第15話 紫の鏡

「なぁ、俺大変な事に気が付いてしまったのかも知れない」


 とある教室――扉の上にミステリー同好会と書かれたプレートがある一室には現在三人の男子生徒がいた。

「何だその変な口調?」

 その中の一人、〇〇の言葉に文庫本を読んでいた△△が胡乱げな視線を向けた。


「いや、ほら。小学校の時に『紫の鏡』ってあっただろう?」


 それは一時期ブームになった都市伝説。

「ああ、あったな――どんな話だったけ?」

 △△は室内にいるもう一人□□に聞いた。

「『紫の鏡』地域によっては『紫鏡』『パープルミラー』とも言われますが、二十歳までこの言葉を覚えていると『不幸になる』『結婚できない』『死ぬ』と言う都市伝説の一つですね。しかし、対処法もあり『白い水晶』や『ピンクの鏡』という言葉を覚えておく、もしくは持っておくと『不幸にならない』や逆に『幸せになれる』といった場合もあるようです」


「流石~」

 突然聞かれたにも関わらず、淀みなく答える□□に、△△がパチパチと拍手を贈った。


 部活・同好会への参加が必須の松江西南高校。

 ミステリー同好会はここにいる三人が立ちあげたばかりの新興同好会だった。

 三人は幼馴染で、〇〇と△△は特にミステリーに興味がある訳ではなかったが、とくにしたい事がある訳でもなかった為□□の趣味であるミステリー同好会を立ち上げ、放課後のたまり場としていた。同好会の設立には四名必要だったため、一人名前だけ貸してもらっている。三人共通の知り合いで三年の先輩。ちょうど部活を引退したところで都合が良かった。


「で、その話がどうしたんだ?」

「いや、二十歳まで覚えていたらってあるだろ?――何で二十歳なんだと思う?」

「それはお前……大人になるからじゃん?」

 二人の疑問の視線が□□に向く。


「『紫の鏡』には原型になった話があります。少女がお気に入りの鏡を紫の絵の具を塗って取れなります。そしてその少女が成人式を迎える日に交通事故で死んでしまい、部屋から紫色の鏡が見つかったというものです」


