閑話

『調子はどうだね?』


 宵の闇がベールを下ろした。

 そこは松江西南高校学校近くの小さな喫茶店。

 西洋風の煉瓦造りの外観が、細い路地の先にボヤっと浮かんでいた。

 店内には二人掛けのテーブルが二つに、四人掛けのボックス席が一つ。後はカウンター席が三つ。家具は外観同様西洋風で統一された小洒落雰囲気。

 小さな音であまり馴染みのない洋楽が流れていた。


 現在店内にいるのは二人。

 カウンターの内側でグラスを磨く燕尾服姿の初老の男性マスター

 その向かい――カウンター席の中央に座りオレンジジュースの中の氷をストローでかき混ぜている学ラン少年。


「どうもこうもないよ。知ってるでしょ」

 マスターからの問いに、少年がつまらなそうに答えた。

『ああ、もちろん知っている。君の知らないことまでね』

「そうだね。君はそうだろうね」

 マスターの含みのある言い方に、少年は少しの非難を込めて呟いた。


「原因は分かってる。少し性急すぎた。初めの七不思議がスムーズに出来上がたことにより、学校全体で怪異を信じられる基盤が出来上がってしまっていた」

 過去の失敗を思い出したように少年は額に皺を寄せた。

「初めの七不思議は生徒に絞っていたけど、百物語を完成させるには生徒だけじゃ田足りない。教師大人も標的にしなければいけなかった。その為の次の七話だったんだけど……」


『不発、といったところかね』


 少年の言葉をマスターが引き取った。

「不発ではないよ。物語としては七つ進んだのだから。ただ、恐怖というスパイスが足りなかっただけ。『夜の校内放送』では聞いた者を異界に迷い込ませる予定だった。『出席番号四十一番』は誰かと取って代わる怪異のはずだった。『血桜』には血を捧げなければいけなかった。『二宮金次郎像』は誰かを襲わなければならなかった。『人体模型』もそうだ。上手くいったのは『禁書』くらい。でも、これはアナタの助けがあったからだ。僕の力じゃまだ足りない。……やっぱり大人を巻き込むのはまだ早かった。もう少し学校中に恐怖の種を蒔いてからじゃないと」


『では、次なる一手は決まっていると?』


「ああ、もちろん。王道でいく。王道の王道たる由縁は不変の恐怖にあるのだからね」



 そして夜が更けていく。

 今宵も不思議が――怪談が動き出す。

 

 

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