第19話 カタカタ
「カタカタって知ってるか?」
ソレは部活の休憩中。
それなりに強豪と言われているサッカー部での一コマ。
「あ? 何だそれ?」
僅か五分の貴重な休憩時間。
この間に呼吸を整え、体力を少しでも回復させなければならないというのに……。
俺は恨めしさ七割。疑問三割の視線を向けた。
「おー怖っ。そんな顔すんなよ。ちょっとした雑談だろ?」
それが問題なのだが、体力バカのコイツには伝わらなかったようだ。
「わーたよ。で、何だそのカタカタってのは?」
諦めて、会話を続ける。
「俺も聞いた話なんだけど、何か怪談の一種らしいんだよ」
「怪談んんん?」
確かに最近よくそんな話を耳にする。
しかし、目の前の陽キャと怪談が一致せずに変な声を出してしまった。
「あ、その顔は信じてねぇな。でも、本当らしいぜ」
「いや、本当も何もそのカタカタ? がどんな怪談か知らねぇし」
人の顔を見て間違った解釈を始めたが、ソレはいい。信じてないのは本当だ。
「カタカタってのは、上半身だけの化け物らしくてさ。何でも自分の下半身を探して夜な夜な校舎の中を徘徊してるらしいぜ。んで、足がないから手で移動するらしいんだけど、その時伸びた爪が床に当たってカタカタって音がするからそう呼ばれてるんだと」
……小学生が喜びそうな話だ。
そんな感想しか出て来なかった。何故コイツは急にこんな話をしだしたのだろうか。
「おい、そんな目で見るなよ。変な気持ちになるだろ」
何故か急にクネクネしだした。気持ち悪いから止めてほしい。
「お前って時々辛辣だよな」
「いや、今のはどう考えてもお前が悪い」
「ソレはまぁ、否定しない」
くだらない話で笑い合う。少し疲れが取れた気もする。
ピィーーー
練習再開の笛が鳴る。
「で、何で急にそんな話?」
急いで集合場所に向かいながら聞いた。
「ん? お前ならその『カタカタ』にあった時どうするのかと思って」
「何だそりゃ?」
「まぁ、いいじゃんかよ。で、どうする?」
「んー、そうだな。……ソイツ這い寄ってくるんだよな?」
「まぁ、足がないらしいからな」
「じゃあ、決まってるだろ。ソイツの顔面蹴飛ばしてやるよ――このゴールデンレッグでな」
「おーソレは『カタカタ』もご愁傷様だな。何せウチのストライカーの蹴りは凶悪だからな」
「応よ! オバケなんて目じゃねぇぜ」
その後、くだらない話をしていたせいで余分に走らされた。
「あぁぁぁぁー もう足ガクガクだー」
「ははは、お疲れー」
「……何でお前は平気そうなんだよ」
「そりゃ体力だけが自慢だからな」
寝そべった状態から起き上がれずに、恨みがましい視線を向ける。
「じゃ、お疲れのところ悪いけど先帰るわ。今日宿題沢山出ててさ~」
「あ、おいっ」
薄情にも動けない俺をおいて先に帰りやがった。
大体宿題って。
「……俺も同じクラスだっつーの」
その後暫く暗くなっていく空を一人で眺め続けた。
「……マジかぁ」
どうにか動けるようになり、着替えて帰ろうとした時にそれに気が付いた。
「プリント教室じゃんかよぉ」
今日の宿題の一つを机の引き出しに入れたままだったことを思い出した。
しかも、ネチネチと嫌見たらしい物理の野津が出した宿題だった。更に悪い事に明日の物理は一時間目。誰かに写させてもらうにしても、朝練をしてからでは絶対に間に合わない。
「……はぁぁ、取りに行くか」
溜息と共に歩き出した。
正面玄関から教室棟の三階へ。
校舎内は既に灯が落とされ、思いの外暗かった。スマホのらライトを頼りに進んで行く。
「お、あったあった」
目当てのプリントはすぐに見つかった。間違いなく鞄にしまったことを確認し、教室を後にする。
その時だった。
――――カタ
小さな音だった。
