第6話 公爵とアレグリアの夢

扉を勢いよく開け、アレグリアの部屋に入ってきたのは公爵こうしゃくだ。


「ああ、いとしい娘、アレグリア。大変な目にあってしまったな」

 公爵は心の底から悲しそうな顔で、両手を広げながらアレグリアに近づいて来た。


「もう、お父様とうさまったら。ノックをしてくださいと、いつも申しておりますのに」


立ち上がって公爵を迎えたアレグリアは、全身で公爵からの抱擁ほうようを受け止める。

公爵の芝居しばいがかった態度がわずらわしいことも多いが、子供思いの父親であることはアレグリアが一番よく知っている。

知っているが、公爵は強い力でアレグリアを抱きしめるので、アレグリアにとっては少し苦しい。


宰相さいしょうの地位にありながら、大事な娘をこんな目にあわせてしまうとは。私の権力は肝心かんじんな時に役に立たない。情けない父を許しておくれ。ああ、時間が巻き戻るなら、王家からの婚約こんやく打診だしんなど、ぴしゃりと断ってやるのに」


「お、お父様、わたくしは案外大丈夫ですわ。落ち着いてくださいませ」


「おお、なんと健気けなげな娘だろう。アレグリア、父の前では強がる必要などないのだよ」

 公爵は落ち着くどころか、さらに強い力でアレグリアをしめつける。

アレグリアが流石に苦しすぎると思った時、幼い声が下から聞こえてきた。


「お姉さま、大丈夫ですか?」


公爵が我に返ったように力を緩めたので、アレグリアはほっとした。

下を向くと、小さな弟、ベルディが、大きなひとみでアレグリアを見つめている。


「まぁ、ベルディ、来てくれたのね」


「お姉さまが悲しい目にあったからなぐさめに行こうと、お父さまに言われて来ました」


「優しいのね、ありがとう」

 アレグリアはひざを折ってベルディを抱きしめる。

背中に回された小さな手が、とても可愛らしい。


「すまない、ベルディを連れてきたことをすっかり失念しつねんしていたよ。アレグリアの顔を見たら、抱き締めずにはいられなくてね」


「お父様、心配してくださって嬉しいですが、力いっぱい抱き締められたら苦しいですわ」


「ついつい力が入ってしまったんだ。許しておくれ」


「いいですわ、許して差し上げます。その代わり、お父様にお願いがございます」


「お願い?」


 公爵は突然の言葉に驚き、アレグリアをまじまじと見る。

そんな父に、アレグリアは渾身こんしんのかわいらしさを込めた笑顔を向ける。


「ええ、傷心しょうしんの娘からのお願いですもの。きっと聞いてくださいますわよね?」


「それは内容次第というものだ。お前のお転婆てんばに何度困らせられて来たことか」

 公爵はため息をついて首を振る。


公爵がすんなり許可してくれなかったのは残念だが、アレグリアにとって想定そうていの範囲内ではあった。

一国の宰相さいしょうともあろう者が子供のおねだりすらあしらえないのでは、国の未来が不安になるというものだ。


「で、お願いというのは何かな?この父に言ってごらん」


「わたくしを、ラルカンス王国の魔法学校まほうがっこうに行かせてください」


「ラルカンス王国の、魔法学校…?」

 公爵は困惑こんわくした様子を隠せず、思わず聞き返した。


アレグリアの後ろに控えていたローズも驚いた様子で、二人は思わず顔を見合わせた。

ベルディは不思議ふしぎそうな顔をしてアレグリアの膝に抱きついている。


「そんなところへ行って、どうすると言うのだ?」


「魔法を学んで、大切な友人を探したいのですわ」


「魔法を学ぶだと…?なぜお前はそうも無謀むぼうなことをしたがるのだ…」

 公爵は疲れたように眉間みけんを抑えてうつむいてしまった。


ローズも困った顔をしている。

そんな大人たちを見上げて、ベルディは状況を飲み込めない様子で言った。


「お姉さま、どこか遠くへ行ってしまうのですか?ラルカンスって、どこですか?」


「ベルディ、ラルカンスというのはおとなりの国よ。帰ろうと思えばすぐに帰って来られるわ」


「お姉さまがどこかへ行ってしまうなんて、僕はいやです」

 ベルディは床に座り込み、大きな声で泣き出してしまった。


アレグリアはしゃがんでベルディの頭をなでるが、ベルディが泣き止む様子はない。

公爵は眉間みけんをもみながら、やれやれと首を振り、ローズに命じた。


「ローズ、ベルディを連れて行って寝かせてやりなさい」

 公爵の命令にローズはお辞儀じぎをし、泣きじゃくるベルディの手を引いて部屋から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る