第17話 赤いマント
「ウチの学校って最近怪談流行ってるよな」
それは体育の時間の事だった。
三チームに分かれてフットサルの試合をしていた。
一試合五分で負けたチームが交代。
それを永遠三十分程繰り返していた。
体育館のステージに腰かけ、他のチームの試合をぼんやり見ていた俺に、〇〇が話しかけてきた。
「何だよ急に?」
特に仲が良い訳ではないが、特に悪い訳でもない。
というか、〇〇って誰と仲が良いんだ?
イジメられているとか、ハブられているとかじゃない。どこにでもいるけどどこにでもいない。気が付いたら輪の中にいるけど、中心にはいない感じ。
「怪談――あれ、聞いたことない?」
聞き返すと不思議そうに首を傾げてきた。
確かに最近その手の話をよく耳にするようになった。
『トイレの花子さん』や『合わせ鏡』、『開かずの間』など小学校によくある学校の怪談的な話だ。
「え、何? お前高校生にもなってそんな話に興味あんの?」
「え、逆に何の? 怪談って何かワクワクしない?」
「しねぇよ。……まぁ夏休みに女子と肝試しとかの状況なら話は違うけどな」
「あはは。確かにね」
ピィィィ
笛の音が響いた。
どうやら試合が終わったようだ。負けたチームが「疲れた~」と言いながら、コートから出ていく。
「お、俺らの番だな」
「そうだね、行こうか」
「おうよ」
こうして残り二十分連勝し続けた俺たちは、走り続け、授業が終わるころには汗だくになっていた。
この学校の体育館は独特な作りをしていた。
体育館の下――地下に剣道場・柔道場があり、その脇に運動部が汚れを落とすための水道設備があった。
その為なのかは分からないが、トイレも地下にあった。
少し奥まった場所。緊急でもない限り生徒はあまり使用しない。
ちょうど昼休憩になった事もあり、体育館の下――地下にある水場で汗を拭く。
「どうせならシャワールームとか作って欲しかったよなぁ」
水で濡らしたタオルで身体を拭きながら、愚痴をこぼした。
「部室棟にはあるらしいけどね」
「マジかよ。今だけ運動部に入ろうかな」
「名案だね」
「だろ?」
くだらない話をしながら、手を動かしていると〇〇の手が止まっていることに気がついた。
「どうした?」
見ると、その視線はとある一箇所に向けられてきた――トイレ。
普段はほとんど使われず、半ば忘れ去られている。
「何だ? トイレ行きたいのか?」
「いや、そういう訳じゃなくて……。さっき怪談の話しただろ。あそこのトイレにもそんな噂があるんだよ」
「ああ、確かにその手の場所としては打って付けだよな」
地下にある為、暗く、ジメジメしていて人が寄り付かないトイレ。
怪談の舞台として作られたと言われても納得できる好立地だ。
「どんな話なんだ?」
「あれ、興味ないんじゃなかったっけ?」
「お前なぁ。ここまで言っといてそれはないだろ」
「ははは、ごめんごめん」
笑いながら誤る〇〇を見ると、普段からこうしていれば仲の良い友達などいくらでも作れるのではと思えた。
普段誰も寄り付かないトイレ。しかし、以前はそうではなかった。ある噂話が語られるようになってからだ。使用者がいなくなったのは。
その噂話とは入り口から三番めのトイレに入ると、『赤いマントやろか、青いマントやろか』という声が聞こえるというものだった。始めこそ誰も信じていなかったが、何人かの生徒が声が聞こえたと言い出した。よくある怪談話に乗っかった悪戯だろうと誰も取り合わなかったが、心の奥底にしこりが生まれた。そうなればわざわざこんな外れにあるトイレは使われなくなった。しかし、ある時一人の生徒が噂話を確かめると言って、その個室に入って行った。すると、『赤いマントやろか、青いマントやろか』という声がした。返事をしないと、また『赤いマントやろかー、青いマントやろかー』と聞こえた。怖くなり黙っていると今度は大きい声で、『赤いマントやろかー、青いマントやろかー』と聞こえた。「赤いマント!」と叫ぶと悲鳴が上がり個室の中で生徒は死んでいた。
生徒は全身血まみれでまるで赤マントをつけているようだった。
「て感じの怪談なんだけど」
話し終えるとどう? という顔で〇〇がこちらを覗き込んできた。
「まぁ、よくあるヤツだな」
「ははは、やっぱりそう思う?」
俺の辛辣な言葉に〇〇は笑って答えた。まぁ、自分で作った話じゃないから思い入れ何てある訳がない。
「ああ。小学校の時に同じような怪談あったぜ」
「ウチの学校にもあったわ。『赤いマント』有名だよな」
「定番っちゃ定番だな」
互いに「うんうん」と頷き合う。
「まぁ、そんな訳だからあそこのトイレは使わない方がいいよ――そうすれば掃除当番の時楽だからさ」
「あ、この話そう言う感じに繋がるのか」
「そうだよ」
キーコーカーンコーン
見計らったように昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「じゃ、僕こっちだから」
そう言うと〇〇はトイレの方に歩いて言った。
やっぱり面白いヤツだ。
その日の放課後。俺は例のトイレの前にいた。
時刻は午後六時。
暗くなってきた。そろそろ自転車や車がライトをつけ始めるだろう。
しかし、
「……暗いなぁ」
トイレの前は地下ということもあり、思わず呟きが漏れるほどに暗闇の質が一段階上だった。
「さてさて、アイツの友達一号としては話のネタ作りはしとかないとな」
