第8話 父と娘の秘密

「だが、そなたの母は、そなたを思って魔導書まどうしょを燃やしたのだ…。この国で魔法に傾倒けいとうするということは死を意味する。いずれ王妃おうひとなるそなたは、王妃の弱みを握らんとする者、まつりごとに利用しようとたくらむ者と渡り合わねばならない。魔導書を隠し持っていることが明るみに出れば、敵に足をすくわれかねんのだ」


「無論わかっております」


「その上、彼女はネーレンディア王女の生まれで、魔法に対する嫌悪感けんおかんが人一倍強かった」


「無論覚えております。わたくしがお父様の秘密ひみつの部屋で魔導書まどうしょを読んでいるのを見つけたとき、お母様は大層たいそう剣幕けんまくでお怒りでしたもの。感情が豊かな方でしたが、あれほどお怒りのところは初めて見たので、びっくりしてしまいました」


「驚いたのは私の方だ。あの秘密の部屋を、まさかローズが、そしてアレグリアが発見してしまうとはなぁ。魔導書まどうしょかくしたあの部屋を先々代からひっそりと受け継いで以来、誰にも知られたことはなかったというのに」


アレグリアは、ローズの後をつけて、秘密の部屋を知ったときのことを思い出す。




ローズは時折ときおり、人目を忍んでどこかに行っていた。

その後をおさないアレグリアがこっそりつけたところ、何故なぜか公爵の書斎しょさいに入って行った。

そして、戸口があるのと向い合せの壁にある、背の低い棚に向かった。

棚の引き出しをローズは次々に開けていき、ガタッと大きな音がした後、その棚を動かした。

すると、今まで棚があった部分にぽっかりと穴が開いていて、ローズはその中に入って行った。

アレグリアは何度もローズの後をつけて棚の動かし方を覚え、ついに秘密の部屋へ入ることができたのだ。


それからはアレグリアも秘密の部屋に出入りするようになり、薄暗い部屋の壁や床にぎっしりと保管ほかんされた魔導書まどうしょを眺めるようになった。

秘密の部屋でうっかりローズと鉢合はちあわせてしまったとき、今の公爵のようにローズも驚き、この部屋のことは忘れるように頼んだ。

しかし、そのころにはアレグリアはすっかり魔法に魅了みりょうされていたのだ。

動揺どうようしたローズは、前世の記憶や、原作のアレグリアが魔法によって破滅はめつすることを、泣きながら話してくれた。




「成長してネーレンディア王国の国教こっきょうを教わるうちに、お父様があのような部屋をお持ちだったことに驚きました。魔法は精霊を使役しえきするむべき術とされているのに、ネーレンディア国の公爵ともあろうお方が魔導書を蒐集しゅうしゅうなさっているとは、とんでもない醜聞ですわ。お母様が秘密の部屋にいるわたくしを見つけてお怒りになったとき、お父様も相当叱られたのではありませんか?」


「お前の言う通りだ。あの時は本当に大変だったよ」

 言葉とは裏腹うらはらに、公爵は懐かしそうに目を細める。


「お前の母上は烈火れっかのごとく怒り狂っていたよ。私は何度も謝った…。それから、アレグリアがあの部屋を知ったきっかけはローズだとわかり、怒りに任せてローズの頬を打つ彼女をなだめすかして…。本当に大変だった。彼女が亡くなってしまった今となっては、思い出の一つだ。あれだけ集めた魔導書が燃やされてしまったことは残念だがね」


「お父様はどうやって魔導書を集めていたのですか?」


辺境伯へんきょうはくはラルカンスとあきないをしているから、珍しい魔導書を送られることがまれにあったようでね。こっそり私に見せてくれたのだよ。禁止されているばかりに、かえって興味を惹かれてしまってね。辺境伯からひそかに魔導書を譲り受けるようになった。それをおじい様に知られてしまったのだが、おじい様は私よりもはるかに多くの魔導書を蒐集していたよ…。そなたが魔法に興味を持つのも、血筋のせいかもしれないな」


 公爵は目を閉じ、大きく息を吐いた。目を開け、真剣な顔でアレグリアを見つめる。


「どうしてもラルカンスに行くと言うのなら、決してこの国の人間に知られないことが条件だ。お前がラルカンスの魔法学校に通っていることが知られれば、お前だけでなく、このディアマンテ家の存続そんぞくが危うくなる」


「わかりました。慎重に行動するようにいたします」


アレグリアにとって、社交界での自分の立場よりも、魔法を学ぶことの方がずっと有意義だった。

しかし、アレグリアが魔法に傾倒けいとうしていることが明るみに出れば、公爵の言うように、家の立場も危うくなる。

父や弟のことを考えれば、家門かもん名誉めいよは守らなければならない。


公爵は満足したように頷いた。


「よろしい。辺境伯の伝手で、平民として編入へんにゅうできるようにしておこう。まさか平民の正体が公爵令嬢だとは、誰も思わないだろうからね。名前は、そうだな…。アリア、アリア・ディオールとでも名乗りなさい。決して、ディアマンテの人間だと知られることがないように」


 アレグリアは公爵に向かってにっこりと微笑ほほえむ。


「お母さまが燃やしてしまったものよりも、ずっと貴重な魔導書を持って帰りますわ」


「目立ってはいけないと言っているのに。まったく困った子だ」

 苦笑した公爵は、呆れているはずなのに、どこか楽しげな顔をしていた。

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