「それで『紫の鏡』覚えてたら死ぬって、こじ付けが凄いな」

「都市伝説なんてそんなモノですよ。『牛の首』とか『赤い沼』とか」

「ああ、確かに」

 □□の言葉に納得した△△は再び文庫本に視線を落とした。ちなみに読んでいる本は異世界物のライトノベルでミステリーとは全く関係がなかった。


「いや、ちょっと待ってくれよ。話はこれからなんだから!」

「っ何だよ~」

 途端に〇〇に肩を揺すられて、△△は渋々視線を上げた。

「さっきの二十歳にまでってヤツだよ!」

「だから大人になるまでにって事だろう。〇〇も言ってたじゃねぇか」

 △△がめんどくさそうに言った。

「そうだよ! それだよ! 大人になったら。つまり成人式」

「何が言いたいんだ?」

「――! 成程そう言う事ですか」

 訝し気な表情を見せる△△に対して、□□は合点がいったとばかりに頷いていた。


「つまり二十歳である必要はないという事です。成人式――子供が大人と認められる日というのが重要なファクターになるのではないか。〇〇君はこういっているんですよ」

「ああ、なるほどな。そう言えば成人が十八歳になったんだっけ」

 ようやく△△の理解も追い付いた。

「で、それがどうした?」

「どうしたって、もうすぐじゃんか!」

「……□□今日どっかよって帰るか」

「そうですね。たまにはいいかもしれませんね」

 何も聞かなかったかのように△△と□□が話し始めた。

「おーい! なかったことにするなよっ。真剣に悩んでんだよ」

「……余計にたちが悪いわ」

 〇〇の必死さに△△がため息混じりに首を振った。

「俺にどうしろってんだよ。たかが都市伝説だろ。何にも起こらねぇよ」

「そんな事を分かんないだろうが!」

「……もう、自分の記憶力を信じるしかないんじゃないか」

「無理だよ。俺一度覚えたこと中々忘れられないんだから」

「斬新な表現だな――嫌味か?」

「違うってぇぇぇ」


「『紫の鏡』の信憑性を確かめる方法ならありますよ」

 二人の漫談のような会話に□□が一石を投じた。

「え、マジで!?」

 途端に詰め寄る〇〇。

「はい。要は十八歳の人に『紫の鏡』について説明して、成人式を無事に迎えられるか確かめたらいいんですよ」

「……お前、天才じゃん」

 □□の人道に反している提案に対し、〇〇感嘆の声を漏らした。

「俺たちな知り合いで十八歳って言ったら先輩だな――よしっ、ちょっと呼び出そうぜ。この時間ならまだ学校にいるよな」

 〇〇は意気揚々とスマホを操作し出した。


「おーい。お前ら元気かーー」


 受験勉強が忙しく滅多にここには来ない四人目――名前を貸してもらっている先輩が豪快に扉を開けて入ってきた。

「お、どうした? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」

 噂をすれば影が立つ――ちょうど話題に上っていた人物の登場に三人が驚いて制止する様子を不思議そうに見まわした。


「なるほど。それで俺が入ってきた時あんなに驚いた顔してたのか。しかし、酷くないか? 可愛い後輩の為に名前を貸してやっている先輩を実験台にしようなんて」

「ええ、まったくです。〇〇には俺がきつく言っておきます」

「僕からも言っておきます」

「おい⁉ 裏切り者!」

「ははは、お前らは相変わらず楽しそうでいいな! でも、それなら結果が出るのは一年後だな」

 受験勉強の息抜きに来たという先輩は、楽しそうに話を聞くと「じゃ、お前らの元気そうな顔も見れたし帰って勉強するかな」と言って来た時同様、豪快に扉を閉めて帰って行った。


「コレで、来年になれば『紫の鏡』の信憑性が分かりますね」

「そうだな」

 □□と△△が何事もなかったかのように話を締めくくった。



 一年後。

「先輩久しぶりー」

「おう! お前ら元気してたか?」

 大学入学を期に県外に出て行った先輩が、成人式を目前に久しぶりに帰省してきた。

 事前に連絡を取り、今日は四人でМのマークが目印のハンバーガーショップに集まっていた。

「どうですか大学は?」

「バイトに飲み会、合コン毎日忙しいぞ!」

「勉強もしなよ」

「ははは、大学生の本分は遊ぶことだぞ!」

 先輩は相変わらず豪快に元気だった。


「ところで先輩。あの話覚えてますか?」

 他の二人が話の切り出し方を迷っている間に、〇〇がサラッと聞いた。

「ああ、勿論! 『紫の鏡』だろ?」

 この先輩のことだから既に忘れている可能性も考え成人式の前の日に今日アポを取ったのだが、杞憂だったようだ。

「全く〇〇はデカい図体の割に肝っ玉が小さいなっ!」

 呆れた先輩の視線が〇〇に向く。

「ゴボッ! ほっといて下さい!」

 □□が咳き込み飲んでいたコーラがはねた。

「汚ねぇな」

「悪ぃ悪ぃ」

 △△がサッと紙ナプキンを手渡した。



「それじゃあ先輩明日成人式終わる頃連絡しますから」

「ああ、分かった。というか、お前らもう少し俺の成人を祝ってくれてもいいんじゃないか?」

「「「おめでとうございます」」」

「うるせぇ! 全く調子がいい奴らだよ。じゃ、俺は彼女のプレゼント買ってから帰るわ」

 そう言うと、片手を振って去っていった。

「ちょっと待って! 先輩彼女出来たんですか!?」

 △△の悲鳴のような声は行き交う車の音にかき消されていった。



「……先輩大丈夫かなぁ」

 翌日。□□の家に三人の姿があった。

「大丈夫に決まってるだろ。昨日の先輩見ただろ。どうやったらあの人をどうこうできるんだよ」

「事故とかにあうかもしれないだろ」

「あの人なら車に引かれてもピンピンしてそうだけどな」

「……確かに」

 本人の居ないところで散々な言い様だったが、三人の意見はおおよそ一致していた。

 そもそも〇〇以外は暇潰し半分、面白半分といったところだった。


「そろそろ終わるんじゃね?」

「ああ、そうですね。テレビつけてみましょうか」

 □□がチャンネルを入れ替える。

 映し出されたのは丁度成人式終わりの光景だった。スーツ姿の男性に、色鮮やかな着物姿の女性の姿。そしてたまにイキった紋付袴姿の男性――丁度そのイキった一人がインタビューを受けていた。


