第7話 公爵の説得

ローズとベルディが去り、部屋のドアが閉まった。

公爵こうしゃくは勢いよく椅子に腰かけ、鋭い目をアレグリアに向ける。


「…さて、アレグリア。落ち着いて話をしようじゃないか」


アレグリアは公爵の視線を受け止め、深呼吸しんこきゅうをした。

アレグリアが目的を果たすためには、まず公爵を説得せっとくしなくてはならないのだ。


「…はい、お父様」


「アレグリア、私がなぜお前の言葉を重く受け止めているのか、かしこいお前なら当然わかっているだろう。だが、話し合いを進める上では互いの認識にんしきを合わせておかなくてはいけない。一つずつ確認していこう。まず、我が国が精霊せいれいを信仰していることは、当然知っているね」


「はい、お父様。我々、ネーレンディアの国民は精霊を敬い、精霊を使役しえきするじゅつとされる魔法をきらっています」


「その通りだ。ネーレンディアでは魔法は禁忌きんきの術。うやまうべき精霊を使役しえきするなどもっての他だ。魔法なんぞに頼らずとも、我々は山脈から採れる魔法石まほうせきを原料にした、高度な魔石具ませきぐ文明を築いている。…ところが、隣国りんごくのラルカンスでは話が別だ」


「はい。ラルカンスでは、反対に魔法が発達しています」


「そうだね。ラルカンスでは、魔法は精霊の御業みわざと言われ、大切にされている。平民でも魔法を使い、魔法がなければ生活が成り立たないとまで言われる…。精霊をうやま信仰しんこうしているという共通点はあれど、魔法に対する考え方は全くあいいれない」


「はい、存じ上げております」


「それがわかっていて、何故なぜラルカンスに行こうなどと言うのだ」

 公爵は拳で机を叩きながら言う。


公爵は気が高ぶっている様子だが、アレグリアは恐がる様子もなく公爵を見つめている。


「私が反対する理由は二つだ。まず、危険きけんがないとは言えない。我がネーレンディアとラルカンスの対立は古くから続いてきた。今は和平条約が結ばれているとは言え、いまだに確執かくしつは大きい。最低限の交易しかなされていないほどにな。ネーレンディアに反感を持つ者がお前を狙ったらどうするつもりだ。もう一つは…」


「その数少ない交易を担う辺境伯へんきょうはくは、わがディアマンテ家の分家ぶんけです。辺境伯の伝手つてでラルカンスに行くこともできますわよね?」


「行くことはできるだろうが、その先が問題なのだ。反対するもう一つの理由は、アレグリアがこの国での居場所いばしょを失いかねんからだ。我が国では依然いぜんとして魔法への偏見が強い。ラルカンスに行くだけならまだしも、魔法学校に行くともなれば、もはやこの国の社交界しゃこうかいに戻ることは絶望的ではないか」


「アルフォード王太子殿下おうたいしでんかとの婚約が破棄されたのですから、わたくしの居場所などすでにありませんわ」


「そのようなことはない。私がアレグリアの元に駆けつけるのが遅くなってしまったのは、事の次第しだいを聞いてすぐ、陛下に抗議こうぎしていたからだ。陛下はご子息しそくの言動に心を痛めておられる。おおやけの場で謝罪し、アレグリアに非がないことを明言すると約束してくださったのだ。…アレグリア、自暴自棄じぼうじきになってはいけないよ」


 公爵は、両手でそっとアレグリアの手を包む。


「陛下が謝罪してくだされば、お前にがないことが社交界に伝わるだろう。そうすれば、すぐに新しい婚約者が決まるはずだ」


「お父様…」

 アレグリアは公爵の両手からそっと手を引き抜いた。

「王太子殿下の婚約者こんやくしゃとして生きてきた十年間、わたくしは本当の自分を押し殺して生きてきました。もう婚約などしたくありません」


「アレグリア!私はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」

 公爵は興奮こうふんのあまり、椅子を倒しながら立ち上がった。


「お前は、貴族の娘としての義務を放棄するのか?お前は生まれたときから高貴こうきな暮らしをしてきたな。それは、ディアマンテ公爵家の娘として、高い身分の貴族として、生まれたからだ。ならば、結婚して子をなし、高貴なディアマンテ家の血を後世こうせいに伝えなくてはならない。それが貴族の義務だろう!」


「お父様」

 アレグリアも静かに立ち上がり、まっすぐに公爵の目を見つめる。


「わたくしは、その義務ぎむを果たすために、十年間努力してきました。王太子殿下の婚約者として、未来の王妃として恥じないよう、おのれみがいてきました。お父様もよくご存じのはすです。その結果が婚約破棄では、あんまりですわ。わたくしは、もう辛い思いはしたくありません。幸せになりたいのです」


「アレグリア…」

 公爵は言葉を失い、悲しげにアレグリアを見つめる。


「そうだな…。王太子の…、王太子殿下のやり方は、あんまりだ。お前の言う通りだよ。…ラルカンスに行けば、お前は幸せになれると言うのか?」


「はい。必ずなれますわ。それがわたくしの願いですもの」

 アレグリアは自信に満ちた様子で答える。


「殿下の婚約者になってから、わたくしは本当の願いを押し殺して生きてきました。本当のわたくしは、ずっと魔法にあこがれていたのに。婚約が成立した日、お母さまに魔導書まどうしょを燃やされてしまい、それからずっとこの国にふさわしい王妃となるべく努力してきました。これまでの努力がしたことは悲しいですが…、これから夢を叶えられるのなら、幸運と言ってもよいのかもしれません」


「魔導書を燃やされたあの日、お前は声を枯らして泣いていたな」

 公爵は遠い目をしてぽつりと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る