しかし、誰もいない静かな教室では、酷く響いて聞こえた。
「――――――⁉」
ビクッと肩が震えた。
恐る恐る振り返るが、そこには何もいなかった。教室内を見渡すが結果は同じ。
「ははは、気のせい気のせい」
自分に言い聞かせるようにして呟いた。
「ゴクリ」
そして意を決して、教室の扉を開けて廊下へ出る。
そこには――やはり何もいなかった。
「……」
音を立てない様にゆっくりと、しかし足早に――気持ちを行動がかみ合わない。
足を動かす度にコツコツと音が響く。
その度に、心臓の音が早く大きくなっていく。
コツコツコツコツ コツコツコツコツ コツコツコツコツ
コツコツコツ コツコツコツ
コツコツ カタ コツコツ カタカタコツコツ
「――――⁉」
気付いてしまったらもう動けなかった。
一体いつからだ? いつから俺の足音に紛れていた⁉
心は拒否しているのに、身体がゆっくりと後ろを向く。
そして、長い廊下の端にソレはいた。
初めは暗くてよく見えなかったが、目が闇に慣れてくるとハッキリと分かった。
ヒト型の何かが廊下を這っていた。
カタ カタ カタ ――――――
不意にソレが顔を上げた。
「―――――⁉」
目が合った。合ってしまった。その瞬間ニヤリと大きく笑った。
そして、
カタカタカタカタカタカタカタkタkktかktか㏍t化k――――――
物凄いスピードでこちらに向かって来た。とても人間が出せる速さではなかった。
「ひっ―――!」
引きつった悲鳴が漏れた。
動きを止めた身体を形振り構わずに動かした。足がもつれる。手の動きも滅茶苦茶。呼吸も荒い。でも、逃げなければ。アレに追いつかれてはダメだ。
本能が悲鳴を上げた。
バタバタバタバタ カタカタカタカタ
俺の無様な足音に、化物の音が重なる。
――――ガクンっ
とうとう膝が砕けた。無理もない。部活で酷使した後にこの凶行だ。
「――――ん?」
そこである事気が付いて。音がしていない。先程までカタカタとうるさいくらい位に鳴り響いていた音が。
恐る恐る後ろを振り返る。――そこには何もいなかった。
「ははは、た、助かったぁぁぁ」
震える膝に手を付き、安堵する。
――――――ニヤア
目が合った。
俺の足元に、足に縋り付くようにソレはそこに居た。
音がしなかったんじゃない。音を立てる必要がなくなったのだ。
俺に追いついたから。
「――ぁぁ」
走馬灯のようなモノが脳裏を掛け巡った。
一瞬で十六年の年月を網羅した。
そして、次の瞬間――俺は化物の顔目掛けて足を振り切った――強豪校のエースストライカーと言われる俺の渾身の
「はっ はっ はっ――――――」
思い出したのは、一番最近の記憶。『カタカタ』にあったらどうするかというくだらない雑談。
「は、ははは。アイツには明日何か奢ってやらないとな」
乾いた笑いが漏れた。
足に力が入る事を確かめて、さっさとその場を後にした。
正面玄関に辿り着き、外の景色が見えた時ようやく安堵できた。
「はぁぁぁ。今日はもう宿題せずに寝るか」
本末転倒な呟きが漏れたが、それも仕方がない。すでに精魂尽き果ててしまった。
座って上履きを履き替える。普段なら立ったまま履き替えるが、足が限界だった。
さっさと帰ろう。そう思って、立ち上がろうとした――――。
『コノ、カハンシン、イイ』
いつの間にか背後にソレがいた。
ひしゃげた顔を手に持って、もう片手でしっかりと腰のあたりを掴まれていた。
ミシミシミシ
人体から鳴ってはいけない音が響いた。
「あ、ああ! やめ、やめろ! やめろ―――!」
必死に抵抗する俺が最後に見たのは、ひしゃげて歪んだ、醜い嗤い顔だった。
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