『成人したことを両親に感謝し、しっかり受け止めて立派な大人になりたいです』


 思いの外しっかりした応答にキャスターの、人も驚いていた。

「先輩は……流石にいないか」

「今電話しても気づかないだろうから、もう少ししてからにしましょうか」

「そうだな」


 その後三人はスマホゲームをしたり、宿題を開いて閉じたりして時間を潰した。


 プルプルプル


 突然電話の音が鳴り響いた。

「あ、すみません。僕ですね」

「珍しいな」

 □□の電話が鳴ることは珍しい。□□自身も訝しげにスマホを取って、表示されている画面を見た。

「ああ、先輩です」

「あーあ。成る程な」

「てことは、『紫の鏡』はデマって事だな!」

 〇〇がホッとしたように胸をなで下ろした。

「もしもし―――――え?」



 数十分後。

 三人の姿は病院にあった。 

「コラ! 廊下は走らない」

 途中何回か看護師さんに注意されたがそれどころではなかった。


 勢いそのまま電話口で□□が聞いた病室に駆け込んだ。

「先輩ッ!!」

 そこに居たのは、元気そうにリンゴを齧っている先輩だった。

「……は?」

 三人の内誰の呟きだっただろうか。もしかしたら、全員だったかもしれない。

 そんな間抜けな呟きが白い病室に吸い込まれていった。


「もぉ、マジで心配したんですから」

 落ち着きを取り戻した△△が先輩からリンゴを奪い取り、齧りついた。

「全くです。ガリッ」

 □□もそれに習う。

「ぁぁ、俺のリンゴが……」

 普段からは想像もできない情けない呟きは黙殺された。


「で、一体どういうことなんですか?」

 

 ◇


 時刻は少し遡る。

 □□が先輩からの電話を受ける数十分前。

 先輩は仲間たちの少し後ろを彼女と歩いていた。 

 彼女の手には先輩から送られたプレゼント――ピンク色の可愛らしいポケットミラー。

 思いの外喜んでくれたようで、頻りに色んな角度から自分を写しては、楽しそうに笑っていた。

 そこに雪に足を取られた車が歩道に突っ込んできたのだ。

 

 警察の話によると居眠り運転だったそうだ。幸い死傷者はいなかったが、運転手の話によれば、突然目の前が光ったため目が覚めて何とかハンドルをきれたそうだ。


「……それって」

 先輩の話を聞き終えると、まるが恐る恐るといった風に全員を見回した。

「ああ、お前たちから聞いた『紫の鏡』の話にそっくりだな」

 先輩が腕を組みながら頷いた。

 怪我はなかったか、一番近くにいたため一応検査のため一時入院することになったらしい。

「やっぱり『紫の鏡』は本当にことだったんだ!!」

 先輩の言葉に血の気が引いたのか、青い顔で〇〇が頭を抱えた。

「そうですね。でも、良かったじゃないですか対処法が正しいことも事前にわかって」

 それに対して□□が、涼しい顔で答えた。

「そうだなぁ」

 △△は未だに興味がうすそうだった。

「何でお前らはそんなに平然としてられるんだよ!?」

 勢いよく立ち上がったためパイプ椅子が倒れ大きな音音がした。

「あ、……悪い」

 その音で正気を取り戻した〇〇は、自分で椅子を拾い起こし座り直した。

「まぁ、そんなに気に病むことはありませんよ。そもそもコレが『紫の鏡』のせいなのかは分からない訳ですし」

「え、どういうことだよ?」

「そのままの意味ですよ。普通に生きていても事故に合う確率はあります。先輩はそれがたまたま今日だっただけかもしれないでしょ?」

「いや、でもそんな偶然あるか?」

「ありますよ。大体今日成人式を迎えた人がどのくらいいるか知ってますか? その中で『紫の鏡』の事を覚えていたのが先輩だけだと思いますか? 知っていて対策した人は? 一応調べてみましたけど全国で今日事故あって死んだ人はいません」

「な、なるほど確かに」

 まくし立てるように言い切った□□の説得力に思わず〇〇が頷き掛けた時、

「でも、ソレって『紫の鏡』がまったくの無関係かってことも分かんなくないか?」

 それまで興味がなさそうにしていた△△が呟いた。

「その通りです」

 そして、そんな事は当然分かっていた□□はすぐ様肯定した。


「全ては僕たちが成人式を迎える日までは分からないって事ですよ」

「それでも分からない気がするけどな」

「怪談は曖昧な部分があるからいいんですよ」

「それもそうか」

「そんなっ! ちょっと待ってくれよ。あと二年もこんな気持ちで過ごさないといけないのか!?」


 何やら納得している二人に〇〇叫びは聞き入れられることはなかった。


 その後三人がどうなったかは、知れない。


 

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