、浮いたうわさばかりなのもうなづけるわね、とアレグリアは思う。


「ところで、アレグリア様もそろそろ退屈なさる頃ではありませんか?もしよろしければ、最高の暇つぶしをご紹介しましょう」

 フィニース辺境伯は気障きざに片目をつぶる。


ローズは苦い顔をしたが、全くもって退屈しきっていたアレグリアは、喜んでフィニース辺境伯について行った。

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