俺は、どうやら怪談話が好きそうな〇〇の為に今日聞いたばかりの怪談を、検証しにやって来た。
そして、明日言ってやるのだ。
「悪ぃな昨日トイレ使っちまったから掃除しっかりしていてくれ」ってな。
暗い為ゆっくりとトイレに入る。
何分初めて入るため電気の場所も分からない。
「お、コレか?」
どうにか手探りで入口壁付近にあったボタンを見つけた。
ボタンを押すと『ジッ ジジッ ジッ――』と壊れそうな音を響かせながら電気がチカチカ瞬き、数秒してからようやく明かりが灯った。
「うっ 臭っせーな」
中に入ると、据えたカビの匂いと下水の匂いが混じり合った何とも言えない悪臭が漂ってきた。
「これじゃあ怪談話がなくても誰も近づかねぇよ」
よくこんなところの掃除をしているなと感心する。……違うか、ちゃんと掃除してないからここまで臭いのかもしれない。明日問いただしてやろう。
「えっと……。確かに入口から三番目のトイレだったよな」
手前から数えて三番目――一番奥の個室に入る。
「――っと。ついでにしていくか」
個室に入ると急に尿意を催した。
実際に使用するつもりはなかったのだが、日差しが当たらない分外界より肌寒い。ブルッと震えが走った。
「――ふぅ」
排尿で人心地つき、声が漏れた。
声が聞こえたのその時だった。
『赤いマントやろか、青いマントやろか』
ビクッ! と肩が震えた。排尿中だったら撒き散らしていたこと請け合いだ。
声は後ろから聞こえた。
人一人がやっと入れるような狭い個室の中で、だ。
恐る恐る振り返る。
そこには―――古く無数の傷や落書き、カビがこびり付いた汚い壁があるだけだった。
「ふぅーー。そりゃそうだよな。あんな話ホントにあるわけないよな」
ハハハとカラ笑いが漏れる。思いの外ビビっていたらしい。幻聴が聞こえるくらいには。
「まったく何やってんだろうな俺は。明日〇〇にジュースの一本でも奢ってもらわねぇと割に合わねぇわ」
こんなところさっさと出ようと扉に手をかけた。
『赤いマントやろか、青いマントやろか』
ビクッ!!!!!!
空耳ではあり得ない。幻聴でもない。
先程よりハッキリと、大きくなった声が背後から聞こえた。
もう、振り返ることは出来なかった。
恐怖でカチカチと歯が鳴る。
心臓の音も、耳元で鳴り響いているのではと錯覚するほど大きい。
肌寒いはずなのに汗が止まらない。
呼吸も早く、粗くなる。
『赤いマントやろか、青いマントやろか』
耳元で、息遣いが感じられるほどの近くで声がした。
生暖かく、湿った、据えた下水の匂いがする息が頬を撫でた。
「ひっ―――」
気絶しなかったのは奇跡だった。
本能が悟っていた。
この声は俺が答えるまで付き纏うに違いない。
ガチガチと鳴り響く歯を――口を無理やり動かす。
赤いマントと答えれば背中を切られて血まみれに。
青いマントと答えれば首を絞められ顔が真っ青になる。
分かっている。知っている。〇〇が教えてくれた。でも、分かっているがこの恐怖から解放されるならどうでもいいと思えた。
「あ、赤いマントをくれ」
つっかえながらも、どうにか口に出した。
『いいだろう』
「ぎゃーーーー」
言葉と共に襲って来た凄まじい熱。背中が焼けるように熱い。今まで感じたことがない衝撃に悲鳴が漏れた。
そして、その熱はすぐに痛みへと変貌を遂げた。そこでようやく背中を切られたのだと気が付いた。
痛い 痛い 痛い 痛い
どうにか扉を開けて、トイレから這い出る。体に力が入らず、立ち上がれない。汚いトイレの中を
そんな俺の上に影が覆いかぶさった。
『……良いマントだ』
俺が聞いた最後の言葉だった。
◇
地下のトイレが使用禁止となった。
何でも事件があったそうだ。
発見したのは用務員のおじさんで、朝の見回りのときに異臭を感じて、トイレに入り遺体を発見したそうだ。
朝から警察が来て、生徒はすぐに帰宅させられたが、こういった話はどこからか必ず漏れ聞こえるもので。その日の内に僕の耳にも届いた。
一人の男子生徒がトイレで背中を切られて死んでいたそうだ。傷が深く、おびただしい血が流れ出た事による出血性ショックが死因とのこと。用務員のおじさんの話で、遺体の様子はまるで赤いマントを羽織ったかのようだったという。
一週間後。
ようやく警察の調査が一段落し、地下のトイレには以前の静寂が戻っていた。
そんな場所に、僕は一人で立っていた。
立入禁止の張り紙を横目に中へ。
トイレの中は以前と変わらなかった。流れ出た血で真っ赤に染まっていたはずの床にもその形跡すら見当たらない。
ゆっくりと一番奥の個室に向かう。
扉を開けると、据えた血の匂いがした気がした。
中には入らない。
「噂通りイイ奴で助かったよ。対して仲良くもなかったのに僕なんかの為に身体を張ってくれてありがとうな。コルは約束のお礼だよ」
そう言って、僕はポケットに忍ばせていたジュースのパックを取り出した。
あと数日もすれば献花などがトイレの前にあふれる事だろう。仲の良かったの者の中にはトイレの中まで入って個人を偲ぶ者もいるかも知れない。
コレはそんな中には紛れる、感謝の印だった。
怪談は話だけではダメなのだ。
そこには犠牲者がいなくてはならない。
そうして、怪談はようやく怪談足り得るのだ。
力を得た怪談に満足するように頷いて、僕はその場を後にした。
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